「時計を変えた新素材」。扱いの難しいセラミックスを開拓したシャネル、ウブロ、チューダー

2025.08.04

近年、時計市場に普及する“新素材”。外装やムーブメントに従来にはなかった素材を用いることで、時計は形状や色といった意匠の面ではもちろん、性能面でも大きく変化した。『クロノス日本版』112号で「時計を変えた新素材」として、そんな“新素材”を特集した記事を、webChronosに転載する。今回は硬度の高さや軽量さを有しながらも、加工が難しく、腕時計に長らく採用されてこなかったセラミックスを開拓したシャネル、ウブロ、チューダーを取り上げる。

「時計を変えた新素材」。ゴールド製の高級ケースを手掛けるサプライヤー、スティラの工房を取材

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「時計を変えた新素材」。18Kゴールドの組成を自在に操るウブロの錬金術

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「時計を変えた新素材」。注目を集めるチタンの普及と進化

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星武志、三田村優:写真
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]


セラミックスの普及を促した仕上がり精度と鮮やかな発色

 ヴィッカース硬さ1200以上の硬度を持つセラミックスは、耐傷性に優れ、耐アレルギー性を備え、かつ軽量という非常に実用的な素材である。かつて時計業界ではほとんど使用されてこなかったこの“新素材”は、それゆえに大きな付加価値を生む可能性を秘めている。だが、硬いがゆえに加工が難しいため、容易に扱える素材ではない。そこに可能性を見いだし、見事に成し遂げた開拓者たちを紹介する。


セラミックスに可能性を見出した開拓者たち

 2020年にシャネルが発表した「J12 パラドックス」。硬度の高い難削材であるセラミックスを切断し、ホワイトとブラックのケースを組み合わせ、それに合わせて、ベゼルとダイアルもバイカラーに仕立て上げた大胆かつ斬新なデザインは、発表と同時に、多くの時計業界関係者の心をつかんだ。

ウブロ

“カラー”という切り口でセラミックスの研究開発に注力するウブロ。スイス・ニヨンの本社内に新素材・異素材の研究施設を擁する。写真に見られる、鮮やかな発色のレッドやイエロー、ブルーのセラミックスは見事だ。

「このウォッチは、ユニークな縦方向のアシンメトリー構造を持っています。これはふたつのセラミックケースを違う大きさで切断してひとつにする、高度な技術で実現したものです」とシャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオのディレクターであるアルノー・シャスタンが語るように、非時計専業メーカーとはいえ、J12を発表後、セラミックスの外装を内製化してきたシャネルだからこそ成し得た“離れ業”だ。同作がマドモアゼルからシャスタンに至るまで受け継がれる確固とした審美眼があればこその偉業であることは間違いない。

ウブロ「ビッグ・バン ウニコ レッドマジック」

 セラミックスに付加価値を見いだしたのはシャネルだけではなかった。「アート・オブ・フュージョン」をブランドコンセプトに掲げて以降、大きな成功を収めているウブロも、シャネルとは違った視点からセラミックスに取り組んでいる。それは“カラー”である。セラミックスは、その製造工程において、高温での焼成という工程があるため、鮮やかな発色を得るのは困難を極める。それを見事に成し得たのが、外装の素材使いにおいて他社の追随を許さないウブロである。スイス・ニヨンの本社内にセラミックスをはじめとする新素材・異素材の研究施設を持ち、そこで絶えず開発を続けてきたからこそ実現できたセラミックスの鮮やかな発色は、このページで紹介するモデルを見れば一目瞭然だろう。

ウブロ「ビッグ・バン ウニコ レッドマジック」

ウブロ「ビッグ・バン ウニコ レッドマジック」
セラミックスで鮮やかな赤を発色させるのは従来、非常に困難であった。ウブロ独自のノウハウによって可能になったのだ。自動巻き(Cal.HUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。レッドセラミックケース(直径42mm、厚さ14.5mm)。10気圧防水。世界限定500本。(問)LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055

 最後にもうひとつ、興味深い例を挙げるとすれば、チューダーの「ブラックベイ セラミック」だ。ダイバーズとして200mの防水性を持たせるため、モノブロック構造のセラミックス製のミドルケースにスティール製ケースバックを組み合わせている。硬度の高いセラミックケースにいかにしてスティール製の裏蓋を噛ませ、高い防水性能を叶えているのか? チューダーの高度なセラミックスの加工技術も、他社には容易に真似のできないものだ。

 扱いが難しいからこそ、それを使いこなすことができれば、大きな付加価値を得られる。セラミックス使いには各社のウォッチメイキングの力量が明確に表れているのだ。

シャネル「J12 パラドックス」

シャネル「J12 パラドックス」
2色のセラミックスを接合したケースを持つ野心作。噛み合わせは非常に精密だ。デザインを担当したアルノー・シャスタンが、二面性を高級腕時計でも表現したいと考えたとのことだ。自動巻き。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性ホワイトセラミックケース(直径38mm)。50m防水。(問)シャネル(カスタマーケア)Tel.0120-525-519
チューダー「ブラックベイ セラミック」

チューダー「ブラックベイ セラミック」
ほぼセラミックス製の外装に、マスター クロノメーター準拠の高性能ムーブメントを併わせた野心作。セラミックスのミドルケースにもかかわらず、極めて珍しいねじ込み式の裏蓋を実現している。自動巻き(Cal.MT5602-1U)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。セラミックス×SSケース(直径41mm)。200m防水。(問)日本ロレックス/チューダー Tel.0120-929-570


シャネル J12誕生25周年を祝うブルーセラミックスの新作

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チューダー「ブラックベイ セラミック “ブルー”」を着用レビュー! 「さすがチューダー」と評すべき1本

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