2025年、カシオ計算機の時計として初めて機械式ムーブメントを載せて登場した「EDIFICE(エディフィス)」を、時計専門誌『クロノス日本版』編集部のメンバーが数日間着用のうえ、その使用感や出来について討論する。“アンダー10万円の機械式腕時計”という難しいジャンルながら、時計オタクに「おぬし、分かっておるな」と言わしめた本作の実力とは──? 討論会のメンバーは編集長の広田雅将、副編集長の鈴木幸也、編集部の細田雄人、そして文字起こし要員の鶴岡智恵子である。
Photographs by Senta Murayama
鶴岡智恵子(クロノス日本版):文
Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2025年7月23日公開記事]
カシオ初の機械式時計「EDIFICE AUTOMATIC」
細田「今回皆さんに着用してもらった腕時計は、EDIFICE(エディフィス)から出たフォージドカーボン製の『EDIFICE AUTOMATIC』のRef.EFK-100XPB-1Aです。EDIFICE初、いやカシオの時計として公式的には初の機械式モデルですね」
鶴岡「着けてもらったのはフォージドカーボンモデルですが、そのモデルを入れて全部で5種類が同時にリリースされています。今回の討論会では着けたモデルだけでなく、ほかのバリエーションがあることや、カシオの機械式時計の今後の展望などにも触れてください」
(中央)カシオ「EDIFICE AUTOMATIC」Ref.EFK-100XPB-1A
自動巻き(Cal.NH35A)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。カーボンケース(直径40mm、厚さ12.5mm)。10気圧防水。7万4800円(税込み)。
(右上)カシオ「EDIFICE AUTOMATIC」Ref.EFK-100YCD-1AJF
自動巻き(Cal.NH35A)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径39mm、厚さ12.5mm)。10気圧防水。5万5000円(税込み)。
(その他)カシオ「EDIFICE AUTOMATIC」Ref. EFK-100YD-2AJF、EFK-100YD-3AJF、EFK-100YD-7AJF
自動巻き(Cal.NH35A)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径39mm、厚さ12.5mm)。10気圧防水。各4万9500円(税込み)。
細田「自動巻きで、セイコーインスツル製のCal.NH35Aが載ってるんですね。オーソドックスなThe 3針といったムーブメントですね」
鈴木「カシオがSII(セイコーインスツル)載せてるんだ」
広田「エディフィスは、わりかしカシオにおける“次世代の国際戦略機”といった位置付けです。例えばオシアナスが電波時計だったわけですが、エディフィスはBluetoothを使ってスマートフォンとリンクさせて時刻合わせができるという腕時計をいち早くやってるんですよね。実は先鋭的なんです。だから今回も、エディフィスで大々的にメカを採用したというのは良いアイデアでしたね。カシオもやっぱりメカをやりたかっただろうから」
細田「エディフィスはモータースポーツとつながりが強くて、ホームページでもムーブメントを『エンジン』に例えていますけど、機械式時計とは親和性の高いコレクションなのかなと思いますね。また、こういったエディフィスらしさをフォージドカーボンを採用することで出してきていて、全体的に初作にしてはすごい理にかなったというか、まとまったイメージが強い時計ですよね」
広田「セイコーの関係者ににチラッと聞きました。『なんでセイコーが(カシオに)ムーブメント供給したのか』と。シチズンとカシオだと戦略が被るところが多いけど、カシオとセイコーならそんなでもないというのと、実は昔からパーツを融通したり、セイコーが供給したりといった関係もあったんですよね。だから今回、セイコーインスツルのCal.NH35を載せられたのかなと。昔から付き合いがあったんですね」
細田「だからミヨタじゃなかったんですね」
鈴木「それでSII機と。合理的です」
“アンダー10万円の機械式時計”というジャンル
広田「“アンダー10万円の機械式時計”というジャンルに関して言うと、明らかに『セイコー5スポーツ』がつくったジャンルだと思います。このジャンルは多くのメーカーにとって『値段が安いし、つくっても売れない』という認識があったんですよね。でも2010年以降、特に2017年以降、セイコーが“5スポーツ”を真面目にやるようになりました。『10万円以下でも機械式時計って結構売れる』という成功事例を示したんですよね。だから“5スポーツ”が『アンダー10万円以下、機械式、面白い外装』で成功を収めて、続いてシチズンの『TSUYOSA』が出て、カシオもそれなりの価格帯でエディフィスの機械式を出したと。“5スポーツ”は圧倒的に強いので、シチズンは『色』で差別化を図り、カシオはベーシックなSSもあるけど、アイコンにフォージドカーボンケースを持ってきて、スポーティーを押し出しているといった戦略もあるでしょう」
2024年にセイコー 5スポーツに加わったモデル。過去の「SNXSモデル」のデザインをベースとしている。自動巻き(Cal.4R36)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径37.4mm、厚さ12.5mm)。日常生活用強化防水。各5万3900円(税込み)。
海外で「TSUYOSA」として親しまれていたコレクションが、2023年に日本に上陸した。自動巻き(Cal.8210)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径40mm×厚さ11.7mm)。5気圧防水。各6万6000円(税込み)。
鈴木「アンダー10万円の機械式時計におけるセイコー 5スポーツの成功は、逆輸入的なところがありますよね。その成功に、ほかの国産メーカーも参入してきたといった流れがあります。実際、シチズンのTSUYOSAは海外での評判が良いです。ブルーナー先生(編集部注:ギズベルト・L・ブルーナー。20冊以上の書籍を出版しており、世界で最も著名な時計ジャーナリストのうちのひとりとして知られている)も、ご夫婦で使ってるらしいし」
使用感はどうなの?
細田「サイズ感や着用感はどうでしたか? このモデル、すごくコンパクトに収まっていますよね。ケースの直径は40mmらしいのですが、見えませんよね。最初リュウズ込みでの40mm径かと思ってノギスで計測しましたが、リュウズなしで40mmでした。ベゼルがすり鉢状になっているから、視覚的にはとても小さく見えます」
鈴木「着けた時も、そんなに大きく感じなかった」
鶴岡「私はSSモデルをインプレッション用に着けていたのですが、女性の自分にとってもコンパクトでしたよ」
鈴木「まとまりが良いんだよね」
広田「(ケースの)全長が45mm、直径が40mm、厚さが12.5mm、それで重量が87g。パッケージとして、すごく上手にまとまっていますね。あと、ケースを裏蓋側に向けて絞ってるんですよね。昔のブランパンみたく。だから大きさを感じさせない仕上がりになっています」
鈴木「着け心地よいですよね。ちゃんとしてる。悪くない」
細田「軽いですしね」
鈴木「ただ、気になったのがストラップの長さ。長いよね。(余った剣先は)遊革で押さえられるんだけど、手首が細いと余りが長くなっちゃう」
細田「先日討論会用に着けてもらったバンフォードのダイバーズウォッチもストラップが長かったのですが、ダイビングに使えるという長さの理由がありましたね。この子が長いのは、理由が見えない」
広田「ストラップが長いのは、国際戦略機だからじゃないかな。海外向けということ」
細田「にしても長くないですか?」
広田「ドイツ人とかが着けるから。幅広いユーザーが使えるように、ストラップの穴を増やしているのも分かりますね。惜しいポイントが、ストラップの定革と遊革の高さが結構あるところ。ストラップを留めた時、高さのせいで剣先が浮いてしまうんです。ここをもう少しだけ詰めてほしかった」
鈴木「ストラップの余った部分がピュッて跳ねちゃって、気になった。確かにせっかく定革・遊革があるのだし、海外戦略機だからこそ詰めてほしいですね」
広田「あと、全体の完成度は高いのに、ストラップの最後の切り口がガッツンと切り跡が残っていて、手首に着けた時、その部分が露骨に見えてしまう。ここの部分の処理を、一手間かけてほしかった。確かに製法上の生産性を考えたら仕方ないのですが、惜しいなと」
鈴木「自分も惜しかったポイントを挙げると、今回インプレッションしたカーボンダイアルは、屋外で使っている時、針とインデックスが埋没しちゃって視認性が悪くて、そこがもったいないなと思いました。カーボン、かっこいいデザインなんだけどね」
細田「そうですね、針がもう少し目立つと良いですね」
広田「モダンな感じを出したかったんでしょうね」
巧みなコストバランス
鈴木「ちょっと気になったのが、ケースに『CASED IN CHINA』って思いっきり書いてあること。これは一体、何の主張なんだろうって謎だったんだけど(笑)」
細田「アッセンブルがチャイナってことですかね?」
鈴木「そういうことだと思うよ。ムーブメントはSIIだから、それをチャイナの工場で組み立てているんだろうね」
細田「なんなら、カーボンもチャイナ製ですよね」
広田&鈴木「そうだと思う」
鈴木「コストを抑えるためだね」
細田「あと単純に、カシオの社内に機械式ムーブメントを触れる技師がいないから、ケーシングできないってのはありますよね。機械式時計は初だし」
鈴木「今後の展開で、例えばより高級路線になったら変わるだろうね。現状の価格帯でやるならコスト重視になるし。ただ、そういった点を正直に書いているというのは、良い意味で企業姿勢なのか、マーケティングなのか……ちょっと不思議に思ったので。ただの感想です(笑)」
細田「製品版ではなくなってたりして(笑)」
鶴岡「(ほかのモデルを取り出して)フォージドカーボンモデル以外はどうですか? 文字盤の色味とか、シルキーな感じで、めちゃくちゃ良くないですか?」
広田「電鋳文字盤ですね。ちなみにブレスレットモデルとこちらのカーボンのストラップモデルは、手首へのなじみ方が違いますね。ブレスレットの方は、1コマ目が結構ガックリ曲がって遊びが大きいです。対してストラップの方は、ケースに近い部分のストラップの曲げは、抑えられている。つまりストラップの方は、細腕だとこの部分が浮いてしまうのではないかと思います。ストラップの切り欠きを増やすなどして、曲がり角度を大きくした方が、手首が細いユーザーにもなじむでしょうね。パッケージとして見た時、SSブレスの方がカシオがつくり慣れているなという感じはしました」
鈴木「確かに、ブレスのスコンと落ちた感じは、細腕に良いですよね」
広田「もちろんストラップも悪くないけどね」
鶴岡「SSの方を使っていて気になったのが、ブレスレットのコマとコマの隙間です。これってやっぱり耐久性のためといったような、G-SHOCK譲りのあえての仕様なんですかね?」
広田「あえてというよりかは、価格帯的なものかな? コストを抑えるためだと思います」
鈴木「SSブレスのモデルの方は視認性も良いし、ブレスで5万円以下の価格というのはコスパ良いよね」
細田「今回我々が着用したフォージドカーボン製モデルが7万4800円、フォージドカーボン文字盤のモデルが5万5000円、そのほかが各4万9500円です(いずれも税込み)」
広田「この価格なのに、時計としては本当によくできてる。風防もサファイアクリスタルだし」
細田「カーボンの触り心地もよいですね。出来の悪いものだと、ガサガサした手触りがありますから。ウェットではなく、ドライカーボンだから軽いというのも長所ですね」
鶴岡「カーボンにウェットやドライがあるんですか?」
細田「カーボンを結着させるのに、樹脂を流し込みます。ここで終わりなウェットカーボンに対して、釜で焼いて水分を飛ばすのがドライカーボンです。ウェットの方は水分を飛ばしていない分、ちょっと重いんですよね」
広田「コストバランスにおいて、メリハリがついていますよね。フォージドカーボンモデルでもSSモデルでも、インデックスはお金がかかった仕様だけど、一方で日付表示の窓枠のところは切りっぱなしで、デザイン的な意図もあるかもしれませんが、コストを下げられていることがうかがえます。こういうところ、カシオはうまいなと。風防はサファイアクリスタル、10気圧防水……ガンガン使える機械式時計にもしている。ムーブメントも、壊れてもどうとでもなる機械だしね」
鈴木「かけるべきところにコストをかけているんですね」
鶴岡「私、インデックスが立体感あるという点も、このモデルの好きなところでした! 文字盤と、外周リングとインデックスとで段差がありますよね」
広田「ここの部品は、プラスティックの一体成型かな?」
細田「多分そうです。外周リングからインデックスがくっついているタイプ。カシオはこの金型を持っていますからね」
鈴木「そういった既存の技術を活用して、立体感を出しているというのも好ましいですね」
細田「今までカシオが培ってきたプラスティック成型の技術を、初のメカモデルに載っけてるんですね」
(編集部注:討論会後にカシオに問い合わせたところ、文字盤外周のリングとインデックスは金属製で、リング側が櫛歯状になっており、そこにインデックスをかしめているとのこと。)
鈴木「カシオがメカを出したというのは画期的で衝撃的で……某海外の要人は『(カシオが機械式時計を製造することは)マーケティングとして間違ってる』なんて全否定してましたけど、我々としてはアンダー10万円で良い腕時計が買えるのは悪いことではありません」
広田「文字盤に関してさらに言うと、インデックスが立体的だから、針高を感じさせないというのもポイントです。Cal.NH35って、針高が大きいムーブメントなんですよ。実用機だから当然なんだけど、横から見た時に目立つ」
鈴木「G-SHOCKやオシアナスで培ってきたノウハウが、いろんなところに生きていますね」
広田が「おぬし、やるな」と一目置いたポイントとは?
広田「『さすがカシオ、時計づくりが分かっているな』と思ったのが、文字盤の見返しのところのメモリ。これ、ちゃんとムーブメントの振動数に合うようになってるんですよ」
細田「Cal.NH35は毎時2万1600振動だから、毎秒6振動ですね」
鈴木「秒メモリの間に、2本の小さなメモリが入っていますね。素晴らしい。スイスでもできてない時計ありますからね。メモリと振動数が合ってない」
広田「振動数が毎時2万1600振動のCal.NH35に合わせて、メモリもちゃんと長い部分で秒になるようにしているんですよね。カシオは『機械式時計を分かってつくっている』感が、ものすごくある。『おぬし、やるな』みたいな(笑)」
鈴木「良いですね、オタク目線(笑)。webChronosの読者に合いますよ」
細田「今回カシオ初の機械式腕時計がリリースされて、カシオの開発責任者に聞いてみたいと思ったのが、『機械式になったからこそ発生する制約も多いと思うけど、逆に機械式だから制約が取っ払われた部分はあるのか』ということです」
鈴木「今後、取材したいね。いつも広田さんが言っているように、クォーツでは力が弱くて難しい重い針が回せるとか、そういった利点を針の質感に反映した、とか」
広田「機械式はトルクが強いから、立体的な針を載せられたのは大きかったですね。カシオはクォーツで太い針を回すっていうのを、日本のメーカーでいち早くやったんだけど、立体感を持たせるということになると、やはり制約はあったのでしょう。そんな恨みを晴らしているのか、エディフィスの針はとても立体的になってますね」
鈴木「クォーツでできなかったことのひとつですね」
カシオの機械式時計の展望
広田「ディテールを詰めなくちゃいけない部分はあるけど、パッケージは悪くない。コストをかけるところはかけて、減らすところは減らしているというバランスも巧み。そして、文字盤の秒メモリで『機械式時計分かってるぞ』アピールもさらっとやってる」
鈴木「憎いですね」
鶴岡「私は展示会で初めてこのモデルを見た時は、現在のマーケットでは難しいんじゃないかなって思ったんですよね。まず、購入層が分からなかったんです。今後、カシオの機械式時計は、マーケットにどのように受け入れられていくのでしょうか? セイコー 5スポーツとユーザーを取り合うなどして戦っていくのでしょうか?」
広田「“アンダー10万円の機械式時計”に関する日本国内のマーケットは、未知数の部分が大きいと思います。安く買える実用時計として、海外に販路を持つということはやってきたけど、そこに嗜好品としての要素を足した時、ジャンルが成立するのかどうか、長らく誰も分かりませんでした。しかし、ようやくセイコー 5スポーツで、『実は需要、かなりあるんじゃない?』という話になった。もちろんまだ分からない部分は大きいけど、可能性はあると思います」
細田「ちなみに、もし今後カシオさんが機械式時計を扱うのであれば、進言したいことが……それは、サンプル機(編集部注:こういった企画に貸し出される個体のこと)の取り扱い方。カシオさんから借りるサンプル機って、結構傷付いてることがあるんですよね。G-SHOCKならタフだから良いけど、機械式時計は雑に扱うと緩急針が飛んじゃったり、知らずに磁気帯びしたりするから、認識を改めた方が良いかなとは思います。あ、記事にする時の書き方、気を付けてくださいね(笑)」
広田「カシオ初の機械式時計の、特にパッケージの良さを見ると、カシオはメカをなんちゃってではなく、これから本気でやるんだろうなという印象を持ちました。将来的に、もっと面白くなりますよ」
細田「(機械式時計の製造・販売のための)人員や体制をどこまで整えられるのかは、ひとつの課題ですね」