今年、カラーストーンを用いた「ポップ コレクション」を展開するH.モーザー。現在いろいろなメーカーがストーン文字盤に目を向ける中、H.モーザーはそこにマルチカラーという新しい要素を加えた。その表現は確かにポップだ。
Photograph by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
ベーシックなモデルで顧客をリピーターにさせるのはストーリーがあるから

H.モーザーCEO。1976年、スイス生まれ。ペンシルベニア大学でMBAを取得後、アナリストに転じる。トゥールビヨンを載せた携帯時計の製作に携わった後、実父のジョージ・ヘンリー・メイランが会長を務めるMELBホールディングスの取締役に就任。2013年から現職。プロダクトの質を向上させるだけでなく、グラデーションを強調したフュメダイアルや挑発的な「スイス・アルプ・ウォッチ」、人気コレクション「ストリームライナー」などで、一躍注目を集めるに至った。
「サプライヤーの展示会に行った時、サンプルを見たんですよ。そのうち、さまざまなバリエーションがあることに気付いたのです。その場で、いろんな石を組み合わせて、どんな風になるのか試したんです。100とか200種類の石を組み合わせて、最終的にはこの6種類に落ち着きました」
H.モーザーの面白さは、シンプルだが、退屈ではないという点にある。
「例えば、ベンタブラック®のモデル。あれを面白いっていう方もいましたけど、退屈だと感じられる人もいたと思うんですよね。賛否両論はあると思います。でも誰もが面白いと感じる時計を作るのは不可能。一部の人たちに深く刺さるような時計を作れたらいいと思っています」。そしてもうひとつが、ベーシックなモデルが中心なのに、なぜかリピーターの多い点。こういうビジネスモデルを成立させたのは、H.モーザーと数社ぐらいしか存在しない。
「ひとつひとつの時計にストーリーがあるからでしょう。素材や形、文字盤が違う。つまりストーリーが違うんですね。実際、私たちのお客様には、H.モーザーの3針モデルばかり集めている人もいるし、ポップの色違いを買われる人もいる。ストーリーを伝えるという姿勢がお客様に響いて、リピートしてくださっているんじゃないでしょうか」。商品構成を改めて尋ねた。今でこそアジェノーを傘下に収めることで、H.モーザーはコンプリケーションを増やすことができた。しかし基本的にこの会社の商品構成は、3針のモデルとコンプリケーションだ。つまり、製品のピラミッドが成立していないのに、ビジネスが回っている。

エドゥアルド・メイランが、H.モーザーを大きく変えたモデルのひとつに挙げたのが、ストリームライナーのクロノグラフだ。いわく「H.モーザーを転換させた野心的なモデル」。プレスで下地を強調し、ラッカーでフュメを施すという極めて凝った文字盤を持つ。自動巻き(Cal.HMC907)。55石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径42.3mm、厚さ14.2mm)。12気圧防水。予価840万4000円(税込み)。
「ピラミッドがないわけではないんですよ。他社と違うのはその形。下が広がるピラミッドではなく、真ん中が広いダイヤモンド状なんです。つまり、ハイエンドだけではなく、エントリーでも稀少性の高いモデルを出さないといけない。ラグジュアリーの世界でも理解していない方が多いのですが、これはとても重要です」。もっとも、こういうスタンスを貫くには創造性が不可欠だ。
「クリエイティビティーを会社の文化として持つには、チームはもちろん外部の環境も大事なんです。その好例が、今年のポップですね。CEOとしては、その環境作り、良い人材を揃えていくことも役割のひとつだと思っていますね」