ビッグ・バン20周年と共に振り返るマニュファクチュール・ウブロの革新

2025.08.10

2005年に鮮烈なデビューを飾って以降、企業イメージすら刷新し、ウブロの中興を支えてきた「ビッグ・バン」。“アート・オブ・フュージョン” のコンセプトを実現させるサンドイッチ構造のケースと、マルチマテリアルの積極的な導入。さらに単一のアイコンを拡充させるハイコンプリケーションの開発と多種多様なリミテッドエディション。そしてその先に具現化されたマニュファクチュールとしての充足と、スイス時計業界の先頭を走るまでに先鋭化された新素材のR&D。「ビッグ・バン」が築き上げた20年の功績は、ウブロの近代史そのものだ。

星武志:写真
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:取材・文
Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]


アニバーサリーモデルが実現させたディテールの原点回帰と進化

 2005年、唐突に登場した印象のある「ビッグ・バン」だが、仔細にその成り立ちを考察してみると1980年代の「クラシック」を巧みに換骨奪胎したものだと気付く。そして新たに発表された「ビッグ・バン 20th アニバーサリー」コレクションの5モデルも、「ビッグ・バン オリジナル」の明確なオマージュに違いない。それを際立たせるのは進化したディテールだ。

ビッグ・バン 20th アニバーサリー チタニウム セラミック

ビッグ・バン 20th アニバーサリー チタニウム セラミック
ウブロの中興を支えた「ビッグ・バン」の20周年を祝う記念モデル。自社製クロノグラフのウニコを搭載しつつ、オリジナルを強く意識させる外装を備える。直径43mmのケースはまったくの新規設計だ。自動巻き(Cal.MHUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径43mm、厚さ13.2mm)。100m防水。世界限定500本。284万9000円(税込み)。

 時計史にその名を残すアイコニックなデザインは、時に一瞬の閃きから生まれてくる。故ジェラルド・ジェンタがオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」のドローイングをたった1日で描き上げたように、ウブロの「ビッグ・バン」もまた、わずか10カ月という短期間で、企画からプロトタイプの完成へと至っている。ウブロの創業者であるカルロ・クロッコから舵取りを託されたジャン-クロード・ビバーのCEO就任が2004年6月。その時点でまったくの白紙だった次世代ウブロのフラッグシップモデルは、アート・オブ・フュージョンという新しいコンセプトを纏い、同年8月にデザインワークを終了。翌05年3月のバーゼルワールドでプロトタイプの発表を行うと同時に、製品化の準備も周到に進められ、同年6月にはファーストデリバリーが始まっている。さらに驚くべき点は、誕生から20周年を迎えた現在に至るまで、(製造過程における少々のリファインが加えられているにせよ)オリジナルのビッグ・バンは基本的なスタイルを変えずにカタログモデルとして存在し続けているのだ。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

Cal.HUB4100を搭載するオリジナル(上)と、自社製のCal.MHUB1280(通称“UNICO 2”)搭載の20thアニバーサリーモデル(下)では、インダイアル配置が大きく異なっている。しかしオープンダイアルを基調としてきた歴代のウニコ搭載機に対し、カーボンエフェクトパターンのクローズドダイアルを採用することで、オリジナルのデザインコードを踏襲する。

 ビッグ・バンのデザインが成立してゆく過程については諸説あるものの、その源流のひとつが1980年代製の「クラシック」であることは間違いない。創業当初のウブロは「MDMジュネーブ」の銘で運営されており、その象徴的なモデルのひとつが仏語の舷窓を意味する「ウブロ」(現在のクラシック)だった。18Kゴールド製のケースにラバーストラップを組み合わせたクラシックは、70年代前半から始まったラグジュアリースポーツウォッチ黎明期における最後発モデルであり、同時に異素材を巧みに組み合わせた最初の〝フュージョン〞でもあった。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

ベゼル側面に施されたローレット加工と、スクエア形状に改められたクロノグラフプッシャーの造形も、オリジナル(上)のディテールに則ったもの。しかしプッシャー側面の滑り止めパターンは、オリジナルが水平垂直に直交するのに対し、20thアニバーサリーモデル(下)は斜めのパターンを採用。リュウズ側面にもビッグ・バン20周年を祝うロゴが刻印される。

 後発の「クラシック・フュージョン」ほどではないにせよ、ビッグ・バンにもクラシック譲りのディテールワークは息づいている。象徴的な部分をひとつふたつ挙げるなら、ビスを用いてラバーストラップを固定するラグの造形と、ベゼルとケース上面プレートの間に挟み込んでリュウズとケースサイドを保護するオレイユリング(〝耳〞と呼ばれる部分)だろう。ビッグ・バンが本当に画期的だったのは、サンドイッチ構造のレイヤードケースを採用したことだ。ビッグ・バンのケースは上から、ベゼル、グラスファイバー製のオレイユリング、ケース上面プレート、ミドルケース、ケース下面プレート、トランスパレントのケースバックで構成されており、さらに側面左右に同じくグラスファイバー製のサイドプレートが設けられている。これらのパーツに多様なマテリアルを割り当ててゆくことで、フュージョンが生まれるのだ。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

オリジナル(上)が1980年代製のクラシックからディテールを引用した“ビス留め”のラグプレートを持つのに対し、2010年代以降のプロダクトである「ビッグ・バン ウニコ」をベースとする20thアニバーサリーモデル(下)では、「ワンクリック」システムを搭載し、インターチェンジャブル式のストラップを踏襲する。ケース上面プレートに施されるエッジ処理の手法も、両者では大きく異なっている。

 ビッグ・バン誕生から20周年を迎えた今年、ウブロはリミテッドエディションとして新たなフュージョンを世に問うた。全5モデルの「ビッグ・バン20thアニバーサリー コレクション」は、自社製クロノグラフである「ウニコ」(2018年以降は、より薄型化された通称〝ウニコ2〞へと進化)と、オリジナルデザインの融合だ。基本的なデザインの成り立ちは、ウニコ搭載を前提にオリジナルの外装をブラッシュアップしたもの。インダイアルの配置はウニコ搭載機ならではの2カウンターを踏襲するが、オープンフェイスを基調としてきた従来のウニコ搭載機とは異なり、カーボンエフェクトパターンのクローズドダイアルを採用している。これはオリジナルから引用されたディテールのひとつだが、仔細に比べてみれば分かるように、チェッカーパターンのひとつひとつがより大きく、さらに彫りが深くなっている。スモールセコンドと分積算計の外周に加えられたリングも、ダイアルの立体感を強調している。現在では当たり前のように語られている〝時計の立体感〞というキーワードも、ウブロではビッグ・バン(=サンドイッチ構造の採用)以降に強調されるようになったデザインファクターのひとつだ。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

20thアニバーサリーモデル(下)には、新規にデザインされたストラクチャードラバーストラップが装備されるが、ストラップ裏のラグに近い部分には、オリジナルにはなかった“窪み”が設けられている。これは発汗などでラバーが肌に張り付くのを抑制するためのディテールだ。

 ケースサイドに視線を転じると、ベゼル側面に加えられた刻みと、オリジナルに倣ってスクエア形状に改められたプッシャーが目を惹く。オリジナルに対して全長を大きく取ったプッシャーは、押し比べてみるとやはり感触が良い。これには搭載ムーブメントの違いも関係しているだろうが、明らかな美点のひとつだ。細かな部分では、インターチェンジャブル式となったストラクチャードラバーストラップの裏面に、オリジナルにはなかった窪みが設けられている点にも注目だ。これは汗によるラバーの張り付きを抑制するための工夫で、全体的な使いやすさという面でもオリジナルを凌駕している。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

20thアニバーサリーモデル(下)で大きく進化した点がダイアルのディテール。オリジナルを想起させるカーボンエフェクトパターンのクローズドダイアルを踏襲しながらも、エンボス加工された縦横のラインのみで表現されていたオリジナルに対し、20thアニバーサリーでは彫りに高低差を設けることで、より立体感を強調する。インデックスにはルミナスが加えられた。

 このアニバーサリーリミテッドは、20周年だけのワンショットというよりも、オリジナルのアップデート版といった性格が強く、それは盛り込まれる素材の面からも窺い知れる。オリジナルに用いられたステンレススティールはグレード5のチタン素材に、また18Kの5Nゴールドはウブロ独自の18Kキングゴールドに変更されている。現行のチタン素材はサテンポリッシュの使い分けができるほど加工性に優れ、また硫化によるゴールドの変質や変色を抑制した18Kキングゴールドは、装飾材としてのサステナビリティを飛躍的に向上させている。

ビッグ・バン

ビッグ・バン

20thアニバーサリーモデル(下)のDバックルは「ワンクリック」システムを搭載した「ビッグ・バンウニコ」などと共通。なお歴代のビッグ・バン ウニコは、最初のCal.HUB1242搭載機が直径45mm、薄型化されたCal.MHUB1280搭載機が直径42mmと直径44mmで、20thアニバーサリーの43mmケースは完全な新規設計ということになる。

ビッグ・バン スチールセラミック

ビッグ・バン スチールセラミック
2005年初出の「ビッグ・バン オリジナル」は、小改良が加えられたのみで現在もカタログラインナップに存在する。2010年前後から搭載ムーブメントが、27石のCal.HUB44から28石のCal.HUB4100に変更された。自動巻き(Cal.HUB4100)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径44mm、厚さ14.6mm)。100m防水。201万3000円(税込み)。

ビッグ・バン 20th アニバーサリー キングゴールド セラミック

ビッグ・バン 20th アニバーサリー キングゴールド セラミック
オリジナルのアップデート版という印象を強く抱かせるゴールドケース。銅の酸化や硫化によって色飛びしやすい5Nゴールドが、サステナビリティに優れた18Kキングゴールドに変更されている。ローターのデザインも20周年を祝う専用品だ。自動巻き(Cal.MHUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18Kキングゴールドケース(直径43mm、厚さ13.2mm)。100m防水。世界限定500本。526万9000円(税込み)。

ディテールワークで明確な判読性を試みた“インビジブル・ビジビリティ” の象徴

ビッグ・バン 20th アニバーサリー オールブラック

 ビッグ・バンの誕生に大きく寄与したジャン-クロード・ビバーが、強く主張し続けてきた時計作りの理念が「インビジブル・ビジビリティ」。2006年初出のオールブラックで“見えない可視性” というアンビバレントなテーゼを強く印象付けたが、その本義は見逃してしまいそうなディテールを注意深く煮詰めてゆくことで、時計の完成度を上げることにある。20thアニバーサリーのオールブラックも、チタニウム セラミックの項で詳しく触れたディテールの積み重ねによって、明確な判読性を実現させている。

ビッグ・バン 20th アニバーサリー オールブラック

ビッグ・バン 20th アニバーサリー オールブラック
自動巻き(Cal.MHUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。ブラックセラミックス(直径43mm、厚さ13.2mm)。100m 防水。世界限定250本。345万4000円。

ゴールド素材の概念を根本から変えたウブロ独自のオリジナルマテリアル

ビッグ・バン 20th アニバーサリー フルマジックゴールド

 時計産業で用いられる外装材の中で、最も一般的なものは18Kゴールドだろう。しかし割り金によって硬度が高められているとはいえ、他の金属に比べれば圧倒的に軟らかな素材であることも否めない。ウブロがEPFLとの共同研究を経て、2011年に発表した「18Kマジックゴールド」は、割り金をすべてセラミックスに置き換えることで、スクラッチフリーのゴールドマテリアルを実現させた。多孔質のセラミックケースに純金を浸潤させるという独自製法を採り、表面の濡れたような質感と、青みの強い独特な金色が生まれてくる。

ビッグ・バン 20th アニバーサリー フルマジックゴールド

ビッグ・バン 20th アニバーサリー フルマジックゴールド
自動巻き(Cal.MHUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18Kマジックゴールド(直径43mm、厚さ13.2mm)。100m 防水。世界限定100本。556万6000円。

発色と加工精度のアドバンテージを誇るカラード・セラミックスの急先鋒

ハイテクセラミックス

 軽量でアレルギーフリー、かつ表面硬度の高さから耐傷性にも優れるハイテクセラミックス。ウブロがこの素材開発に着手したのは、スイス時計産業の中では後発の部類に入る時期からだが、今やそのクォリティは他の追随を許さない高みにまで達している。その象徴的なレシピが、まったく濁りのない深紅を表現したレッドセラミックスだろう。製造過程で焼成を経るセラミックスは、色の濁りが起こりやすいうえ、寸法管理も厳密に行う必要がある。現在のウブロでは、色味によって切削加工とモールディングを使い分けている。

ビッグ・バン 20th アニバーサリー レッドマジック

ビッグ・バン 20th アニバーサリー レッドマジック
自動巻き(Cal.MHUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。レッドセラミックケース(直径43mm、厚さ13.2mm)。100m防水。世界限定500本。435万6000円(税込み)。



Contact info:LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055


「時計を変えた新素材」。18Kゴールドの組成を自在に操るウブロの錬金術

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ウブロ「ビッグ・バン」20周年の手堅さと、新たな“マジック”の共演

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ウブロが「ビッグ・バン」20周年に打ち出すのは、オリジナルデザインと自社製クロノグラフのいいとこ取り!【2025年新作時計】

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