生まれながらにしてサンドイッチ構造のケースを与えられた「ビッグ・バン」は、ハイコンプリケーションを搭載するプラットフォームとして、またマルチマテリアル導入の実験場として、縦横無尽の進化を遂げてきた。その成果を凝縮させたふたつのセットパッケージは、ウブロが取り組んできた独自のR&Dと、20年間における躍進を支えてきたキーテクノロジーの集大成だ。
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:取材・文
Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]
ビッグ・バン20周年を記念して登場したふたつのボックスセット
トゥールビヨン クロノグラフ カテドラル ミニッツリピーターを筆頭に、ウブロが誇る5種類の超複雑機構を搭載。鍛造カーボンの一種であるフロステッドカーボンや、ブルーテキサリウムとカーボンファイバーの積層材などをケースに用いるなど、素材開発の先進性も盛り込んだ内容。限定1セットのみで、W&WGの会期中に完売した。1億5070万円(税込み)。
ビッグ・バン20周年に際して、ウブロが用意したもうひとつのサプライズが、ふたつのボックスセットだ。トゥールビヨンやミニッツリピーターを含む5種類の超複雑機構を搭載した「マテリアル&ハイコンプリケーション」ユニークセットと、5色のサファイアクリスタルとSAXEMのケースにメカ10ムーブメントを搭載した「マスター オブ サファイア」セットである。ハイコンプリケーションと新素材。それはビッグ・バン誕生以降の20年で、ウブロが最も注力してきたキーファクターだ。
その牽引役となったのは、研究開発部門ディレクターの重責を担うマティアス・ビュッテ。以前よりウブロと協力関係にあった複雑時計工房「BNBコンセプト」を率いてきた彼は2010年にウブロへと合流。ニヨンの本社工房内に、まるで化学メーカーのようなラボと製造設備を整え、独創的なR&Dを急速に加速させた。自身が〝錬金術〞と呼ぶ新素材の開発分野において、ウブロは時計業界随一のイノベーターとなったのだ。EPFLとの共同研究から生まれた「18Kマジックゴールド」(11年初出)や、鮮やかな発色のカラードセラミックスなどに加え、16年以降は製造が特に難しいとされるサファイアクリスタルケースの独自研究に着手。
手巻きの“メカ10”ムーブメントを5種のサファイアクリスタルケースに搭載。鮮烈な印象のイエローネオンカラーには、ウブロ独自のSAXEM素材を採用する。ニヨンにあるラボではサファイアクリスタルそのものの生成から手掛けており、他に類を見ない独特な色味はその研究成果の表れだ。世界限定5セット。8288万5000円(税込み)。
まず初作となった「ビッグ・バン ウニコ サファイア」(16年)ではケースとベゼルに無色透明のサファイアクリスタルを使用。翌17年には早くもレッドとブルーのカラーサファイアクリスタルを登場させている。以降のウブロは、一部のパーツに用いられていた合成樹脂を廃し、外装のフルサファイアクリスタル化を推し進めると同時に、カラーバリエーションの拡充も図った。しかしウブロが手掛けたサファイアクリスタルの革新は色だけに留まらない。20年には従来のサファイアクリスタルと同等の硬度を持ちながら、より優れた発色と輝度を持つ「SAXEM」を時計業界において初採用。サファイア・アルミニウム・オキサイド&レア・アース・ミネラルの略称であるSAXEMは、通常のサファイアクリスタルにも似た酸化アルミニウムの一種だが、希土類元素とクロムを加えた立方晶の合金素材でもある。三方晶のサファイアクリスタルに対し、光の反射で色を感じさせるのではなく、自ら発光色を生み出す。本来は超高耐久性を求めて航空宇宙分野で開発された新素材だが、ウブロではこの優れた発色性に注目して採用に踏み切っている。
ウブロにとっての大きな転換点となった2005年のビッグ・バン発表。そこから始まる20年の歩みは、マニュファクチュールとしての熟成と、独自性に満ちたR&Dの歴史と完全に一致する。「ビッグ・バン 20th アニバーサリー」の名を冠する総勢15本のリミテッドエディションは、現代ウブロの縮図そのものだ。
