夜空の星がきらめく石畳の上、恋人たちが手を取り合い、ダンスを楽しみながらキスを交わす。そんな詩的な情景を描いた本作は、ヴァン クリーフ&アーペル「ポエティック コンプリケーション」コレクションに加わった新作。自社開発により実現した滑らかなオートマタ機構が、人間の感情さえ映し出すような精緻な動きを表現している。

Photographs by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
髙井智世:文
Text by Tomoyo Takai
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]
ギャンゲットで深めるふたりの時間
ロマンあふれる物語性、複雑機構、そして装飾芸術を織り交ぜた、ヴァン クリーフ&アーペルを代表するコレクション「ポエティック コンプリケーション」。橋の上で出会い、口づけを交わす恋人たちをモチーフにした「ポン デ ザムルー」(2010年〜)の系譜に連なる新作が、「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」だ。舞台は19世紀のパリで流行したダンスを楽しめる河辺のカフェ、ギャンゲット。星明かりの下、恋人たちが手を取り合い、ダンスをしながらキスを交わす情景が詩的に表現される。
正午と深夜零時になると、恋人たちはそっと近づき、腕を動かしてキスを交わす。この一連のアニメーションは、ライナー・ベルナール率いる研究開発チームが約4年をかけて新たに開発した、オートマタ機構搭載ムーブメントによるものだ。恋人たちの腕には3つの連結部分が設けられており、より滑らかな動きを実現している。複雑な動作が凝縮されている一方で、ケースは薄型かつコンパクトだ。これはシンプルな構造設計によるもので、ポン デ ザムルーと比較してもパーツ点数はわずか4つ多いに過ぎない。カムの形状の最適化やパーツの一体化によって、エネルギー効率と精度が高められている。

時刻表示には、ダブルレトログラード機構を採用。時と分はそれぞれ星型のインジケーターによって表示される。星は雲の中に浮かび、幻想的な演出を添えている。
文字盤は5層構造となっており、夜空、雲、建物、石畳、恋人たちのレリーフが立体的に構成されている。装飾には、16世紀フランス・リモージュに起源をもつグリザイユ技法が用いられており、濃淡のあるブルーとホワイトのエナメルによって奥行きのある明暗効果が生み出されている。恋人たちのレリーフや石畳にはホワイトゴールドによる彫金が施され、細部まで精緻な仕上がりに。文字盤の製作には約40時間の作業と12回の焼成が必要とされ、ひとりの職人が一貫して担当する。


卓越した技術と詩的な創造力で、夢のような時間と物語をかたちにする。それこそが、ヴァン クリーフ&アーペルが体現する「ポエトリー オブタイム(詩情が紡ぎだす時)」である。

精緻な文字盤の仕上がりに、ラウンドカットのダイヤモンドを敷き詰めた18KWG製ケースが気品ある輝きを添える。また、交換可能なアリゲーターストラップが付属する。自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。30m防水。(右)2494万8000円(税込み)、(左)4012万8000円(税込み)。