複雑機構を駆使して詩情豊かなストーリーを演出。ヴァン クリーフ&アーペルの2025年新作時計とは?

2025.12.26

時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、オートマタによって腕時計でストーリーを演出する、ヴァン クリーフ&アーペルの2025年新作時計を振り返る。

レディ アーペル ポン デ ザムルー クレール ド リュンヌ

ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ポン デ ザムルー クレール ド リュンヌ」
オンデマンドアニメーションを搭載する「ポン デ ザムルー」に加わったハイジュエリーピース。写真のクレール ド リュンヌは、ダークブルーの色合いと盤上の星空で月明かりの情景を描く。自動巻き(Cal.Valfleurier Q020)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。30m防水。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
鈴木裕之、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Hiroyuki Suzuki, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]


ダブルレトログラードのアレンジで表現された、恋人たちの新たな情景

レディ アーペル ポン デ ザムルー クレール ド リュンヌ

腕時計業界では、他に例を見ないほど豪奢なブレスレット。構成パーツは約1500点にも及ぶ。スノーセッティングの状態に合わせて、各リンクのカットラインが変えられているため、一般的な使用ではほとんどつなぎ目が分からない。セッティングされた石に光を透過させるため、ブレスレット自体が2層構造になっており、手法としてはハイジュエリーそのものの作り方を踏襲する。小さめな石を濃く、大きな石には薄い色を選ぶことで、色調に均一性を持たせている。

 複雑機構を駆使して詩情豊かなストーリーを演出するポエティック コンプリケーションで、辛口の時計愛好家からも一目置かれる存在となったヴァン クリーフ&アーペル。2010年に発表された「ポン デ ザムルー」は、19年に行われたフルモデルチェンジを経て、オンデマンドアニメーションを付加した自社製ムーブメントへと進化している。ダブルレトログラードにも改良が加えられ、深夜0時に橋の上の恋人たちがキスを交わす時間が3分間に、そして帰零後の分針位置がちょうど3分になるように調整されている。

レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ

ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」
ギャンゲットで踊る恋人たちを、新規開発のオートマタ機構で表現。深夜0時になると、互いの手を引き合うように唇を重ねる。既存のダブルレトロ機構のアレンジだが、まったく新しいコンプリケーションに生まれ変わった。自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。30m防水。

 今年はそのメカニズムを豪奢なメティエダールで包み込み、1日の中での4つの情景を描いたハイジュエリーピースとなった。完全新作となった「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」は、ポン デ ザムルーのダブルレトログラード表示とオンデマンド機構を活かしながら、まったく新しいオートマタを盤上に加えている。ギャンゲットで踊る恋人たちは深夜0時を迎えると、取り合った手を引き合うように“水平方向”に動き、唇を重ねる。機構部分のみを比べれば、追加部品はわずかに4点だが、感情まで伝える動きは実に見事だ。

レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ

ギャンゲットとは、19世紀のパリ郊外で流行した屋外ダンスカフェのこと。その情景を描くために、ダイアル面は5層構造に。グリザイユエナメルとミニアチュールペイントが主役だが、最前部にくる石畳の部分は、18KWG素材のハンドエングレービングで仕上げられる。


カトリーヌ・レニエをインタビュー

 2024年9月、ヴァン クリーフ&アーペルのプレジデント兼CEOに元ジャガー・ルクルトCEOのカトリーヌ・レニエが着任した。かつて15年にわたりメゾンと共に歩んできた彼女にとって、その再出発はごく自然なものであったという。

すべては変わっていないけれど、私たちの声は大きくなりました

カトリーヌ・レニエ

カトリーヌ・レニエ[ヴァン クリーフ&アーペル/プレジデント兼CEO]
フランス生まれ。ストラスブールのIECSを卒業後、アメリカでMBAを取得。北アメリカのカルティエを皮切りに、ヴァン クリーフ&アーペルでアジア・パシフィックのコマーシャルディレクターなどを経て、アジア・パシフィック全体の統括責任者に就任。2018年5月からジャガー・ルクルトのCEOに抜擢されるが、24年の9月にニコラ・ボスの後を継いで古巣のプレジデント兼CEOに返り咲いた。

「私が去った場所にそっくり帰るような感覚でしたね。ヴァン クリーフ&アーペルの価値観やインスピレーションは昔と変わっていませんでしたし、それを確認できて安心しました」

 その言葉通り、レニエが重視するのは一貫性である。その象徴が、ジュエリーと宝飾芸術の学校であるレコールだ。彼女が2012年の創設当初から関わった同校は、今や世界に5つのキャンパスを構えるまでに成長を遂げた。「すべては変わっていないけれど、私たちの声が大きくなり、影響力が強まったのです」。

 レニエは、メゾンの創造性の根幹に「自己理解」があるという。「自然からのインスピレーションとは、春の花の開花、色彩、そして妖精やバレリーナといった、はっきりとしたアイデンティティーを持つ存在です。それがメゾンの創造性に一貫性をもたらしてきました」。一貫性はまた、拡張性をも生む。今年の「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」は、傑作をベースとした新作。パリを舞台に、手をつないだ恋人たちは、石畳の上でダンスをし、正午と深夜0時になるとキスを交わす。

 今回彼女が強調したのは、まさにそのパリのイメージだった。

「私たちはパリを持ち込みたかったのです。愛の都としてのパリ、そして自然が息づく都市としてのパリ。その舞台装置として木や金属細工を用いました」

 面白いのは今年のブースの造りである。広場を散策するような開かれた空間からは、レニエのヴァン クリーフ&アーペルに対する思いが感じられる。「価格を下げることなく、メゾンの世界観を守ったまま、より多くの人に開かれた存在にすること。それが私の役割ですね」。

 印象に残った作品として、彼女は「カデナ」を挙げた。これはジュエリーであり時計であるという、いかにも同社らしい時計だ。しかも1930年代からほぼ姿を変えていない。

「デザインとジュエリーとしての美しさ、そして実用性の融合。その再発見が今年の収穫でしたね」。そして確かに、これはより開かれた時計だ。筆者は男性向けの時計にも可能性を感じているが、レニエもその展開に前向きであるようだ。「たとえばワールドタイマー。メゾンらしいエレガンスと複雑機構への独自のアプローチがあるでしょう。ポエティック コンプリケーションや天文系のコレクションとともに、今後も展開していけるでしょう」。

 15年を経て、再び育ての場所に回帰するカトリーヌ・レニエ。同社をより開かれた存在にするという言葉を、今年以降楽しみにしようではないか。 



Contact info: ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク Tel.0120-10-1906


永遠に語り継がれるタイムピース #19 ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」

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ヴァン クリーフ&アーペル 恋人たちのシンデレラタイム

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2025年 ヴァン クリーフ&アーペルの新作時計を一挙紹介!

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