「マリンマスター ダイバーズ 1968 ヘリテージ」によって、セイコー プロスペックスはダイバーズウォッチの原点へと立ち返った。しかも本作は、アーカイブの焼き直しではない。徹底した実用主義によって進化を遂げ、セイコーダイバーズが世界を魅了し続ける理由を、再び明示したのである。
Photographs by Eiichi Okuyama
セルジュ・メイラード:文
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]
国産ダイバーズ60年の到達点-世界で評価される実用時計の醍醐味
1950年代に起こったウォータースポーツの隆盛や有給休暇の普及、欧米と日本における経済成長は「レジャー社会」を生み出した。これに伴い、効率や生産性のための必須ツールと見なされていた腕時計も、次第にレジャーの高まりや広い世界への憧れと結びつくようになった。
そして人々の憧れを最もかき立てた世界が、海だった。テレビのドキュメンタリーが大衆に向けて、その神秘のヴェールを剥ぎ取ったのもこの頃。時計産業もまた、自らの適応力と性能を改めて示す好機を逃さなかった。しかし水は常に時計製造にとって最大の敵であり、繊細な機構をむしばむ存在だ。だからこそ、より深く潜れる機械式時計を設計するには大いなる独創性が必要だったのである。
1965年、セイコーはその答えを示した。国産初のダイバーズウォッチを発表したのである。防水性能は150m。高い信頼性と堅牢性は、第8次南極観測隊越冬隊員の装備品に選ばれるという信認につながった。そして、誕生とともにこの150mダイバーズはブランドの哲学を築いてきた。ダイバーズウォッチは何よりも装着者に信頼性と安全性を提供しなければならないという考え方である。
3年後、セイコーは300mダイバーズで決定的な前進を遂げる。300m防水、3万6000振動/時のハイビートムーブメント、一体型ケース、ねじ込み式リュウズを備え、後に制定されたISO6425ダイバーズ規格を定義するうえでの指標となった。また、頑強で瞬時に識別可能なデザインを確立し、セイコーダイバーズの美的アイデンティティーを形づくった。68年モデルは単なる技術的成果ではなく、アーキタイプとなり、ダイバーズウォッチ史におけるセイコーの地位を不動のものにしたのである。

しかも、セイコーの信頼性は、最も過酷な環境で得られた証拠に基づいている。66年から69年にかけて実施された南極地域観測隊への装備品寄贈では、常に寒冷と湿気にさらされる環境で時計を試した。70年代には冒険家・植村直己がセイコーのダイバーズウォッチを相棒に、日本人初となったエベレスト登頂や犬ぞりでの北極圏単独行にも挑んだ。
セイコーが68年の金字塔モデルにオマージュを捧げた「セイコー プロスペックス マリンマスター ダイバーズ 1968 ヘリテージ」は単なる復刻ではなく、歴史的忠実さと現代技術を融合させた再解釈である。オリジナルの控えめで頑強な美学は独自のケース形状に反映され、さらに高い視認性を誇る高輝度ルミブライト、反射防止加工を施したドーム型サファイアクリスタル風防、操作性を確保する刻み入りベゼルによって一層進化した。
ダイバーズ専用に開発されたキャリバー8L35は、実用環境に即した精度と堅牢性を保証する。ケースとは独立したモジュールに組み込まれたリュウズ構造は、メンテナンス性の向上、寿命の延長、信頼性の強化といった実用主義的エンジニアリング哲学を体現している。

初代ダイバーズの誕生から60年。現在のダイバーズウォッチ市場はかつてなく飽和している。その中でセイコーは、真のダイバーズウォッチとは何かを強く思い出させ、本作もダイバーズウォッチは本来の目的のために設計されるべきであるという原点を再確認させてくれる。
ここにセイコーの大きな強みがある。ネオヴィンテージや懐古趣味が流行する時代にあっても、言葉と実践の一貫性を守り続けているのだ。単にアイコンを再訪するにとどまらず、常に実用主義的革新の論理に組み込んでいる。この真正性と正統性こそが、セイコーダイバーズの世界的評価を、今もなお築き続けているのである。

ラインナップは、ブラック文字盤の「SBDX065」(左)と、文字盤を梨地調のホワイトで仕上げた「SBDX063」(右)の2モデル。ムーブメントは、温度変化の影響を最小化したダイバーズモデル専用のCal.8L35 を搭載する。自動巻き(Cal.8L35)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42.6mm、厚さ13.4mm)。300m空気潜水用防水。各40万7000円(税込み)。
https://www.seikowatches.com/jp-ja/products/prospex/special/1968_mm_2nd