ここ10年で大きく成熟した高級時計市場。牽引の担い手となったのは、2015年頃から始まったラグジュアリースポーツウォッチの一大ブームだった。質的な拡大を経て、いま目利きの時計愛好家たちは、ファッション性よりも未来に残る時計に関心をシフトさせている。ではどんな時計が未来の時計遺産たり得るのか? 著名なジャーナリストによる特別寄稿と、識者たちへの聞き取りで、過去と未来を繋ぐマスターピースの条件を浮き彫りにする。
Photographs by Masanori Yoshie, Eiichi Okuyama
広田雅将:文
Text by Masayuki Hirota
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan), Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]
『クロノス日本版』編集長の広田雅将の「未来に残る時計」
ジャーナリストもどきのひとりとして、筆者はこの20年、なにが傑作時計なのかを考え続けてきた。もちろんその条件は人によって大きく異なるだろう。金額でも、ブランドでも、それ以上に買う人のテイストでも、選ばれる時計は大きく変わるはずだ。しかし、筆者は傑作と呼ばれる時計にはひとつの共通した条件があると考えている。それは結果として長く残るものである。
未来に残る時計とは「テクスト」として読まれるもの
パテック フィリップの「カラトラバ」、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」、パテック フィリップの「ノーチラス」、ジャガー・ルクルトの「レベルソ」、カルティエの「タンク」に、さらにはロレックスの「オイスター パーペチュアル」。こういった時計は、発表から何十年も経た今なお、第一線に留まっている。

時計ジャーナリスト兼アートソルジャー。『クロノス日本版』および『webChronos』編集長。サラリーマンなどを経て時計専門のフリーライターとなる。2016年から現職。ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)のアカデミー会員。
もちろん常に人気を集めていたわけではない。筆者が時計に興味を持ち始めた1990年代、カラトラバやロイヤル オーク、ノーチラスなどは、明らかに時代遅れの時計と見なされていた。複雑時計に舵を切り直したレベルソはニッチな存在に過ぎなかったし、タンクはファッションウォッチ、そしてオイスター パーペチュアルはサラリーマンの時計、といった具合だった。あの時代、筆者は若い見た目を持つスポーツウォッチに熱狂したし、それは多くの時計好きも同じだったのではないか。しかし、パテック フィリップやオーデマ ピゲなどは、その後もカラトラバやロイヤル オークなどを作り続け、これらのモデルは結果として「神話」となった。
もっとも、結果として残った時計は、残る時計としての条件をすべからく満たしていた。例えばパテック フィリップのカラトラバ。これは多くの人たちにとって、好きな時計でもあり、良い時計になるだろう。カラトラバが嫌いな人であっても、このモデルを悪いと言う人は、そういないはずだ。
筆者のようなジャーナリストもどきは、常に善し悪しを語ろうとする。一方多くの人が注目するのは好きか嫌いかだ。先に挙げた傑作は、程度の差こそあれ、大多数の人にとっては好きであり、良い時計となるだろう。時計としての完成度が高くて、しかも多くの人に気に入られているのならば、そのモデルは末永く続くだろう。しかし人気というものは、はかないものだ。あるセレブリティが着けて爆発的な人気を得ることもあるし、ちょっとしたきっかけで、市場の注目を失うこともある。メーカーがインフルエンサーを使ってSNSへの露出を増やし、『クロノス日本版』のようなメディアに広告料を払い、限定モデルを作り、華やかなイベントを行うのは、多くの人の気を引こうとするためだ。
長く続く傑作となるには、多くの人にとっての、好きな時計であり続けること。この当たり前が当たり前として語られにくい理由は、その条件を満たすのが非常に難しいためだ。筆者は時々思う。仮にオーデマピゲがロイヤル オークの生産を1980年代でやめていたら、今ほどの人気は得られなかったのではないか、と。セイコーは「クレドール ロコモティブ」の生産をいち早く諦め、一方オーデマ ピゲは継続した。結果として、ロイヤル オークはどこでも見られる時計となり、やがて人気に火が付くようになった。初めて見たときに違和感を覚えても、続けていれば目は慣れ、当たり前のものとして定着する。パルミジャーニ・フルリエCEOのグイド・テレーニが喝破した通り、そのモデルをアイコンに育て、傑作として残していくためには、ある程度のスケールが必要なのである。
もっとも、良い時計を長く作り続けても、傑作になるとは限らない。そのモデルが「テクスト」として読まれることも重要だ。
少し脱線したい。時計を見るという作業は、「作品論」を作るような営みである。誰が作ったか、どう作ったか。そこに何の意図が込められているのか。善し悪しを語るにせよ、良い悪いを語るにせよ、作品に切り込んでいくという作業は、対象に向き合うために必要な、最低限の、そして不可欠な要素である。
一方「テクスト論」では、作り手の意図や考えをいったん脇に置くことが許される。重要なのは創造者よりも、見た人がどう感じるか、どう解釈するか、だ。わざわざジャクソン・ポロックやジョン・ケージを持ち出さずとも、多くの「傑作」には、解釈の余地が残されていることが分かる。例えばオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」。これは薄型時計にスポーティーな要素を盛り込む試みでしかなかったが、ジェラルド・ジェンタの作り上げた異形ケースやブレスレットと一体化したケースなどは、多くの模倣者、追随者を生んだ。「売れたから真似された」とは時計業界の評価である。しかし、これは多くの人々が、ロイヤル オークを「テクスト」として読み込み、自分なりに解釈したため、だろう。
カルティエ「タンク」も同様である。戦車を模した長方形のケースは、丸型ケースなどに比べて汎用性に乏しいとされる。しかしルイ・カルティエとその後継者たちは、タンクの造形を「テクスト」と見なし、さまざまな解釈を加えていった。本来であれば「タンク サントレ」や「タンク フランセーズ」といった大胆なバリエーション違いは生まれない。しかしカルティエは異形な造形を持つタンクに多様性、つまりは解釈の余地を見いだしたのである。他者ではなく、自ら見いだしたのはカルティエの強さだ。
作品論のように分解できる「良い」時計は、作り手が存在し、買い手がその存在を感じるうちは驚くような影響力を放つに違いない。しかし、テクストとしての磁力に富んだ時計であればどうだろう。解釈は必ずしも詳細な説明を要しない。そういった時計は、作り手の姿が失せた後も、長く生き続けるに違いない。
現行でそういった時計を挙げるならば、ひとつはオーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」になる。発表時に同社の関係者は「賛否両論が生じるのは分かっている」と述べた。かつて同社は、1992年の「ロイヤル オーク オフショア」の発表時にも、多くの人に好かれないことを理解していた。しかし、その大ぶりで立体的なデザインはテクストとして読み込まれ、いわゆる「デカ厚時計」ブームの引き金を引いた。同様のことがCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲに起こっていると考えるなら、このモデルは未来の傑作として残るのではないか。

シンプルウォッチの傑作。自社製セラミック文字盤やフィリップ・デュフォー仕込みの手仕上げなど、マイクロアーティスト工房の粋が結集される。手巻きスプリングドライブ(Cal.7R14)。41石。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径39mm、厚さ10.3mm)。3気圧防水。(問)セイコーウオッチお客様相談室(クレドール)Tel.0120-302-617
もうひとつの例はクレドールの「叡智Ⅱ」だろう。テクストとして残った時計が、いずれも強いデザインを持っている(グランドセイコーがアイコンとなりつつある理由だ)のに対して、叡智Ⅱのシンプルな造形は、テクストとして読まれるには弱い。しかも、このモデルは多くの人に認知されるほど、生産本数も多くない。傑作となりうる条件が弱いのは事実である。
薄くてシンプルな時計が当たり前の時代なら完全に埋没しただろう。しかし、極端に絞ったそのデザインは、過剰な時計が目立つ今であれば、テクストとして読まれうるのではないか。
加えてこの時計は、極端に切り詰めたデザインに凝ったムーブメントというユニークな組み合わせを、自覚的に採用した先駆けでもある。この要素はデザインというよりも、今後、パッケージとしてのテクストになり得るかもしれない。生産本数は圧倒的に少ないが、世界的な名声は、数の少なさを補いうる。
筆者はもうひとつ、傑作の条件を挙げたい。それがムーブメントである。デザインほどの広まりを持たないが、人目を引くムーブメントは、デザインを補完する要素にはなるだろう。もっとも、ムーブメントが価値を持つようになったのは、たかだかここ30年の出来事である。引き金を引いたのは、ショパールの「LUC 1860」(1997年)と、それ以上にA.ランゲ&ゾーネの「ダトグラフ」(99年)ではないか。

デザインありきで時計を作ったという点で、F.P.ジュルヌとA.ランゲ&ゾーネは今の時計業界に大きな影響を及ぼした。とりわけ1999年のダトグラフは、正三角形を強調した文字盤に、込み入ったムーブメントの組み合わせで、時計業界に大きなインパクトをもたらした。機械式時計ルネサンスの幕を開けた傑作中の傑作だ。
裏蓋をトランスパレントにしてムーブメントを見せるという手法の先駆けは、クロノスイスである。汎用ムーブメントを、しかしスケルトン化して見せることで、同社の時計は人気を博した。「オーパス」が好例だろう。もっとも、ムーブメントを見せるという手法が広く普及するには、人目を引く自社製ムーブメントの出現を待たねばならなかった。
A.ランゲ&ゾーネを復興させたギュンター・ブリュームラインは、当初ムーブメントに価値を見いだしていなかった。その証拠に、94年に発表されたA.ランゲ&ゾーネのモデルは、鎖引きの「プール・ル・メリット」を除いて、ソリッドバックのケース付きだった。
しかし、おそらくはジャガー・ルクルトでの成功が引き金となったのだろう。やがてA.ランゲ&ゾーネはムーブメントを見せるようになった。決定付けたのは、言うまでもなくダトグラフだった。
ダトグラフが搭載するキャリバーL951系は、そう言って差し支えなければ、見せることを前提として作られた、初の量産ムーブメントだった。少なくとも、クロノグラフムーブメントに限って言えば、間違いなく世界初だ。
それ以前にも、例えばアルバート・ポッターだったり、受けにサファイアを使ったウォルサムだったり、オーデマ ピゲのスケルトン、そしてフィリップ・デュフォーの「シンプリシティ」といった見せるムーブメントを持つ時計はあった。しかし量産機として考えれば、L951が先駆者だ。

量産機としてはおそらく初めての、見せることを前提に設計されたムーブメント。それ以前も機能美を持つ機械は存在したが、Cal.L951は造形美を強調する設計となっている。部品をできるだけ重ねない、レバー類には曲げを入れない、というクロノグラフ設計の定石に逆らうことで、極めてユニークかつ重層的な造形を得ている。
L951の面白さは、デザインありきでムーブメントが設計されたことだ。12時位置のアウトサイズデイト、そして7時位置のスモールセコンドと、4時位置の30分積算計。このレイアウトを満たすため、L951のクロノグラフ機構はムーブメントの片側に寄せられ、それは結果として、このムーブメントを極めて重層的なものとした。すべての部品を全体に散らすというムーブメント設計の定石に対して、L951の在り方は全く真逆だ。込み入ったクロノグラフ部分と、余白が大きい香箱部分のコントラストは、玄人たちの考える「機能美」からは大きくかけ離れている。しかし、込み入ったクロノグラフ部分を持つことで、L951は普通の人々(もちろん筆者も含まれる)にとっては、十分に見応えのあるムーブメントとなったのである。
お世辞にも装着感はいいとは言えないし、レマニア2310のような機能美を伴っているわけでもないが、このムーブメントだけで、ダトグラフは傑作となったのである。この時計(ムーブメント)がどれほど大きな影響力を後世に与えたかは、パテック フィリップがその後に出した手巻きクロノグラフムーブメントのキャリバーCH29-535を見れば理解できよう。多くの偏心ネジと、大きな曲線を描くレバー類は、実用性というよりも、見た目を満たすための要素だ。
見応えのあるムーブメントを、トランスパレントバックで見せるという手法は、以降時計業界に急速に広まった。エボーシュでは見た目が映えないことに気付いた時計メーカーは、以降急速にムーブメントの内製化に取り組むようになった。今や私たちは、見応えのあるムーブメントを持つさまざまな時計を見るようになった。しかし機械を楽しむという習慣は、たかだかダトグラフ以降のものだったのである。
最後にもうひとつ、傑作の条件を加えておきたい。それがオブジェであることだ。筆者は、その時計がアイコンとなり、傑作として定着するには、ある程度の数が作られていることを条件に挙げた。しかし、それを受け入れる市場が成熟すれば、数は問題ではなくなるだろう。
例えとして適切とは言いがたいが、数は少なくとも、ピカソの絵画は世界中で知られている。同様に、商品ではなくオブジェと見なされるようになれば、その時計はピカソの絵画に似たような扱いを受けるだろう。ただしそのためには、クリエーターの名前が広く知られること。まだまだニッチだが、現時点での最右翼はフランソワ- ポール・ジュルヌと、続いては、リシャール・ミルになるのではないか。
オブジェとしての時計を語るには、まだ時計市場は成熟していない。しかし例えば20年後や30年後であれば、このトピックは、ひょっとして冒頭に上がるかもしれぬ。






