セイコー プロスペックス「スピードタイマー」に追加された、3針モデルの「スピードタイマー メカニカルモデル」をインプレッションする。本作は従来のクロノグラフモデルが持つ“時間を正確に測り取ること”をコンセプトに据え、3針でありながら、インナーベゼルによって分単位の計測を可能としている。ツールウォッチやスポーツウォッチのテイストと、インフォーマルウォッチのシックさが共存するデザインは、さまざまなコーディネートに取り入れやすく、魅力的であった。

自動巻き(Cal.6R55)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径39.5mm、厚さ12.0mm)。20気圧防水。13万7500円(税込み)。
Text and Photographs by Shin-ichi Sato
[2025年12月18日公開記事]
伝説的なクロノグラフモデルの名を継承する「スピードタイマー」
今回インプレッションするのは、2025年7月に発表されたセイコー プロスペックス「スピードタイマー メカニカルモデル」Ref.SBDC215である。インナーベゼルを持つ3針モデルに仕立てられており、ツールウォッチやスポーツウォッチのテイストと、インフォーマルウォッチのシックさが共存したデザインである。本作の解説を始める前に、「スピードタイマー」について振り返っておこう。
スピードタイマーの名は、1969年に世界に先駆けて量産された機械式自動巻きクロノグラフ「1969 スピードタイマー」までさかのぼる。1969 スピードタイマーは垂直クラッチとコラムホイールを搭載することで、スタート・ストップ時の指針ずれや針飛びの抑制と、安定した作動を両立し、その後のクロノグラフ開発に大きな影響を与えた。その後、スピードタイマーは休止状態となっていたようだが、2021年よりセイコー プロスペックスのシリーズとしてその名が復活。現在では、スポーティーなスタイリングと、セイコーのクロノグラフ技術を体験できるコレクションとして人気を集めている。
3針デザインの「スピードタイマー メカニカルモデル」をインプレッション
インプレッションするRef.SBDC215は、1969 スピードタイマーや、その後のクロノグラフモデルのディテールを取り入れつつ、3針のスタイリングに再構築している点がトピックスだ。“クロノグラフモデルからインスピレーションを受けた3針モデル”という視点では、往年の「クラウン クロノグラフ」のデザインを取り入れた「セイコー プレザージュ Style60’s」は存在するが、スピードタイマーの名を持つ3針のレギュラーモデルは、2025年12月時点で本作と、同デザインで黒文字盤の2モデルのみである。
本作に対して、「クロノグラフじゃないのにスピードタイマーなの?」という第一印象を持つ方もいるかもしれない。そういう方にこそ、今回のインプレッションをご覧いただき、筆者が感じたスピードタイマーの系譜や魅力、高い完成度を知っていただきたい。
本作の特徴であるインナーベゼルの使用例
本作がスピードタイマーを名乗るにあたって、象徴的に取り入れられているのが4時位置のリュウズで操作するインナーベゼルだ。このようなインナーベゼルは1969 スピードタイマーにも採用されており、回転ベゼルと同様に任意の基準位置を設定して時間を測定するものである。
1969 スピードタイマーはカウントアップ式であった一方で、本作に採用されているインナーベゼルはカウントダウン式だ。基準となる三角マークから時計回りに“55”、“50”とカウントダウンされ、“10”、“05”とゼロに向かう。使用例を挙げよう。新幹線が下車駅に到着するのが10時30分である場合、三角マークを6時位置に設定しておく。これにより、現在が10時6分なら、インナーベゼルから残り24分であることが分かる。あるいは「30分間集中してギター練習をする!」と決めたら、インナーベゼルの“30”位置を現在の分針位置に合わせることで、残り時間を分針によって計測可能となる。

緻密なスケールからクロノグラフモデルの系譜が感じられるデザイン
インナーベゼルの操作はスムーズで、引っ掛かりや固さはない。ただ、着用時に4時位置のリュウズが手の甲に接触するのか、わずかにインナーベゼルが動いてしまうことがあった。気になるほどではないが付記しておこう。
インナーベゼルと文字盤の一体感が良好で、デザイン的に“浮いてしまう”ことがない。また、各種スケールが鮮明で視認性が高い。特に文字盤側の秒スケールが緻密で、読み取りやすく、クロノグラフ技術の系譜や、セイコーが長年蓄積してきたノウハウが感じられる。引いて見ればシンプルだが、ディテールは情報量が多く、ツールウォッチのテイストが本作の魅力を作り出している。
本作では、秒針の先端と、インナーベゼルの“15”からゼロにあたる三角マークまでが、オレンジカラーとなっており、デザインのワンポイントとしつつ、視認性を高めている。このオレンジの調色が絶妙で、レッドが焼けて退色したかのようなクラシカルな印象を全体に加えている。

視認性とデザインバランスが良好な文字盤
時分針は、先端に向かってわずかに細くなるデザインで、先端に細いラインを設けることで正確な測時を補助している。また、蓄光塗料も塗布されており、暗所での視認性を確保している。分針はしっかりとインナーベゼルまで届いて精悍であるし、時針はインデックスと対向する配置で、こちらも良い。グレーカラーのバーインデックスはエッジが効いたモダンな仕上げである。インデックス外周には四角型の蓄光塗料が配され、これは1969 スピードタイマーのオマージュであろう。

文字盤には縦方向の筋目が施されており、光沢感のあるシルバーホワイトカラーである。仕上げとカラーがシックでクラシカルなテイストを生み出している。インナーベゼルと秒針のオレンジとのコーディネートも良い。なお、同時に発表されたRef.SBDC217はチャコールグレーのようにも見えるブラック文字盤で、こちらもシックでクラシカルテイストにあふれており、魅力的だ。
装着感が良好で、幅広いスタイリングに取り入れやすい点が高評価
ケース径は39.5mm、時計の仕上がり厚さは12.0mmである。手首周長約18cmの筆者が着用してみると、シャープなケースデザインと、手首にフィットするラグ形状、手首に沿うブレスレットによって着用感が良く、数値よりもコンパクトに感じる。体感上のコンパクトさは、ドレスウォッチのスタイリングを想起させ、シックさやエレガントさを本作に加えることに一役買っているのではないだろうか。今回はビジネスシーンを想定してオックスフォードシャツに合わせてみた。また、アウトドアウェアにもピッタリマッチする。
ブレスレットは比較的薄い仕立てで、短いコマをふたつの小さなリンクでつなぐ構造である。これにより、時計全体を軽量化しながら、ブレスレットの可動範囲を広げてフィット感を高めている。重量バランスも良好だ。

減点ポイントが見当たらない完成度の高さ
本作には、自動巻きムーブメントのCal.6R55が搭載されている。Cal.6R55は、巻き上げが十分であれば週末に着用しなくても稼働を続ける約72時間のパワーリザーブを備える。また、長年にわたって製造が続けられ、ダイバーズウォッチにも用いられている6R系ムーブメントであり、安心感がある。防水性能は20気圧であり、ダイビングには使用できないが、日常生活レベルであれば文句の付けようのない性能だ。
ここまで述べた通り、視認性や着用感は良好で、スポーティーかつシックであり、さまざまなスタイリングに取り入れやすい。コンセプトや世界観を反映したディテールも備えている。ケースやブレスレット、文字盤の仕上げも良く、使っていて満足感がある。唯一、ブレスレットのクラスプが5mm程度の調整幅しか持たない点は気になったが、これは好みの問題だ。外観や性能面で不足はない。
本作の全体を見渡して、減点ポイントが見当たらないということが分かるだろう。すなわち完成度が高い。あとは、コンセプトやデザインが好みかどうかという点に委ねられる。
スピードタイマー系譜がしっかりと感じられたスピードタイマー メカニカルモデル
もしあなたが、スピードタイマーに“クロノグラフ”を求めるのであれば、本作に不満や不足を覚えてしまうかもしれない。しかし、少し待ってほしい。現代のセイコーは、スピードタイマーの定義を「時間を正確に測り取る」コレクションであると拡張し、提案しているのではないだろうか。
それを示すように、本作には分単位での正確な測時をサポートするインナーベゼルと、緻密なスケール、視認性を高める各種ディテールが与えられている。1969 スピードタイマーの実機を所有している筆者が本作を着用してみて、インナーベゼルを活用した時計の使い方は、「スピードタイマーを使っている」感覚にしっかりと結びついた。
仕事の納期に追われつつも、SNSや動画配信を漫然と見てしまって「時間を浪費したな」と思ってしまうこともある筆者にとって、スピードタイマーを着用することが正確に測時をするきっかけとなった。そして、測時を通じて“時間を大切にする”ことを再認識できたことは有意義であった。



