時計業界のアカデミー賞「GPHG」。CCFanが現地取材したグルーベル・フォルセイ、ボヴェ、アントン・スハノフの受賞作をレポート

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2026.02.13

「時計業界のアカデミー賞」とも称されるGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)は、2025年に第25回目を迎えた。近年では日本ブランドの作品もノミネートや受賞となり、国内での認知度は高まっていると言える。そんなGPHG2025のうち、受賞したグルーベル・フォルセイ、ボヴェ、アントン・スハノフについて、受賞以前から動向を追ってきたCCFanが現地で行った取材の下に、レポートしていく。

CCFan (Watch Media Online):写真・文
Photographs and Text by CCFan (Watch Media Online)
[2026年2月XX日公開記事]


GPHG2025をスイスで現地取材

 紆余曲折があり、2024年から取材を行っているGPHG(Grand Prix d'Horlogerie de Genève、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)。2025年は『クロノス日本版』チームも取材、ということでメインや総括はそちらに任せ、受賞作品の中でも存在感を増している独立系ブランドの、さらにその中でも特に筆者が注目し、力を入れて取材した作品をレポートしたい。

 今までの歴史を見るに、GPHG受賞によって一気に注目されたブランドもあるため、独立系にとっては魅力的な機会となり続けると思う。

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グルーベル・フォルセイ「ナノ・フドロワイアント」

グルーベル・フォルセイ「ナノ・フドロワイアント」Ref. P01036
手巻き。53石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約24時間。18KWGケース(直径37.9mm、厚さ10.49mm)。3気圧防水。限定22本。

 グルーベル・フォルセイが基礎研究として長年取り組んできた「メカニカル・ナノ」プロジェクトの実用化であり、“第10の発明”でもある「ナノ・フドロワイアント」機構を搭載したナノ・フドロワイアントがMechanical Exception Watch Prize(編集部注:特別な機械式時計に贈られる賞)を受賞した。

 現在はマイクロ(1mmの1000分の1)かサブマイクロ(0.1マイクロ)単位の世界で行われている時計製造を一気にナノ(マイクロの1000分の1)単位に移行し、それまで機械式では実現できなかった性能・機能を実現しよう、という野心的なメカニカル・ナノプロジェクトを筆者は継続的に取材をしており、結果的に“最期”のバーゼルワールドとなった2019年には、今回の作品につながる「メカニカル・ナノ デモンストレーター2」を取材できた。

 1秒を振動数で分割して表示するフドロワイアント機構。既存の実装ではガンギ車からタイミングを取り出すと同時に、針のふらつきを抑えるために上流からトルクを供給するヒゲゼンマイを設けて予圧を与えてバックラッシュを埋めなくてはならない……といった、比較的複雑な仕組みが必要で大掛かりになりがちだが、ナノ・フドロワイアントではナノ技術で制作するため、低バックラッシュかつ微細歯車でガンギ車の軸に噛みあう“だけ”で、ふらつきなく1/6秒(振動数の逆数)を表示することに成功した。

グルーベル・フォルセイ

フドロワイアント機構はダイアル5時位置の開口部上にセットされた6分割のインダイアルで表示される。写真は2024年に発表された「ナノ・フドロワイアント EWT」。受賞作同様、永久カレンダー、フライングトゥールビヨン、フライバッククロノグラフを併催している。

 メカニカル・ナノ デモンストレーター2によって、研究プロジェクトとしての完成を見たナノ・フドロワイアントはさらに進められ、常時動作するフドロワイアントをフライングトゥールビヨン上に配し、フドロワイアント用のインダイアルも逆回転させ、加えて針の速度を調整することで、常に正立したフドロワイアントがトゥールビヨンに沿って回転する、というにわかには信じられない構造を実現するに至った。その構造を備えたのが、受賞作の「ナノ・フドロワイアント」Ref. P01036である。

 本作はグルーベル・フォルセイとしては初めての「実用時計としてのクロノグラフ」という意味でも新しい試みであり、2024年にCEOに就任したミシェル・ニデッグが率いるチームが目指す方向はこれからも取材していきたい。まだまだ野心的な試みをいくつも持っているようである。

ボヴェ「リサイタル 30」

ボヴェ「リサイタル 30」Ref.R30-0001
自動巻き(Cal.R30-70-001)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約62時間。Tiケース(直径42mm、厚さ12.90mm)。7万3508スイスフラン。

 Men’s Complication Watch Prizeを受賞したのは「サマータイムの問題を根本的に解決した」というボヴェの「リサイタル30」。GPHG2024に同部門を受賞した、トゥールビヨンと永久カレンダー、そしてワールドタイマーを備えたスーパーコンプリケーションウォッチ「Récital 28 Prowess 1」から、とりわけ特徴的なワールドタイム部分を抽出した作品である。

 サマータイムは日の出の時間が早くなる夏に日照時間を有効活用するために、時差を1時間進める制度であるが、採用している国と採用していない国が分かれる、あるいは実施時期が年と国ごとに変化する、といった性質から時差に合わせて国名を記載するワールドタイマー機能との相性が悪く、ユーザー側でサマータイム実施中は1時間早い地名を読む工夫をしたり、補助目盛としてサマータイム実施国は2カ所に地名を表記するなどの工夫が行われてきた。

 ボヴェががこの問題に対して用意した答えは「取りうるパターンを網羅する」という、ある意味シンプルな方法だ。サマータイム実施国の中でも広い範囲を占めるアメリカとヨーロッパに対し、サマータイムなし(UTC)・アメリカ夏時間(AST)・アメリカとヨーロッパが夏時間(EAS)・ヨーロッパ冬時間(EWT)の4パターンを90度ずつ回転する24個の地名表示シリンダーと2個のモードシリンダーを使って表示、ケース2時位置のプッシャーを押すたびにこのシリンダーが回転し、サマータイムを実施している国では都市名が隣接するシリンダーに移ったり戻ったりするような表示になる。

リサイタル 30の18Kレッドゴールドモデル。

 UTC→AST→EAS→EWTという並びになっているのはアメリカとヨーロッパの制度の違いに由来しているようで、アメリカのものは3月第2日曜にサマータイムが開始し11月第1日曜に終了、ヨーロッパは3月最終日曜に開始し10月最終日曜に終了という時系列で考えると、両地域の標準時(UTC)→アメリカが開始(AST)→ヨーロッパも開始(EAS)→ヨーロッパが終了(EWT)→アメリカも終了(UTC)、というように、制度上アメリカの方がサマータイムの期間が長いため「アメリカが冬時間でヨーロッパが夏時間」というパターンは必要ない、ということだと考えられる。

 リサイタル 28からの強化ポイントとして、30分時差を持つインド・ニューデリーの時差を表示するために、長針を反対側にも伸ばして30分時差を表示、インド市場向けの「インディアンバージョン」ではメインの分針と延長したサブ分針の機能を逆転、ワールドタイマーでは無視されがちな1時間以外の時差を持つ国にも配慮している。

 ローラー機構を強調したボンベ状のダイアルとドーム風防、湾曲した時分針により視認性も確保している。

アントン・スハノフ「St.Petersburg Easter Egg Tourbillon Clock」

アントン・スハノフ「St.Petersburg Easter Egg Tourbillon Clock」
手巻き。パワーリザーブ約182時間。シルバーケース(直径約100mm、厚さ約128mm)。

 ウェイ・コーがプレゼンする特別賞Horological Revelation Prize(編集部注:設立から10年未満のブランドを対象に贈られる賞)を受賞したのは、アントン・スハノフが手掛けるトゥールビヨンクロック「St.Petersburg Easter Egg Tourbillon Clock」である。

 筆者はアントンを初作「ファロス」、次作「ロータス」と取材し、ブランド初となる腕時計「レーサー」は自分で購入するほどの思い入れがあるが、ウクライナ侵攻で予定していた新型コロナウイルス禍後の2023年ロシア取材は飛んでしまった、来年こそパスポートを犠牲に……との覚悟である。

 それはさておき、新作はブランドが得意とするトゥールビヨンクロック、帝政ロシアの皇帝に送られた豪華な宝飾で装飾された「インペリアル・イースターエッグ」をモチーフとしている。

 オリジナルのインペリアル・イースターエッグ同様に表面は伝統的な焼結エナメルで仕上げられ、卵の形に沿うような立体的なギヨシェ装飾が施されてる、これを実現するために、アントンは専用の立体ギヨシェマシーンを製作するところからスタート、シルバーケースに美しい手彫りギヨシェを施し、宝石をちりばめるといった豪奢な装飾ではなく、ミニマルさの中に高度な技法を隠す現代の装飾と伝統技法を融合させている。

湾曲した物体に、均一にエナメルやギヨシェ装飾を施すには、高度な技術力が必要となってくる。

 ファロスおよびロータス同様の回転する24時間リングと固定地名リングによるワールドタイム表示、トゥールビヨンの回転速度を24秒で1周に設定することで時間用の24分割インデックスで24秒も表示するというのがユニークだ。ギヨシェも24時間スケールに連続するように彫りこまれ、全体として調和したデザインになっている。

 アントンとしては“控えめ”な1軸のフライングトゥールビヨンは前述したように24秒で1周の高速仕様。初作ファロスから採用されブランドの“アイコン”にもなっているテンワに蓄光樹脂を埋め込み、暗闇で発光する独特の形の「フレーミング・バランスホイール」ももちろん採用している。

ミニマルな意匠ながら、複数のコンプリケーションを搭載したクロックである。

 一見すると不安定そうな卵の形状は、ダルマや起き上がりこぼしのように、下部に錘を入れることで倒れずにゆらゆらと自立する。ロシアでも同様の原理のおもちゃが「неваляшка」として親しまれている構造で、日本のダルマと同じように「何度倒れても再び立ち上がる」という人間の強さを表現した哲学的な意味合いも持たせた。新型コロナウイルス禍中に「泥の中から生まれる蓮の花の生命力」を表現した、ロータスとの連続性も感じるものである。


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