【時計修理技師って何をしているの?〜後編〜】オーバーホール体験で分かった「一生モノ」の腕時計を所有するということ

FEATURE その他
2026.05.25

お気に入りの時計を末永く愛用していくために、欠かせないのがオーバーホールなどといったメンテナンスだ。また、付き合いが長くなれば、修理の必要も出てくるだろう。こういった時計のアフターサービスについて、実際にどのようなことが行われているのか知らないというユーザーは少なくない。我々メディア側も、この情報発信を十分に行っているとは言えないだろう。そこで今回、LVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社のカスタマーサービスセンターの協力を得て、時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集部の鶴岡智恵子が現場を体験しながら取材。時計のメンテナンスそのものはもちろん、実際の現場での業務やサービス内容について、前編・後編にわたって紹介する。後編では、ムーブメントの分解や組み立て、研磨といった、メンテナンス現場で行われる業務を実際に体験しながら、その仕事への理解を深めていく。

【時計修理技師って何をしているの?〜前編〜】アフターサービスの現場が担う“ブランド価値”

FEATURES

鶴岡智恵子(クロノス日本版):写真・文
Photographs & Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2026年5月25日公開記事]


工程は大きく分けて「分解」「洗浄」「研磨」「注油と組み立て」「検品」

 ブルガリ、ウブロ、タグ・ホイヤーおよびゼニスといった、高級ブランドの時計のメンテナンスを担うLVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社のカスタマーサービスセンター。同社の協力を得て、同カスタマーサービスセンターの現場を取材することがかなった。前編では同社取締役COOであり、同社が開校した「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」の設立者のひとりであるジュリー・ブルジョワ氏の取材を中心に、同社にとってのアフターサービスの在り方や現場に共有される理念についてひもといた。後編では、ワークショップを通じて、現場での“仕事”の一端を紹介していく。

Photograph by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
広々としたスペースが取られたカスタマーサービスセンター。大きな窓からは東京の街並みを一望できる。

 webChronosで何度か取り上げているように、このカスタマーサービスセンターは東京都江東区に位置しており、大きな窓から明るい陽射しが差し込む広大なスペースと充実した設備、そしてハイレベルなスキルを持つ人材を備えている。ここで行われるメンテナンスは、個体や症状にもよるが、一般的には「分解」「洗浄」「研磨」「注油と組み立て」「検品」に大別される。各工程はブランドごとにスペースを分けて作業が進められているが、洗浄と研磨は同一の部屋で行われていた。

 クロノグラフからジュエリーウォッチまで、修理またはメンテナンスが必要な、さまざまな機構・造形の腕時計が一堂に会し、プロの時計師やポリッシャーらの手を経る。

 そんな現場でのメンテナンス体験の一端を紹介したい。

顧客の愛機を傷付けないように……慎重に「分解」

Cal.ホイヤー02

今回の取材のために用意してもらったトレーニング用のタグ・ホイヤーのCal.ホイヤー02。「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」のケースから取り出していく。

「そろそろ定期的なオーバーホールをしたい」「時間が遅れるようになった」「日付表示の動きがおかしい」等々……多岐にわたる理由で修理の現場に持ち込まれる時計。前編でも言及したように、このカスタマーサービスセンターは顧客の声をしっかりとヒアリングすることを重要視しており、症状に合わせたさまざま修理が行われている。その中でオーバーホール時に最初に行われるのが「分解」、つまりケースからムーブメントを取り出し、パーツをバラしていく工程だ。この工程の中で、交換の必要のあるパーツも選別されていく。

 今回は体験なので不具合はないが、練習用のタグ・ホイヤーの「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」にケーシングされた状態のCal.ホイヤー02を分解していく。

 いざムーブメントを分解……という工程にたどり着くまでも、やることは多い。ケースとストラップを分離させ、裏蓋を開け、ネジによって固定されたムーブメントを取り外さなくてはならない。

バネ棒外し

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフはバネ棒によってラグとストラップが固定されているため、専用のバネ棒外しを使って取り外す。

ストラップの取り外し

ストラップの取り外しの際は、ラグなどに傷を付けないよう、細心の注意が払われる。

無事にヘッドだけになったら、裏蓋を取り外す。このモデルはネジ留め式のため、ドライバーを使う必要がある。ネジがなめてしまわないよう、しっかりとネジに対して垂直になるよう、ドライバーを指先で固定して持つ。写真のように、ドライバーの天面を人差し指で固定し、軸を親指と中指で挟み込む。パーツが傷付かないよう、ドライバーの先端はきちんと加工されている。

ムーブメントはケースにネジで固定されているので、やはりドライバーを使って取り外していく。サイズに合わせてドライバーを変える必要がある。

ツヅミ車、オシドリ、カンヌキを通して主ゼンマイの巻き上げや時刻操作を行うリュウズも、工具を使ってオシドリを押しそっと外す。

ケースからベゼル部を外す専用工具

ケースからベゼル部を外す専用工具。各パーツがガスケットでしっかり固定されているため、裏蓋側から押し出してベゼル部を外す仕組みになっている。

ケースのサイズや種類によって、ガラスを外すために固定する工具も変わってくる。こういった工具類をしっかり整理整頓しているのは、さすが業務効率化に成功しているLVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社のカスタマーサービスセンターだ。

パッキンやワッシャーも取り外していく。パッキンは消耗品だが、ワッシャーは劣化していなければ組み立て時に同じものが使われるため、洗浄する。

ネジを固定するための接着剤

ネジを固定するための接着剤。さまざまな種類が常備されている。

タグ・ホイヤー 外装パーツ

四苦八苦して外したパーツ。次の工程は洗浄だ。

パーツによって異なる「洗浄」

 外装とムーブメントに分解された後、外装パーツは洗浄へと回される。

 この取材は2025年9月に実施したが、その2カ月ほど前に、別の取材の担当編集として訪れていた(https://www.webchronos.net/features/140876/)。その時にも驚かされたのが、整頓された洗浄スペースだ。パーツによって使われる溶剤が異なることから、溶剤に応じたタグが用意されていたり、洗浄時には色分けされた留め具が使われ、入れ違いが起こらないようになっているのだ。

洗浄の様子

洗浄の様子。外装の中には18Kゴールドなど、軟らかく傷付きやすい素材もある。パーツ同士がぶつからないよう、洗浄時はしっかりと固定される。

使用する溶剤を見分けるためのタグ

洗浄するものの状態を分かりやすく見分けるためのタグ。分解後の外装パーツが洗浄スタッフに手渡される際、このタグが利用される。

充実した設備と人材の中で行われる「研磨」

 洗浄を終え研磨が必要な外装パーツは、ポリッシュチームに渡され研磨の工程へと進む。このカスターサービスセンターには8名のポリッシャーが勤務しており、一般的なバフモーターのみならず、ベルトサンダーやレーザー溶接機、さらにはメッキ加工設備までもが用意されている。時計製造を行う工房にあるような設備が整っているのだ。

バフモーター

バフモーター。さまざまなサイズのバフ(ホイール)がそろっており、素材や形状、研磨する箇所によって使い分けている。

バフモーター

研磨する箇所を回転するバフに当てていく。ただなんとなく当てるのではない。磨きすぎてしまうと傷は落ちるがエッジをはじめとしたフォルムが損なわれてしまう。プロポーションを保つため、バフに当てる方向や強さ、動かし方等を調整する必要があり、高いスキルが求められる業務だ。

バフに使う布地

バフに使う布地を見せてもらうという体験もすることができた。

磨く必要のない部分は、マスキングされる。

金属 円盤 研磨機

巨大なラッピングマシーン。傷の状態によって、回転速度を変えていくのもまた加減が難しい。

金属 円盤 研磨機

レクチャーを受けたが上手くできず……ポリッシャーへの道は遠い。

レーザー溶接機

レーザー溶接機があるというのに驚き。

 さらにはメッキ加工の設備まで用意されているというのだから、アフターサービスの現場として、国内外で有数の充実さと言える。

分解時と同様、慎重な手つきで行う「注油と組み立て」

 外装パーツが綺麗になったら、いよいよムーブメントのオーバーホールだ。一度分解したパーツを、潤滑油を注しながらひとつひとつ組み立てていく。

 非常に小さなパーツに、傷を付けないように組み立てていく作業は高い集中力と手先の器用さが求められる。実際、昨年4月に本カスタマーサービスセンターに併設して開校された、時計修理技能士育成機関「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」では、入校生の選考として適正テストが用意されている(参考:https://www.webchronos.net/features/137724/)。

 また、パーツ同士の摩耗を低減させる潤滑油を注す際も、適正な量を正しい位置のみに行う必要がある。時計技術者の手腕が求められるのだ。

Cal.ホイヤー02

今回の体験ワークショップ用にお借りしたのは、タグ・ホイヤーのクロノグラフムーブメントであるCal.ホイヤー02だ。

タグ・ホイヤー

ムーブメントを固定するホルダーもタグ・ホイヤー用。

ムーブメントの分解・組み立てのワークショップは、LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー内で体験できるという高待遇(!?)。講義用の大画面で、作業工程を学びながら行った。

ムーブメント

正直、全部同じようなパーツに見えてしまう筆者だが、それぞれ所定の位置に戻して組み立て直さなくてはならない。なお、経年などで劣化したパーツは新しいものに交換される。

ムーブメント

地板の、見えない部分にも丁寧な仕上げが施されているのは、さすがタグ・ホイヤーである。

タグ・ホイヤー

クロノグラフの組み立て。パーツ同士のクリアランスが狭く、組み立てに一苦労した(全部四苦八苦してましたが)。

顧客に届ける前に綿密な「検品」

 一通りオーバーホールや修理が完了したら、最終チェックだ。精度に問題がないかテスターで計測したり、防水チェックを行ったり、時計技術者が機能や外装の状態などを確認する。最後の最後まで抜かりなく、細部まで目を光らせることで、時計はまた息を吹き返すのだ。こういった姿勢が、顧客の安心感や信頼感につながっていくことも付け加えておく。


「一生モノ」の腕時計を所有するということ

 LVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社が擁するカスタマーサービスセンターの協力を得て、実際に現場の仕事を体験した。

 時計専門メディアの編集者として、オーバーホールをはじめ時計のメンテナンスの現場がどのようなものかはもちろん知っていた。しかし実際にワークショップで学ぶことで、その作業の精密さや求められる知識・技術レベルの高さを理解し、改めて修理の現場、そしてそこで仕事をするスタッフに対して尊敬の念を強くするに至った。

 同時に、腕時計を「一生モノ」として愛用するということは、こういったメンテナンス体制がいかに重要かということにも気付かされた。腕時計と末永く付き合っていくためには、メンテナンスが決して欠かせない。LVMHウォッチ・ジュエリージャパンが「良いメンテナンスがブランド価値を上げる」という信念を有し、実現していくことは、顧客にとって長く付き合うのに心強い、相棒のような存在となるだろう。



Contact info:LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン株式会社
人事担当・古戸
yumiko.furuto@jp.lvmhwj.com


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