ミッションは〝修復〟。近江時計学校が挑んだ、世界でわずか8台の天文観測装置「垂揺球儀」

FEATURE その他
2026.09.30

江戸時代、天文現象の時刻を正確に測定するために生み出された「垂揺球儀(すいようきゅうぎ)」。振り子の振動を日本独自の機構で積算表示するこの精密機械は、現在、世界で8台しか存在が確認されていない。そのうちの1台が、1966年に近江神宮へ寄贈された個体である。寄贈60周年を迎えた2026年、その本格的な修復と再作動に挑んだのが、近江時計学校の教師であり時計技術者である染矢泰輔氏と伊藤光俊氏だ。文化財ならではの難題と向き合いながら、この稀少な天文観測装置をよみがえらせた修理の過程を追った。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
近江時計学校によって修復された、近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀(すいようきゅうぎ)」。
高井智世:取材・文
Text by Tomoyo Takai
[2026年9月30日公開記事]


天文観測のために生まれた垂揺球儀

 滋賀県大津市の近江神宮には、天智天皇を祀る本殿や、近江時計学校(正式名称:近江時計眼鏡宝飾専門学校)に加え、時計博物館が設けられている。日本で初めて水時計(漏刻)をつくったとされる天智天皇にちなみ、和時計をはじめとする貴重な時計を収蔵・展示する施設である。

 その所蔵品の中でも、とりわけ特殊な存在が「垂揺球儀(すいようきゅうぎ)」だ。江戸時代後期に製作された天文観測用の精密機械で、現存が確認されているのは世界でわずか8台とされる。なお、「垂揺球」とは江戸時代の振り子の呼称で、垂揺球儀はその等時性を利用して振動数を自動的に積算・表示する装置である。

 1770年代、大坂で西洋天文学を研究していた麻田剛立(あさだ ごうりゅう)と、その門下の高橋至時(たかはし よしとき)、間重富(はざま しげとみ)らが、天文現象の時刻測定に用いるために考案したとされる。製作を担ったのは京都の金工、戸田東三郎だ。

 当時、月が恒星や惑星を隠す「星食」などの天文現象の時刻を測定する際には、正午(太陽南中時)から振り子を振り始め、現象が起こった瞬間の振動数を記録し、1日の総振動数と比較することで、天文現象が一日のどの時刻に起きたのかを数値として求めた。しかし、振動数を間違えないよう長時間にわたって数え続けることは、観測者にとって大きな負担であった。

 垂揺球儀は、この振動数を機械的に積算することで、その負担を軽減するために考案されたものである。振り子の1往復を1振りとして数え、近江神宮所蔵品では24時間に約6万振りを数える。前面には3つのダイアルとふたつの小窓があり、大型ダイアルが1~100、小型ダイアルが100~1000、1000~1万を示し、さらに小窓で1万~100万を漢数字で表示する。つまりこの装置の特徴は、単に振り子を時計の調速機として利用している点にあるのではなく、振り子の振動そのものを「数える」機構を備えている点にある。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
垂揺球儀の前面。3つのダイアルとふたつの小窓によって、振り子の振動数を10進法で積算表示する。

 江戸時代の機械技術を研究し、『完訳からくり図彙』を著した村上和夫氏によれば、現存が確認されている8台の垂揺球儀にはいくつかのタイプがあり、携帯して各地の天体観測に用いたと考えられるもの、据え置きを基本として尺時計(昼夜の長さに応じて時刻を表示する和時計の一種)を備えたもの、加賀藩の時刻制度で独自に用いられた「正時版符天機(しょうじばんふてんき)」のタイプなどがあるという。中でも共通する技術的な特徴が、振り子の振動を10進法で積算表示する独自の脱進機である。

 西洋の一般的な冠型脱進機は、奇数歯の冠型歯車1個に2枚のパレットを作用させる構造である。これに対して垂揺球儀では、10枚の歯を持つ偶数歯の冠型歯車を2個向かい合わせ、その間に振り子から伝わる爪を作用させることで、振り子の動きを10進法の歯車回転へと変換している。振り子の往復運動がこの機構を介して積算され、後段の歯車へと伝達される。

 この日本独自の機構こそが、垂揺球儀を単なる振り子時計とは異なる、天文観測用の精密機械として特徴づけている。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
10枚歯の冠型歯車を2個向かい合わせ、その間に振り子から伝わる爪を作用させる垂揺球儀独自の脱進機。

近江神宮に残る、現存8台のうちの1台

 近江神宮所蔵の垂揺球儀は、1966年4月、全米時計収集家協会(NAWCC)東京支部会員だったハドレー・ウィーラー氏によって京都の骨董店で発見された。東京支部会員による募金によって購入が実現し、同年、近江神宮へ寄贈された。

 この個体は、垂揺球儀本体の下部に尺時計を備えたタイプである。筐体と尺時計を含めた姿は、弘化元年(1844)刊の『寛政暦書』に描かれたものと共通し、同じ形式の筐体を保つ現存品は、この個体が唯一とされる。

 尺時計部分には、江戸時代の不定時法による時刻表示に関わる機構が備えられている。動力は錘で、錘の降下によって指針が動く。尺の間隔を季節に応じて調整することで、昼夜それぞれを六等分する不定時法に対応する仕組みであり、垂揺球儀本体も同様に錘を動力としている。

寄贈60周年に向けた本格修復

 この垂揺球儀は、貴重な文化遺産であることから、機構の作動を極力避けて収蔵されてきた。昭和50年代には2度の分解調査で短時間の作動確認が行われたものの、その後長期間にわたり安定した作動を確認する機会はなかった。

 そこで2025年、翌26年が寄贈60周年にあたることを契機に、再び作動させる計画が持ち上がった。寄贈60周年の漏刻祭で、実際に動く垂揺球儀を公開するためである。この企画を進めたのが村上和夫氏であった。

 しかし、長期間にわたって作動させていなかったため、現在の関係者の中には、この個体が正常かつ持続的に作動する状態を実際に確認した者がいなかった。試しに動力となる錘を巻き上げ、振り子を動かしてみても、機構は作動しなかった。

 そこで修理を担当することになったのが、近江神宮付属の近江時計学校の教師であり時計技術者である、染矢泰輔氏と伊藤光俊氏だ。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
歯車の状態をチェックする染矢泰輔氏。なお染矢氏は、弱冠20代でCMW(日本時計師会が認定する最高峰クラスの時計修理資格)を取得した時計技術者である。さらに30代で「現代の名工」に、そのときの受賞者の中で最年少として選ばれるなど、卓越した技術を持つ。

「壊さない」ことが最大の課題

 染矢氏によると、今回の修理で最も難しかったのは「壊さずに作業すること」だったという。

 古い木製筐体には虫食いや塗装の剥離があり、機械を覆うガラス部分も細い枠で構成されているため、移動時には接合部や塗装を損なわないよう細心の注意が必要だった。

 振り子の取り扱いも難題であった。運搬時には振り子を取り外す必要があるが、振り竿は直径約1.5mmの細い鋼製で、着脱時に曲げる必要がある。サビの進行や鋼材の調質(※編注)状態も不明で、無理な力を加えれば振り竿や取り付け部を破損する可能性があった。

※調質:金属に「焼き入れ」と「焼き戻し」を行い、硬さと粘り強さ(靱性)のバランスを最適に整える熱処理のこと。

 機械内部では、文字盤裏側の歯車の噛み合い高さを調整した。一方、摩耗した部分については、研磨などによる修復をあえて行わず、オリジナルの形状を残すことを優先した。

 また、後世に改造されたと考えられる錘や打方機構についても、元に戻すのではなく現状を保存する方針が採られた。尺時計の裏側にも打方機構のための改造が見られたが、国立科学博物館名誉研究員の佐々木勝浩氏からも、これらを含めて残すことが望ましいとの助言があったという。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
組み立て終わった本体の動きをチェックする伊藤光俊氏。明治時代以降に取り付けられたと考えられる打方機構(時刻に応じて鐘を鳴らす時報機構)も、今回の修理で分解・修理された。

 つまり今回の修理では、単に機械を「動く状態」に戻すのではなく、文化財としての現状を尊重しながら、安全に再び作動させることが求められたのである。こうして時計博物館の工房で慎重な点検と調整が進められ、長期間停止していた垂揺球儀は、再び安定して作動する状態となった。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

画像提供:村上和夫
筐体から本体を取り外し、歯車など各部品の状態確認、分解・洗浄、調整、再組み立てを実施。水平を調整して振り子の動きを確認し、24時間の連続運転による状態確認も行った。こうした一連の作業を、染矢泰輔氏と伊藤光俊氏が約1年をかけて慎重に進めた。


時計技術を次代へつなぐ

 現代では、和時計はもちろん、振り子時計や機械式置き時計を修理する機会そのものが減少している。その中で、江戸時代の天文観測機器であり、世界で8台しか現存が確認されていない垂揺球儀を、時計技術者が手に取り、再び作動させた意義は大きい。

 そして今回、忘れてはならないのが、近江時計学校の教師が修復を担い、学生たちがその過程を身近に見ることのできる環境で修復が実施されたことである。歴史的な機械を前に、技術者がどのような判断を下しながら修理を進めたのか。その姿を次代の時計技術者を目指す学生たちが目の当たりにできたことは、貴重な技術の継承につながるに違いない。

 垂揺球儀は今後も、近江神宮の時計博物館で展示される。近江神宮を訪れる機会があれば、ぜひ実物を見て、日本独自の天文観測装置の歴史と、修復によって次代へと受け継がれた価値に触れてほしい。

近江神宮所蔵の江戸時代の天文観測機器「垂揺球儀」

2026年6月2日の記者会見で、再び作動できるようになった垂揺球儀を報道陣に披露する染矢泰輔氏。

 なお、今回はこの取材にあたり、染矢泰輔氏、伊藤光俊氏、村上和夫氏に大変お力添えをいただいた。(村上氏にはwebChronosのメンバーズサロン(https://www.webchronos.net/member/)でも、「teacup」のハンドルネームで、田中久重の万年時計などについて貴重な寄稿をいただいている)。お三方ならびに関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。



Contact info:近江時計眼鏡宝飾専門学校 Tel.077-522-2200


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