本記事では、セラミックス製の名作モデルを名だたるブランドから5本厳選して紹介する。かつてはその加工の難しさから導入のハードルが高いとされてきた本素材だが、近年は目まぐるしい加工技術の発達により、その優れた材料特性の恩恵を受けた腕時計が数を増やしている。ここでは、ケース、ブレスレットといった外装の大部分にセラミックスを使用したモデルに絞って解説する。

Text by Kento Nii
[2026年9月29日公開記事]
加工技術の進化によって広がる、セラミックスの可能性
軽量で傷付きにくい素材として知られるセラミックスは、日常的に着用する腕時計にとって好適な素材と言えるだろう。とりわけ、時計製造において主流である酸化ジルコニウム系セラミックスは、靱性が低く強い衝撃による割れや欠けのリスクはあるものの、ステンレススティールの数倍のビッカース硬さを誇り、アレルギーフリーという特性をも持つ。また、樹脂のように色合いの自由度が高く、特有の艶やかな質感を持たせることができる点も魅力だ。
同素材は、近年のウォッチメイキングにおいて、多様な手法で取り入れられている。最もポピュラーなのは、ダイアルやベゼルインサートなどの一部パーツへの適用だ。これは、特有の質感による表情付けだけでなく、傷が付きやすい箇所の保護や、経年変化に対するアプローチにもなる。また、蓄光塗料と混合したハイブリッドセラミックスをインデックスに用いて、優れた判読性を追求するブランドも存在する。
一方で、その類まれな硬さゆえに、セラミックスの加工には高度な技術や専用設備が要求される。ステンレススティールや貴金属のようにブロック材から削り出すのではなく、粉末を焼き固めて成形するため、焼結時の収縮コントロールが難しく、ゴールド素材のように溶解しての再利用も利かない。ゆえに、優れた美観と精密な加工精度が求められる高級腕時計への全面的な展開は、長らくハードルが高いとされてきた。
しかし、近年は加工技術の飛躍的な発達により、主要部品の多くにセラミックスを用いたモデルが増加傾向にある。2026年9月に開催されたジュネーブ・ウォッチ・デイズにおいても、コルムの「アドミラル 39」や、今年日本へ本格上陸を果たしたビアンシェの「ウルトラフィーノ・トノー」の外装にあしらわれるなど、その存在感が目立っていた。
本記事では、その好例となる、高度な加工技術の賜物とも呼ぶべきセラミックス製ウォッチを5本ピックアップして紹介する。いずれもこの素材のポテンシャルに着目し、技術を磨き上げてきた名門の意欲作である。実機を手に取る機会があれば、ぜひその精緻な造形や、ゆがみのない丹念な仕上げに注目してみてほしい。
なお、本記事では、ごく少量生産の限定モデルやコンセプトウォッチといった、過度に稀少なモデルは選出から省いている。
シャネル「J12 キャリバー 12.1」Ref.H11684
まず取り上げるのは、シャネルを代表するタイムピースであり、性別にとらわれない人気を博す「J12」だ。2000年に発表された本コレクションは、ケースからブレスレットまでをセラミックスで作り上げられていた。以降、同素材が時計業界へ広く浸透していく流れとなったことから、時計史におけるエポックメイキングな存在として位置付けられている。
ラグジュアリーブランドとして確固たる地位を築く、シャネルならではの独創的なデザインコードもJ12の魅力だ。レーシングヨットから着想を得た流麗なフォルムは、力強いベゼルを備えるスポーティーな表情の中に、幾何学的なエッセンスを宿している。ちなみに、用いられる高耐性セラミックスは極めて耐傷性に優れており、そのビッカース硬さはステンレススティールの約7倍にものぼる。

自動巻き(Cal.12.1)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性セラミック×SSケース(直径38mm)。200m防水。142万4500円(税込み)。(問)シャネル カスタマー ケア センター Tel.0120-525-519
そんなJ12の中でRef.H11684は、ブラックとホワイトに続く定番カラーとして2026年に発表された、ブルーのセラミックスをまとった直径38mmのモデルだ。本作では、さらにケース、ブレスレットの全面にマットな仕上げを施すことで、艶やかな仕立てが特徴的な従来のJ12とは一線を画す、落ち着きのある佇まいとなっている。また、同色のダイアルについてもマットな質感で統一され、立体的なアラビア数字インデックスと、肉抜きされた時分針、内周のレイルウェイミニッツトラックから成るレイアウトによって、判読性が高められている。
搭載するのは、ケニッシ製のエクスクルーシブムーブメントCal.12.1だ。スイス公認クロノメーター認定(COSC)の高精度を有し、約70時間という実用的なパワーリザーブを備えている。さらに、トランスパレントバックからは、メカニズムの精巧な動きとともに、円形のオープンワークを大胆に施したタングステン製ローターを見ることができる。
オメガ「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン」Ref.310.92.44.50.06.002
オメガは、独自の合金やゴールド素材を自社開発し、ウォッチメイキングの幅を広げてきたブランドである。2000年代に入ってからはセラミックスの活用にも積極的で、同素材へのなめらかな18Kゴールド装飾を可能とする「オメガ セラゴールド™」を開発するなど、現在までに高度なノウハウを積み上げてきた。
そんな同社の素材技術が最も反映されているプロダクトが、「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン」だ。本シリーズは、“月の裏側”を意味するシリーズ名を象徴するかのように、ケース全体へのセラミックス採用を皮切りに、バイコンパックスのレイアウトや自動巻きムーブメントを搭載するなど、伝統的な「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」と対照的なプロダクトデザインを特徴としてきた。

手巻き(Cal.3869)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。セラミックケース(直径44.25mm、厚さ12.97mm)。50m防水。245万3000円(税込み)。(問)オメガ Tel.0570-000087
ピックアップしたRef.310.92.44.50.06.002は、「グレー サイド オブ ザ ムーン」の異名を持つモデルだ。アポロ8号の指令船パイロットであるジム・ラヴェルが残した「月は本質的にグレーだ」という言葉からデザインの着想を得ており、同色のセラミックスを用いることで月面の世界観がダイレクトに表現されている。
また本作は、2026年のシリーズアップデートに伴い、3つのインダイアルを備えた仕様のクロノグラフデザインへと刷新されており、さらに表面にクレーターを彷彿させるディテールがあしらわれたほか、6時から9時位置にかけてオープンワークが施されるなど、個性豊かな同シリーズのなかでもひと際存在感を放つ表情に仕上げられている。
さらに、セラミックス製ケースに施された、極めて上質な表面仕上げも本作の特筆すべき点に挙げられるだろう。プラズマ処理を用いた特殊な工程によって、ポリッシュとヘアラインの巧みな仕上げ分けを実現しており、SS製や18Kゴールド製ケースで見られるような、質感のメリハリが生み出されているのである。

内部には、手巻き式ムーブメントのCal.3869が収められる。ダイアルと同様に月面のパターンが施された専用仕様のムーブメントであり、トランスパレントバックからのぞく神秘的な装飾は、外周に刻印された先述のジム・ラヴェルの言葉とともに、月面着陸へのオマージュをより印象深いものにしている。加えて、マスター クロノメーター認定も取得しており、高精度と破格の耐磁性を備えている点も特徴に数えられる。
ラドー「アナトム オートマティック」Ref.R10203102
セラミックス製ウォッチを語るうえで、「マスター・オブ・マテリアル」を標榜するラドーは欠かせない存在である。時計業界においていち早く堅牢なハイテクセラミックスを導入したパイオニアとして知られ、1986年発表の「インテグラル」に同素材を採用して以来、その加工技術を磨き続けてきた。

自動巻き(Cal.R766)。21石。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。77万2200円(税込み)。(問)ラドー/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7330
ラドーから選出したのは、「アナトム オートマティック」だ。1983年誕生の同名ウォッチの後継作であり、人間工学に準じた手首に寄り添うケースや、円筒状のサファイアクリスタルを組み込んだシームレスなフォルムを受け継いでいる。特筆すべきは、外装へプラズマハイテクセラミックスを取り入れている点だ。分子構造単位で変化させる高度なプラズマ処理を施すことで、耐傷性をはじめとする優れた材料特性とともに、時計全体へしっとりとした光沢がもたらされている。
中でも、Ref.R10203102は、全体をシックなグレートーンでまとめたバリエーションだ。ラッカーダイアルには不規則な水平ラインが施されており、ローズゴールドカラーの針とアプライドインデックス、12時位置に配された“ムービングアンカーシンボル”が表情にアクセントを加えている。さらに、ブレスレットの中央リンクにもローズゴールドカラーのPVDコーティングを施したステンレススティールが組み合わされており、一体感のある外観にまとめられた。
縦46.3mm、横32.5mmという現代的なプロポーションへとアップデートされたケースは、プラズマ処理によるなめらかな質感もあり、オリジナルと同様に手元へと自然になじませることができる。
また、ムーブメントには自動巻き式のCal.R766を採用する。ニヴァクロン製ヒゲゼンマイにより耐磁性を備えており、また、約72時間のロングパワーリザーブを有するほか、5姿勢調整によって実用における精度も追求されている。
チューダー「ブラックベイ セラミック」Ref.7941A1ACNU-0001
ロレックスの兄弟ブランドとして知られる一方で、独自のウォッチメイキングを展開することで、まったく異なる“個”を確立しているチューダー。2021年に発表された「ブラックベイ セラミック」は、そのラインナップの中でも異彩を放つ存在であり、スノーフレーク針やリュウズガードを持たないスタイルなど、チューダーのアーカイブのダイバーズウォッチからディテールを受け継ぎつつ、外装をセラミックス製としたものだった。
そんなセラミックスを使ったブラックベイの新バリエーションとして2026年にラインナップへ追加されたのが、ここで取り上げるRef.7941A1ACNU-0001だ。ラバーライニングのレザーストラップを採用していた従来モデルから一転、チューダー初となるセラミックス製ブレスレットを備え、さらに時計全体がオールブラックの佇まいに刷新されたことで、いっそう堅牢かつ力強い印象となった。

自動巻き(Cal.MT5602-U)。25石。パワーリザーブ約70時間。セラミックケース(直径41mm、厚さ13.6mm)。200m防水。107万300円(税込み)。(問)日本ロレックス / チューダー Tel.0120-929-570
ケースやブレスレットはサンドブラストによるマットな仕上げをベースとしつつ、ベゼルはサテン、ラグの面取り部分にはポリッシュが与えられている。高度な技術を要するこの仕上げ分けによって、単調になりがちなモノトーンのルックスに立体感がもたらされているのである。
放射状のパターンが与えられたダイアルについても、縁取りと蓄光塗料を加えた針・アプライドインデックスを載せることで、質感のギャップを生み出し視認性を確保している。同社のラインナップにおいて数少ないセラミックス製、そして黒一色の本作だが、トーン・オン・トーンの技巧が凝らされた1本と言える。さらに割れやすい素材特性を考慮し、ブレスレット内部のナットをコマの形状に沿って湾曲させる独自構造を導入するなど、初のセラミックブレスレット仕様ながら細部に至る配慮も抜かりない。
内部には、約70時間のパワーリザーブを有するCal.MT5602-Uを引き続き搭載している。マスター クロノメーター認定をクリアしており、COSCの基準を満たす精度と1万5000ガウスの超高耐磁性能が保証されている。
IWC「インヂュニア・オートマティック 42」Ref.IW338902
2026年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブにおいて、複数のセラミックス製モデルを発表したIWC。1986年の「ダ・ヴィンチ」で同素材によるケースを初導入した同社は、カラーセラミックスの拡充や、表面をセラミックス化した独自のチタン合金「セラタニウム」を開発するなど、セラミックス技術の実用化を推進してきた実績がある。
その1980年代から磨き上げられてきたテクノロジーを、ジェラルド・ジェンタのデザインを踏襲するアイコンウォッチ「インヂュニア」に凝縮したタイムピースが、最後に紹介する「インヂュニア・オートマティック 42」Ref.IW338902である。

自動巻き(Cal.82110)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。セラミックケース(直径42mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。388万3000円(税込み)。(問)IWC Tel.0120-05-1868
インヂュニアコレクションにおいて初となるカラーセラミックスを使用した本作は、ケースからブレスレットに至るまでをダークオリーブグリーンで統一した1本である。象徴的なグリッドパターンをあしらったダイアルにも同色を配しつつ、針やアプライドインデックス、さらにベゼルのスクリューやリュウズなどをゴールドカラーに彩ることで、アクセントの効いた前衛的な外観に仕上げられている。
酸化ジルコニウムに金属酸化物を厳密な比率で配合したセラミックス製ケースは、直径42mm、厚さ11.5mmとスリムな仕立てだ。注目は、このプロポーションを実現するにあたり、ステンレススティールモデルとは異なる独自設計を採用している点である。
前述の通り、セラミックスは焼結過程で体積が30%ほど収縮するため、精密な外装部品の製造には技術的なハードルが伴う。そこでIWCは、従来のムーブメントコンテナを廃したマルチパーツ構造を新たに開発。薄いチタン製リングを用いてムーブメントとビスを保持し、サファイアクリスタルとガスケットをケースや裏蓋リングへ直接圧入する構造を採ることで、加工の難しいセラミックスで人間工学に基づくフォルムを再現しながら、従来作通りの10気圧防水をも確保しているのである。
搭載するムーブメントは、自社製のCal.82110だ。摩耗負荷の高いパーツにセラミックス製部品を用いたペラトン自動巻き機構を備えており、約60時間のパワーリザーブを有している。外装から内部機構に至るまで、IWCのセラミックス技術とエンジニアリングが反映されたタイムピースと呼べるだろう。



