シェルマン代表、磯貝吉秀氏に原点となった時計と「上がり時計」を聞く

FEATURE時計の賢人その原点と上がり時計
2019.08.23
安堂ミキオ:イラスト
2019年8月23日掲載記事

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。
今回話を聞いたのは、アンティークウォッチの名店として名高いシェルマンの代表、磯貝吉秀氏だ。磯貝氏に時計の魅力を伝えた原点時計のシチズンから、今なお憧れとして映るパテック フィリップまで、磯貝氏の時計変遷を聞いてみたい。


株式会社シェルマン 代表取締役 磯貝吉秀氏

磯貝吉秀

 愛知県生まれ。アンティークウォッチの可能性にいち早く注目し、1971年に東京・銀座でシェルマンを開店する。当時としては画期的だったアンティークウォッチへの保証を導入し、アンティークウォッチをコレクターズアイテムから実用品へと昇華させた。現在シェルマンはフラッグショップとなる銀座店をはじめ、青山にレディス専門店を持つほか、新宿伊勢丹店と三越銀座店、日本橋店、そして銀座と六本木のバーニーズニューヨーク店にもフロアを構える。またアンティークの取り扱いのみならず、オリジナルウォッチブランドの展開や、数々の独立時計師の正規販売を行うなど、多角的に腕時計業界を牽引してきた。


原点時計はシチズン「スーパーデラックス」

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A.私の幼少期は戦後間もなくの時代で、当時は今よりもずっと時計は贅沢品という位置付けでした。高校入学祝いなどで腕時計を買ってもらう文化も広まりつつあり、腕時計とは多くの子どもにとって憧れの対象でした。そのような中、私は幸運にも小学生という早い段階で、年上の兄からシチズンの腕時計を譲り受けることができました。とても嬉しくて、登校時以外は常にその時計を着けていました。腕時計を身に着ける楽しさを知り、その時から着用が習慣化したので、まさにこれが私の時計人生の原点となります。家族で愛知から東京へ引っ越した際に残念ながら失くしてしまったのですが、今もディテールまで鮮明に覚えています。

磯貝氏の原点時計は、シチズン「スーパーデラックス」。1958年の発売当時「日本一薄型」をうたい大ヒットしたシチズン「デラックス」の派生モデルである。


「上がり」時計はパテック フィリップ「永久カレンダー搭載クロノグラフ Ref.2499」

Q. いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. この質問は難しいですね。これまで良い時計を探し求めてきた中で、さまざまな素晴らしい時計に出会ってきました。例えばパテック フィリップミュージアムにある1932年に制作された「ヘンリー・グレーブス・スーパーコンプリケーション」の懐中時計には大いに感動しました。ですがそのようなレベルの時計を所有したいと思ったことはありません。
 目線を変えてお答えすると、昔、「無人島へ行く際に一本だけ腕時計を持っていくとしたら?」という質問をよく受けました。当時から今も変わらず、私の答えはパテック フィリップの“トロピカル”(エナメルダイアルモデル)ですね。また、もう一度めぐり逢いたいと思うのは同じくパテック フィリップのRef.2499、“ムーンクロノ”(永久カレンダー搭載クロノグラフ)です。30年ほど前にシェルマンでもタキメーター付きの18Kピンクゴールドモデルを取り扱ったことがありました。時代が経って、現在ではオークション落札価格が数億円にまで上っています。あの頃のように手に入れることは、もうできないのでしょうね。

磯貝氏の上がり時計は、パテック フィリップの「永久カレンダー搭載クロノグラフ Ref.2499」。1950年から85年にかけて、349本のみが製造された希少なモデル。


あとがき

 時計業界内でも生き字引的存在と呼ばれる磯貝氏から話を聞けば、誰しもアンティークウォッチに対する理解の解像度を上げられ、その魅力に引き込まれていくだろう。
 磯貝氏は日本のアンティークウォッチブームの黎明期を知る人で、かつその高まりを一気に加速させた本人である。取材中は、アンティークウォッチ収集を始めた自身の昔を懐かしみながら見せた大きな笑顔が印象的だった。「当時のオークションの中心地はニューヨークでした。インターネットの無い時代で私もよく通っていましたが、行くたびに顔なじみたちがいて、彼らとは親しい付き合いをしたものです」。磯貝氏は本当に時計が好きで、仕事を楽しんでこられたのだろう。そして気付いた頃には新しい世界が築かれていたのだろう、磯貝氏の言葉を聞きながらそう感じた。

高井智世


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