年次カレンダー概論。メリットとデメリットで考える 歯車式 VS レバー式

FEATURE本誌記事
2019.11.21

歯車式 VS レバー式 どちらが優れるか?

大野高広(オフィスペロポー)、広田雅将(本誌):文
Text by Takahiro Ohno (Off ice Peropaw), Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

歯車式のメリットとデメリット

メリット
● 調整が楽
● 衝撃に強い
● コンパクトに作れる
デメリット
● コストが掛かる
● 日付の瞬時送りができない
年次カレンダー Ref.5205G

パテック フィリップ 「年次カレンダー Ref.5205G」
2010年初出のモデルから2018年に派生した、ブルー・ブラックのツートーングラデーションダイアル仕様。オープンワークラグを備え、夜光つき3ファセット仕上げの指針を新採用した。自動巻き(Cal.324 S QA LU 24H/206)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWG(直径40mm、厚さ11.36mm)。3気圧防水。523万円。
歯車型の日送り機構

歯車型の日送り機構。大の月の30日には、24時間車①が1回転すると、日車回し爪②が日車③に噛み合って、日付表示が31日に切り替わる。一方、小の月の場合は、押し出されたイルカ型のアーム(月表示ロッキングアーム④)が、隣のくちばし(月表示ロッキングアーム回し爪⑤)に引っかかって、この日2回目の日送りを行い、表示が1日になる。つまり大の月は日車が1回だけ動き、小の月は2回動く。部品数が多くなるため駆動効率は落ちるが、歯車の加工や磨きによって、抵抗を極力減らすよう対処されている。また、レバーと違って歯車は上下に積層できるため、コンパクトな設計が可能だ。

レバー式のメリットとデメリット

メリット
● コストが抑えられる
● 日付の瞬時送りが可能
● 強いトルクを有する
デメリット
● 調整が難しい
● 衝撃に弱い
1815 アニュアルカレンダー

A.ランゲ&ゾーネ 「1815 アニュアルカレンダー」
同社2作目となる年次カレンダーは、指針表示を採用した新開発の手巻きキャリバーを搭載。懐中時計をモチーフとする1815の意匠に合わせ、ブルースティール針やレイルウェイトラックでクラシックにまとめた。手巻き(Cal.L051.3)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径40mm)。3気圧防水。454万円。
Cal.L051.3

A.ランゲ&ゾーネ初の年次カレンダーから7年を経て2017年に発表された新開発の年次カレンダー付き手巻きムーブメント。各カレンダー表示を手動で調整するには歯車同士の噛み合わせがないレバー型が有利だが、10年の「サクソニア・アニュアルカレンダー」では残念ながら全カレンダーの一斉早送り機能は省かれていた。同社の永久カレンダーモデルには装備されていたこの機能を改めて搭載した本機は、やっとレバー型のメリットを最大限に生かすことができたと言える。月、曜日、日、ムーンフェイズ表示を個別に修正するための埋め込み調整プッシャーのほか、一斉送りボタンを付加したのは同社初の成果となった。

 年次カレンダーの歴史は、1996年にパテック フィリップから始まった。それまでのレバー駆動に依存した永久カレンダー機構とは異なり、歯車の噛み合いによる新しいアイデアに基づいた設計が特徴だった。その後、ルードヴィヒ・エクスリン博士のMIHウォッチやオックス&ジュニアをはじめ、2012年に発売されたロレックス「スカイドゥエラー」、18年発表のロンジン「ロンジン マスターコレクション」は、いずれもブランド初の年次カレンダーとして歯車型を採用した。今後は複雑な歯車輪列から、シンプルなエクスリン型を中心に、さらなる進化を続けるはずだ。

 一方のレバー型は17世紀から連綿と続く永久カレンダーが設計のベースで、かつてのレバー型年次カレンダーは開発コストを抑える手法のひとつでもあった。すでに歯車型が誕生していたにもかかわらず、2000年代に入るとF.P. ジュルヌ、10年にA.ランゲ&ゾーネ、15年にIWC、さらにはモンブランやパルミジャーニ・フルリエもレバー型の新開発を進めた。大きな表示を動かすには、やはりレバー型が有利なのだ。

 例えば2010年に発表されたA.ランゲ&ゾーネ初の年次カレンダー、「サクソニア・アニュアルカレンダー」は、永久カレンダーから閏年を表示する機構と、メインプッシャーを押すだけで全カレンダーを早送りできる機構を省いたモデルである。対して同社の年次カレンダー第2弾となる17年初出の「1815 アニュアルカレンダー」は、ムーブメントが自動巻きから手巻きに変更されただけでなく、年次カレンダー機構も別ものとして新開発された、いわば年次カレンダー専用設計のレバー型なのだ。2時位置のボタンを押せば、すべてのカレンダーを一度に進める機能も搭載され、同社らしい重厚にして壮麗なモデルに仕上がった。こうしてコストを掛けて新開発したのは、同社がレバー型の利点を認めているからであろう。

 あらためて歯車型とレバー型のメリットをまとめてみよう。歯車型は組み立て時の調整が簡単で、耐衝撃性に優れ、コンパクト化できることが大きなメリットとなる。パテックフィリップのRef. 5205を例にとると、部品数はレバー型の永久カレンダーより81個も多いが、歯車は上下に積層させることが可能なため、日送り機構を限られたスペースに設置できる。すなわちレイアウトの自由度が増し、月・日付・曜日を大型窓でダイアル外周に移設することができた。 対してレバー型のメリットといえば、テコの原理を利用して大きなメカニズムを動かせること。日付の瞬時送りも可能だし、現代ではワイヤー放電加工機の出現により、クォリティの高いレバーやカムを低コストで作れる。

 これらのメリットを表側とすれば、それぞれの裏が相手側のデメリットになる。輪列の抵抗が少ない精度に優れた歯車を製造するのは難しいし、テコの原理を使えないため日付の瞬時送りができない。一方、レバー型をきちんと機能させるには、メインレバーが適切に日車などに噛み合うよう厳密な調整が必須だ。また、レバーが大きく重いと、外部からの衝撃の影響を受けやすくなるのも事実。

 こうしたメリットを生かし、デメリットを克服しながら、各社は新たな技術と表現に挑み続けている。私見ではあるが、コンプリケーションの魅力を受け継ぐレバー型は高級機を中心に進化を続ける一方、構造が簡易なエクスリン式の歯車型が年次カレンダーの普及を進めるのではないか。時計のタイプによってはカレンダーの必要性自体が議論されるなか、歯車型がわずか数個の部品追加で実現するなら、すべてのカレンダー表示が年次カレンダーであってほしいと望むのはぜいたくすぎるだろうか。

Contact info: パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター ☎03-3255-8109

Contact info: A.ランゲ&ゾーネ ☎03-4461-8080