2003年バーゼルワールドの「事件」から考える「TIME TO MOVE 2020」中止の背景

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2020.02.08

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2020年3月4日から6日までの3日間、世界最大の時計コングロマリット「スウォッチ グループ」がスイス・チューリヒで開催する予定だった、同グループ傘下のラグジュアリーな6ブランド、「ハリー・ウィンストン」「ブレゲ」「ブランパン」「ジャケ・ドロー」「グラスヒュッテ・オリジナル」「オメガ」の新作展示会「TIME TO MOVE(タイム・トゥ・ムーブ)2020(TTM2020)」が中止になるとの連絡が、開催1カ月前の2月4日に飛び込んできた。理由は「新型コロナウイルスの感染拡大に伴い中止が決定致しました」という。ただ現時点でスウォッチ グループから正式なプレスリリースは出ていない。今回はその背景について書きたい。

スウォッチ

2019年にスウォッチ グループが開催した「TIME TO MOVE 2019」の取材ツアーパンフレットと参加者に配られたスウォッチのスペシャルバージョン。
渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya


「TIME TO MOVE 2020」中止

 まず、何はともあれこの中止は「残念」としか言えない深刻な事態だ。スウォッチ グループの出展6ブランドの新作は、技術もデザインも進化・充実しており、時計好きなら絶対に見逃せないものになっている。急遽中止でそれらが見られないのは残念だし、同社にとってもダメージは大きいはずだ。

 そもそも、今年のTTM2020開催に至るまでの段取り自体、慌ただしいものであった。開催告知と出欠の意思を尋ねるメールが筆者に届いたのは昨年11月27日(水)。翌週の月曜日、12月2日が出欠返信の締め切りという具合だ。しかも、昨年のプレスツアー形式とは違い展示会形式なのに、出展ブランドは同じ6ブランドのみ。加えて、昨年は招待であったために先方持ちだった渡航宿泊費用は、今年は自己負担である。

 それでも筆者が行くことを決めたのは、昨年のTTMでの6ブランドの新作が素晴らしかったから。また、昨年開館したオメガ本社の新ミュージアムをぜひ拝見したいという気持ちがあったからだ。いよいよあと1カ月かと準備を進めていたところだった。個人的にもただただ残念だ。

 さて、本コラムの本題である「TTM2020」中止の背景に戻ろう。筆者はスウォッチ グループ首脳陣の判断に加えて、スイス連邦保健局からの何らかの指導があったのではないかと考えている。これは今から17年前、2003年の「バーゼルワールド2003」での「事件」からの推論だ。

2003年に開催された「バーゼルワールド2003」。写真右のHall 3には、その前年まで香港や中国のブランドが出展していたが、この年にはチューリヒの別会場がセッティングされ、バーゼルワールド会場にその姿はなかった。

バーゼルワールド2003時のSARSへの対応

 2003年4月のバーゼルワールド2003は、2002年11月に中国・広東省で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の世界的なパンデミック(感染爆発)が懸念される真っ只中、WHO(世界保健機関)がグローバル・アラートを発令する中で開催された。

 この年のバーゼルワールドは、バーゼルのメッセ会場に加えて、急増していた香港・アジアからの出展社を集めたチューリヒ会場の2カ所で開催された。おそらくSARS対策で会場をあらかじめ分けたと思われる。ところが、当時の報道によれば開催日の何と2日前、スイス連邦保健局は主催者に、香港、中国、シンガポール、ベトナムの時計関連企業による展示中止を命令。関係者約400人も足止めされた、とある。今回の「TTM2020」中止決定は、こうした歴史を踏まえて決断されたものだろう。

 現時点で今回の新型コロナウイルスによる肺炎の致死率は約2〜3%と言われている。それよりも格段に高い約9.6%とされるSARSによる致死率を考えれば、当時のこうした対応や決定は、仕方がなかったのかもしれない。

 だが会場の分離や突然の中止措置には反発が起き、フェア終了後には主催者と展示を中止された出展社との間で「2004年は会場を分離せずバーゼルに確保することを保証する旨」の取り決めも行われた。さらにこの措置による損害に対して、フェアの主催者がスイス連邦保健局に損害賠償請求訴訟を起こしたが、最終的に請求は却下されている。

新型コロナウイルスの影響

 こうした過去のいきさつを振り返ると、今回の中止決定の背景にも、スイス連邦保健局からの指導があったとしても不思議ではない。そして、まだこの新型コロナウイルスのリスクが十分に解明されていない状況では、「TTM 2020」の突然の中止は、残念だが致し方のないことだと思う。

 なお、新型コロナウイルスによる感染・発症の潜伏期間はWHOによれば最長で約12.5日と発表されている。また致死率もインフルエンザ並みとのデータも続々と出てきた。これらが事実だとすれば、3月末にはこの感染拡大は収束し、社会も通常の状態に戻るかもしれない。少なくとも、今のような感染予防対策は不要になる可能性もある。

 だが3月末の時点でも事態収束の見通しが立たなければ、4月下旬から日程を続けて開催されるスイスの2大時計フェア、SIHHから改名して開催される
「WATCHES & WONDERS GENEVA」や「BASELWORLD 2020」の開催中止も考えられる。日経新聞はすでにそうした検討が行われていると報じている。

 また、考えたくないことだが、予定通り開催されたとしても、日本からの出展社や来場者が、公衆衛生上の理由で参加や入場を拒否される可能性もある。スイスをはじめヨーロッパから見れば、日本は中国に隣接する国であり、同じアジアの「感染国」なのだから。

 今はとにかく、この問題の早期の収束を願うばかりだ。