「ジャズの帝王」マイルス・デイビス、その変化を見届けた1本のナビタイマー/セレブウォッチ・ハンティング

LIFEセレブウォッチ・ハンティング
2020.05.01

一流のセレブたちは一体どんな腕時計を選ぶのか? 世界のセレブたちのワンシーンを切り取り紹介する連載コラム「セレブウォッチ・ハンティング」。今回は、ジャズ史上最も重要な人物のひとりとして名を残したトランペッター、マイルス・デイビスの腕時計を紹介しよう!

マイルス・デイビス

マイルス・デイビス

 1991年に亡き後も、「ジャズの帝王」として語り継がれる故マイルス・デイビス。1926年に米イリノイ州で生まれ、18歳の若さでアルトサックス奏者のチャーリー・パーカーの楽団に加入して以降、ジャズ界の第一線に君臨し続けた孤高のトランペット奏者だ。

 彼の音楽を語るとき、彼がもたらしたモダン・ジャズの変化について避けて通ることはできないだろう。その変化は特に50年代から60年代にかけて大きく見られる。当時のデイビスの姿を追うと、音楽性に合わせてステージでの装いにも変化あったことが分かる。今回は、この時代を映すように彼の手元を飾った1本の腕時計を紹介したい。

 その腕時計とは、世界初の航空計算尺付きクロノグラフとして1952年に誕生したブライトリングの「ナビタイマー」だ。今年2020年に満を持して初のレディスモデルを発表したりと、留まることを知らぬブライトリングきってのロングセラーモデルである。


ブライトリング 「ナビタイマー」

ナビタイマー B01 クロノグラフ 43

「ナビタイマー B01 クロノグラフ 43 ジャパンエディション」。ウイングロゴが復活した、2020年新作の日本限定モデル。自動巻き(Cal.01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径43mm、厚さ14.22mm)。3気圧防水。SSブレスレット。104万円(税別)。

 まず1枚目に挙げた写真は、ダブルのストライプスーツにナビタイマーを合わせてステージに上がる1959年のマイルス・デイビスである。主にアコースティックジャズのバンドメンバーとして活躍し、約15年のキャリアを積んだ頃の姿だ。

ナビタイマー

 着実に名声を築き始めた彼は当時、高名なジャズピアニストのビル・エヴァンスや、サックスプレーヤーのジョン・コルトレーンらを迎えて代表作のひとつ『カインド・オブ・ブルー』を発表している。このアルバムはモード・ジャズの世界を切り開いたと評価され、モダン・ジャズの新しい方法論を模索し始めた彼の革新性を大きく示すものであった。

マイルス・デイビス

Photograph by DALLE APRF/amanaimages

 続いて紹介する2枚目の写真は、1969年のデイビスの姿である。その腕時計は10年前に着けていたものと同一のナビタイマーだろう。しかし、ストラップは幅広のリストバンドに付け変えられている。

ナビタイマー

 1969年のデイビスといえば、大作『ビッチェズ・ブリュー』を発表した頃であった。この時期、マイルスはジェームス・ブラウンやジミ・ヘンドリックスなどの曲を好んで聴いており、その影響を受けてなのか、このアルバムにはファンクやロックの要素が大胆に取り入れられた。アンプを通した楽器を導入して奏でられたエレクトリックなサウンドはそれまでのモダン・ジャズと一線を画すものであり、「これはジャズではない」と批判が挙がるなど物議を醸すものとなった。しかしこれが、70年代以降のジャズに大きな影響を与えるものとなったことは間違いない。

 音楽に合わせて前衛的なファッションを身にまとったこの頃の彼は、自分を「魅せる」ことを一層重視し、トランペットを吹く手元をいつも大ぶりのブレスレットなどで飾っていた。後者のナビタイマーも、デイビス好みに変身したものなのである。なおブライトリングの広報に確認したところ、ストラップをリストバンドへ付け替えるサービスを当時のブライトリングが実施していた記録はないようだ。つまりこのリストバンドは、特注によりデイビスのイメージ通りに作られたものであろうと考えられる。

 蛇足だが、写真を見るたび筆者は常にデイビスのトッププレイヤーとしての矜持に敬服の念を抱かざるを得ない。どれを見ても、洋服の袖の長さとアクセサリーの位置が絶妙に決まっているのだ。そこには自己演出に努める繊細さを持ち合わせた人物像が垣間見える。感受性の強い彼はいつも神経を研ぎ澄ませてトランペットを奏でていたことだろう、それゆえ生まれる緊張感に多くの人が心動かされてきたのだろう、筆者はそう感じている。


高井智世