オーデマ ピゲが誇る複雑機構トゥールビヨンを知る。歴史と主なモデル

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2020.12.08

オーデマ ピゲは複雑機構の名手であり、その高度な時計製造技術はトゥールビヨンの進化にも発揮されている。世界初の自動巻きトゥールビヨン腕時計を作り、フライングトゥールビヨンの搭載にも着手した、オーデマ ピゲの歴史と逸品を紹介しよう。

オーデマ ピゲ

1986年に発表された、世界初の自動巻きトゥールビヨン搭載ウォッチ。キャリバー2870を内蔵する18Kイエローゴールドケースのサイズは縦32.8×横28.7mm。


トゥールビヨンとは

オーデマ ピゲはあらゆる複雑機構をエレガントな腕時計に搭載するマニュファクチュールである。オーデマ ピゲの歴史や逸品を見る前に、まずはトゥールビヨンについて解説しよう。

重力を分散させるための機構

「トゥールビヨン」とは、伝説的天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが1801年に特許取得した調速機構である。

機械式時計は主ゼンマイがほどけることで動力を得て、ガンギ車・アンクル・テンプ・ヒゲゼンマイからなる調速脱進機によって等時性、つまり計時の精度を保っている。

テンプが安定して振り子運動を行うことによって精度は維持されるが、時計の姿勢が変わると重力により微妙な誤差が生じ、ムーブメントが直立する縦姿勢であればなおさら影響が大きい。

この姿勢差問題を解決するためにブレゲが発明したトゥールビヨンは、調速脱進機をひとつのキャリッジに格納し、キャリッジごと1分間で1回転させる機構だ。

これにより縦姿勢を保ったままでも振り子運動の偏差は分散され、懐中時計をポケットに忍ばせたままの縦姿勢でも等時性を維持することに成功したのだ。

コンプリケーションの花形

トゥールビヨンは優れた調速機構であったが、実用に堪える精度を保証するには複雑すぎた。とりわけ小型のムーブメントが求められる腕時計での実用化は困難を極め、長らく採用するウォッチメーカーはほぼ皆無であった。

トゥールビヨンが時計史に返り咲くのは、クォーツショックの余波が残る1980年代後半、機械式時計にとっての冬の時代である。

高精度な腕時計を安価に大量生産できるクォーツ式に対抗し、トゥールビヨンは腕時計に搭載する複雑機構の象徴として復活した。

復活当時ではトゥールビヨンを組み立てられる時計師は数えるほどしか存在せず、その流麗かつリズミカルな駆動も相まって、コンプリケーションの花形としてスターダムに躍り出た。


オーデマ ピゲの歴史

オーデマ ピゲは145年(2020年現在)を数える歴史の中で複雑機構の巨頭として時計業界をリードし続けてきた。オーデマ ピゲの歴史をトゥールビヨンにフォーカスして紹介しよう。

複雑機構を得意とするメゾン

オーデマ ピゲの歴史は1875年、時計師ジュール=ルイ・オーデマがスイスのジュウ渓谷のル・ブラッシュに開いた時計工房に始まる。

複雑機構に長けたオーデマは幼なじみの時計師エドワール=オーギュスト・ピゲを招き入れ、ピゲを経営担当として1881年に自社ブランド「オーデマ ピゲ」をスタートさせた。

1892年には世界初となる腕時計式のミニッツリピーターを発表し、創業当時から得意としたクロノグラフを中心として、パーペチュアルカレンダーやムーンフェイズなどを搭載したコンプリケーションを続々とリリースしていく。

1986年には、世界初となる薄型の自動巻きトゥールビヨン腕時計を発表するなど、常に時計業界をリードし続けてきたコンプリケーションの名手だ。

ミニッツリピーター

1892年に発表された、世界初の腕時計式ミニッツリピーター搭載機。このムーブメントは後にLouis Brandt frères(オメガ)へ売却された。

フライング トゥールビヨンを開発

1920年、ドイツのグラスヒュッテ時計学校の校長アルフレッド・ヘルヴィッグによって、ダイアル側にトゥールビヨンキャリッッジを支えるブリッジ(受け)を持たない「フライング トゥールビヨン」が発明された。

トゥールビヨンの復活以降、いくつかの時計メーカーがフライング トゥールビヨンの搭載を実現したが、オーデマ ピゲがこのエレガントな複雑機構を初めて採用したのは2018年発表の「ロイヤル オーク コンセプト フライング トゥールビヨン GMT」である。同メゾンにしては後発なのが意外だ。

ロイヤル オーク コンセプト フライングトゥールビヨン GMT

2018年に発表された「ロイヤル オーク コンセプト フライングトゥールビヨン GMT」。9時位置にフライングトゥールビヨンを備える。手巻き(Cal.2954)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約10日間。チタンケース(直径44mm、厚さ16.1mm)。100m防水。