2020年新作の特筆すべきベーシックウォッチ3つを比較する/ポルトギーゼ vs マスター・コントロール vs 60周年GS Vol.3

FEATUREその他
2021.01.10

『クロノス日本版』92号でも書いたとおり(読んでない方はご購入よろしくお願いします!)、2020年はベーシックウォッチが大豊作の年だった。今年、各社は新製品の発表を控えたが、いわゆる定番であるベーシックは手堅く売れると判断したのだろう。結果、20年はベーシックウォッチの当たり年となった。どのモデルも注目に値するが、今回は編集部がフォーカスしたい、そして読者の関心が高いであろう3本を比較していく。


2020年新作

広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
(2021年1月10日掲載)

 そのモデルとは、ようやく決定版が出たIWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」、往年の輝きを再び取り戻したジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」、そして掛け値なしに素晴らしいグランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」だ。ちなみに筆者は「ギーゼマニア」なので、クロノスで挙げる2020年のベストウォッチにポルトギーゼを挙げた。


脱進機も面白い

 3つのムーブメントは脱進機にも個性がある。現在IWCは、標準的なダルニコ材に替えて、ニッケルリン素材をLIGAで成型した脱進機を使うようになった。この新しい脱進機は、理論上は軽く、また脱進機の加工精度を大幅に上げられる。「ポルトギーゼ・オートマティック40」の採用したCal.82000系も、2019年のモデルではLIGAの脱進機を持っていたが、2020年版では標準的なダルニコに改められた。理由は不明である。

ポルトギーゼ・オートマティック40

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」
自動巻き(Cal.82220)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。フリースプラングテンプ。ペラトン式両方向巻き上げ自動巻き。SS(直径40.4mm、厚さ12.3mm)。3気圧防水。72万5000円(税別)。

 脱進機にシリコン素材を与えたのがジャガー・ルクルトである。現在、リシュモン グループは、ヒゲゼンマイではなく、脱進機をシリコンに代えることで耐磁性を高めるアプローチに取り組んでいる。この手法をとりわけ好むのはカルティエだが、ジャガー・ルクルトもついにそれに倣ったようだ。脱進機をシリコンに改めることで、高い耐磁性(ただし具体的な数値は非公表)と、高い伝達効率を得たのが新しいCal.899である。このムーブメントが、基本設計を変えることなく、約70時間ものパワーリザーブを持てた一因である。もちろん、シリコン製脱進機の採用に懐疑的な愛好家は少なくない。しかし、実用時計のパフォーマンスを高めるには、これ以上の手段がないのもまた事実である。

マスター・コントロール・デイト

ジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」
自動巻き(Cal.899AC)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。フリースプラングテンプ。片方向巻き上げ自動巻き。SS(直径40mm、厚さ8.78mm)。5気圧防水。72万4000円(税別)。

 一方、まったく新しいデュアルインパルス脱進機を採用したのはセイコーである。これは、高効率なデテント脱進機と、安全性の高いスイスレバー脱進機のいいとこ取りをしたものだ。そのアイデアはオメガのコーアクシャルに似ているが、デュアルインパルス脱進機は一層洗練されている。事実、オメガのコーアクシャルは高い振動数に向かないのに対して(一部のモデルは2万8800振動/時から2万5200振動/時に落とした)、9SA5は、3万6000振動/時という高い振動数を持っている。


緩急装置はいずれもフリースプラングテンプ

 なお、この3モデルとも、緩急装置には緩急針ではなく、高級機にはおなじみのフリースプラングテンプを採用する。全モデルがフリースプラングのジャガー・ルクルトは採用したのは当然だろう。また、ハイエンドなモデルにのみ採用するIWCが、ポルトギーゼ40をフリースプラング化したのも理解できる。しかし、セイコーがフリースプラングを取り入れるとは思ってもみなかった。

 フリースプラングの大きなメリットは、強い衝撃を受けてもヒゲがらみを起こしにくいことにある。かつては等時性の高さを評価されたフリースプラングだが、最近では、耐衝撃性の高さが好まれるようになった。今や、50万円台のスポーツウォッチでも、フリースプラングテンプを載せたものは少なくない。オメガが好例である。

 もっとも、フリースプラングにはいくつかのデメリットがある。ひとつは時計の緩急を行う錘がテンワの上にあるため調整がしにくいこと。そしてもうひとつが、緩急針なら可能な「アオリ」というテクニックを使えないことだ。アオリを使えば、理論上はテンプの振り角が落ちても高い等時性を与えられる。対して多くのメーカーは、アオリを使えないフリースプラングを採用する代わりに、パワーリザーブを延ばして、できるだけ等時性を保とうとしている。

グランドセイコー60周年記念限定モデルSLGH003

グランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」
自動巻き(Cal.9SA5)。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。フリースプラングテンプ。リバーサー式両向巻き上げ自動巻き。デュアルインパルス脱進機。巻き上げヒゲ。SS(直径40mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。世界限定1000本。100万円(税別)。

 このデメリットを解消したのが、9SA5のグランドセイコーフリースプラングである。これは、ヒゲゼンマイの取り付け位置をねじることで、フリースプラングテンプにもアオリ効果を持たせられるというもの。筆者の知る限り、これは世界初の試みである。また9SA5は非常によく考えられた巻き上げヒゲを採用する。これも、理論上は9SA5の等時性を改善するだろう。