リシャール・ミル、スプリットセコンドの進化を促した、アンリミテッドのための技術革新

FEATURE本誌記事
2021.04.18

エクストリームな超複雑機構を得意とするリシャール・ミルが、トゥールビヨンと同様に、創業初期から磨き上げてきた機構のひとつにスプリットセコンドがある。初作の発表から16年を経て、同社は初の自動巻きスプリットを発表。共同開発に取り組んだヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエの優秀な基礎設計をさらに煮詰め、5年の歳月を費やしてリシャール・ミル流にアレンジされた本機は、現在望みうる最良のスプリットセコンドとなった。

RM 65‐01 オートマティック スプリットセコンド クロノグラフ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
クロノス日本版 2021年5月号 掲載記事


RICHARD MILLE TECH 2021
[RM 65-01 AUTOMATIC SPLIT-SECONDS CHRONOGRAPH]

 2001年にエクストリームトゥールビヨンの初作となった「RM 001」でリシャール・ミルがデビューを飾った直後から、同社は早くも次なるステップへと舵を切っている。ファンクションセレクターを初搭載した「RM 002」、RM 002の裏輪列にデュアルタイム表示を加えた「RM 003」に続き、04年に発表された「RM 004」では、初のスプリットセコンドクロノグラフを手掛けているのだ。後にリシャール・ミルの標準スペックとなる高速回転香箱(香箱1回転の速度を約75分〜約60分に上げることで、主ゼンマイの張り付きを抑制する)が開発当初から盛り込まれるなど、同社にとってのスプリットセコンドは、ブランドローンチ時からコレクションの中核を成す存在として位置付けられていたことが分かる。

RM 004 スプリットセコンド クロノグラフ

RM 004 スプリットセコンド クロノグラフ
2004年に発表されたリシャール・ミル初のスプリットセコンド。手巻き、コラムホイール作動、キャリングアーム式の水平クラッチ、アイソレーター付きのロービートという古典的な構成だが、ファンクションセレクターやトルクインジケーターといった、後年のRM標準スペックが盛り込まれた最初期の作品でもある。写真は地板がカーボンナノファイバー製に換装されたV2スペック。手巻き(Cal.RM004-V2)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。Pt(縦48.0×横39.0mm。厚さ15.05mm)。生産終了。

 初作となったRM 004を共同開発したのは、創業当初から強力なパートナーシップを結んでいたAPルノー・エ・パピ(現オーデマ ピゲ ル・ロックル、以下APLL)。しかし、それから16年の歳月を経て、まったく新しいスプリットセコンドがラインナップに加わることになった。20年末に発表された「RM 65-01 オートマティック スプリットセコンド クロノグラフ」が搭載する「キャリバー RMAC4」を共同開発したのは、04年からRMのプロジェクトに参加したヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ(以下VMF)。自動巻きのスプリットセコンドは、リシャール・ミルでも初の試みである。

 キャリングアーム式の水平クラッチ、アイソレーター付きのロービートという古典的な構成を持つRM 004と異なり、新作のRM 65-01が搭載するのは垂直クラッチ+10振動/秒の超ハイビート。秒積算針+スプリットセコンド針(センター)、30分積算針(3時位置)、12時間積算針(9時位置)を一直線に配置したことで、ストレートハンマーとダイレクトリセットによるカッチリとした操作感を実現させている。リシャール・ミルの自社工房であるオロメトリーで、ムーブメント担当テクニカル・ディレクターを務めるサルヴァドール・アルボナは、このVMF製エボーシュにあらかじめ盛り込まれていたストレートハンマーの基礎設計について、繰り返し精度にも優れると高評価を与えている。

RM 65‐01 オートマティック スプリットセコンド クロノグラフ

各積算針のカラーリングに対応したプッシャー配置。2時位置がクロノグラフのスタート/ストップ、4時位置がリセット。リュウズ同軸がファンクションセレクターとなるため、スプリット用のプッシャーは10時位置に配されている。8時位置にあるレッドクオーツTPT®製のプッシャーは、運針停止時に主ゼンマイを素早く巻き上げるための特許機構だ。

 なおリシャール・ミルの初期スプリットセコンドは、翌05年に発表された「RM 008」以降、トゥールビヨンスプリットセコンドに移行してゆくが、その熟成改良を担ったのもアルボナだ。08年からリシャール・ミルに籍を置き、12年発表の「RM 050」以降に標準化されてゆくRM製トゥールビヨンスプリットセコンドに、さまざまな独自改良を盛り込んできた。例えば17年に発表された「RM 50-03」では、その耐衝撃設計をさらに煮詰めている。50〜100G程度の微振動への対策として、コラムホイールを固定するネジピッチを変更するなど、同社がエクストリームであるために培った独自技術は枚挙に遑がない。

 さて新作のRM 65-01に話を戻そう。開発に約5年を要したという自動巻きのRMAC4だが、設計の初期段階ではVMF以外にも選択肢はあったはずだ。従来同様APLLとの共同開発、または同時期に企画が進められていた自動巻きの自社製フライバッククロノグラフ「RM 72-01」(キャリバー CRMC1)にスプリットモジュールを載せるという方法も十分に考えられた。しかしアルボナは、ふたつの理由からこれらのプランを否定している。ポイントは、RM 65-01がリミテッドエディションではないという点だ。「私たちは限定モデルではなく、より多くの数量を生産できる“一体型のスプリットセコンド”を提案したいと考えていました。そのための信頼できるエボーシュを提供してくれたのがVMFだったのです。私たちが自社開発したRM 72-01はライフスタイルなデザインなので、レーシングマシンのようなRM 65-01のベースには使いたくなかった。VMFのエボーシュを選択したことで、私たちはまったく性格の異なるふたつの開発を同時に進めることができたのです」

スプリットセコンドランナー

Cal.RMAC4の組み立ては、共同開発を担ったヴォーシェで行われる。写真は、初期段階からクロノグラフランナーに通すことを前提に開発されたスプリットセコンドランナー。厚みをぐっと抑えたのは専用設計の強みだ。

 一方エボーシュの開発初期段階で、クロノグラフの経験値を持たなかったVMFでは、設計基準となるベンチマーク探しから始めたという。参考にされたのは、ロレックスのキャリバー4130、ゼニスのキャリバー400系(エル・プリメロ)、そして薄型クロノグラフとして著名なFP1185だった。後発機の強みと言うべきか、VMF製エボーシュにはこれら3機のアドバンテージがすべて盛り込まれている。10振動/秒の超ハイビートはエル・プリメロから、ストレート構造のリセットハンマーはFP1185から着想されたもの。しかしFP1185の輪列設計では、垂直クラッチがセンターに来るため設計の自由度が低くなる。そこでロレックス4130と同様の、オフセット垂直クラッチが採用されている。なお、FPもロレックスも時積算計の駆動力を秒積算計からとっているが、VMF製エボーシュではもっとシンプルに、香箱から直接バイパスする手法を採る。積算計停止時のブレーキと、作動時の振り落ちで歩度を相殺する理屈だ。

 VMF製エボーシュ最大の特徴は、初期段階から秒積算計のセンターにスプリット針を通す前提で設計が行われた点にある。スプリット用のハートカムが、通常の帰零カムと同一レイヤーに配置されているため、厚みを抑えつつ、少ない部品数でスプリットの制御が行えるのだ。針の取り付け高さを11.22mmに抑えることはリシャール・ミル側の要望のひとつだが、これが実現できたのも省パーツ設計の恩恵だ。なお同機がアイソレーターを備えなかった理由は、テンプ自体の等時性が高く、超ハイビートのために振幅が落ちにくいから。これはRM 50-03の設計時に、微振動での停止やトルクのバラつきを嫌って、ブレード状のスプリットセコンドレバーを開発したアルボナの好みにも合致する。

RM 65‐01 オートマティック スプリットセコンド クロノグラフ

RM 65‐01 オートマティック スプリットセコンド クロノグラフ
ヴォーシェとのパートナーシップにより開発された、リシャール・ミル初の自動巻きスプリットセコンド。垂直クラッチ+超ハイビートという現代的なスペックに加え、リシャール・ミル独自のアレンジによって、より頑強な設計へと鍛え上げられている。自動巻き(Cal.RMAC4)。51石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。カーボンTPT®(縦44.5×横49.94mm、厚さ16.10mm)。50m防水。3586万円(税込み)。

 原型となったVMF製エボーシュとRMAC4の最も大きな違いは巻き上げ機構。つまり自動巻きにしたことだ。エボーシュの段階でも、自動巻きは想定されていたものの、RMAC4では可変慣性モーメントローターによる自動巻きと、リュウズ操作による手巻きに加え、ケース8時位置に設けたプッシャーによる高速巻き上げも実装している。レッドクオーツTPT®︎製のプッシャーを約125回押すことで全巻きとなるようだ。プッシャーは角穴車と直結されており、巻き上げるに従って感触がだんだんと重くなってゆく。リュウズ同軸のファンクションセレクターは、時刻合わせ(H)、日付合わせ(D)、巻き上げ(W)の3ポジションで、通常使用時のWポジションでは、自動巻き、リュウズ巻き、プッシュ巻きのすべてが行える。

 もうひとつ興味深いのは、積算計を作動させるプッシャーの感触だ。原型となったエボーシュでは、ある程度の重さを持ちながらも、スッと吸い込まれるような感触だったのに対し、RMAC4のプッシャーには明確なタメがある。これがスポーティーユースに特化した、リシャール・ミル流のエクストリームなアレンジなのか、全体的な設計変更に伴う感触の違いなのかは、今後の取材で明らかにしていきたい。ひとつだけ言えることは、トノーシェイプの地板にアレンジされる際に、スプリット関連のレバー配置に変更が加えられているという点だ。残念ながらレバー配置の全容は不明なのだが、コラムホイールの配置が微妙に異なっているのだ。特にスプリット専用のコラムホイールは、ベースエボーシュではテンプの対角線上に置かれていたが、RMAC4ではテンプにぐっと近づいている。これはスプリット用のプッシャーをリュウズ同軸から10時位置に移したための最適化と思われるが、これによってタメの感触が変わったとも考えられるだろう。



Contact info: リシャールミルジャパン Tel.03-5511-1555


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