IWC「ダ・ヴィンチ」の歴史をひもときながら考察する、アーカイブの有用性(前編)

FEATUREその他
2022.10.12

オンライン上で過去の記事を閲覧できるようにしているヨーロッパスター。その熱心な読者のひとりに米国在住の時計愛好家であり技術者でもあるステファン・フォスケットがいる。彼のサイト「Grail Watch」は、ヨーロッパスターのバックナンバーを活用し、現行モデルのさらなる解説や、廃盤モデルの紹介などが行われている。今回はそんな彼の執筆により、IWC「ダ・ヴィンチ」の歴史を掘り下げながら、時計情報のアーカイブの有用性を考察する。

ダ・ヴィンチ

ヨーロッパスターに掲載されたIWCの歴代モデル。
Originally published on EUROPA STAR
Text by Stephen Foskett / Grail Watch
2022年10月12日掲載記事

アーカイブのオンライン化による恩恵

 腕時計に関する過去の記録は私たちにさまざまな情報を教えてくれる。その歴史は現在の腕時計ブランドにとって強力なセールスポイントのひとつであるため、時に事実が隠されたり、修正されたりということもある。これが私がアーカイブの確認に時間を費やす理由でもある。今回はIWCの「ダ・ヴィンチ」という重要なモデルの歴史を紐解きつつ、アーカイブの価値を伝えていきたい。

 まず私が活用している『ヨーロッパスター』のオンライン上のアーカイブでは2種類の媒体が閲覧が可能である。1950年から95年にかけて出版された『The Eastern Jeweller and Watchmaker』と、59年後半から現在にかけて出版されたヨーロッパスターだ。

「The Eastern Jeweller and Watchmaker」(以下、EJW)は主に東アジア、南アジア、オーストラリアの業界人を対象としたものである。50年代には時計作りの基本を含む入門的な内容や、現地のニュース、時計・宝飾の取引情報などが幅広く掲載されていた。またレディースファッションや宝飾のトレンド、地域のイベント情報などの特別なセクションもあった。初期の記事にはヒンディー語、日本語、中国語、タイ語のものも見られるが、そのほとんどは英語での掲載だった。66年からこれはヨーロッパスターのアジア版として位置付けられていく。本稿では一貫してアジア版を「EJW」と呼ぶことにする。EJWの内容はヨーロッパ版ヨーロッパスターと異なることもいくつかあったが、ほとんどが同じだ。

 一方、ヨーロッパ版『ヨーロッパスター』の記事は最初の20年間はほぼフランス語で構成されており、後半に英語、ドイツ語の翻訳が掲載されていた。70年代後半になるとこの構成が変わり、英語のコンテンツが増える。70年代と80年代には、フランスの時計産業に関する記事が非常に多くなり、そのほとんどはフランス語で書かれ、 翻訳は提供されていない。また、EJWの創刊から現在まで、広告の構成が大きく変わっており、「輸出」ブランドについて調べるには好都合であった。

ヨーロッパスター

『ヨーロッパスター』のオンライン版は、『Eastern Jeweller and Watchmaker』と『ヨーロッパスター』の2種類の刊行物が閲覧可能だ。

 50年代から60年代にかけては国際貿易の促進、ここ数十年は時計産業全体の振興と、それぞれの年代でヨーロッパスターの焦点はわずかにずれている。従来は、時計業界の顧客である私のような"いち消費者"のために書かれたものではなかったが、近年は変わってきている。インターネットが民主化するにつれて、カバーされる範囲が広がった。時代に関係なく、アーカイブから学ぶことは多い。

 アーカイブを通覧すると、過去70年間における時計産業の重要な発展を俯瞰することができる。電気時計や音叉時計の台頭、電池時計の爆発的な普及とその後の変化、複雑時計や自社製機械式ムーブメントを中心とした時計産業の再生、高級時計グループの台頭などだ。これらの出来事や、時代とともに変化していくブランドやモデルに対する周囲の反応は興味深いものである。ヨーロッパスターにおける最初の時計についての指摘は、それが存在しているというだけでなく、その誕生を取り巻く環境についての条件についての証明でもある。

ヨーロッパスター

ヨーロッパスターのアーカイブは数万ページに及ぶ。


アーカイブを元にIWC「ダ・ヴィンチ」の歴史を振り返る

 ここからIWCの「ダ・ヴィンチ」という興味深いモデルを例に、ヨーロッパスターを活用した私なりの調査プロセスを紹介したい。ダ・ヴィンチのモデル名は、半世紀以上にわたって重要なモデルに冠され、多くの変遷を通じてIWCと時計業界の発展を見せてくれる。しかし、ロレックスやオメガなどの人気モデルに比べて資料が少なく、クォーツ式に関しても何かと謎が多い。そこで、ここから始めてみよう。

 まずヨーロッパスターのオンラインページにログインし、検索窓にDa Vinciと入力。ひとまず条件は全く付けず、単純に時系列に並べ、もっとも初期段階の掲出を見定める。50年代から60年代にかけて、レオナルド・ダ・ヴィンチの記述がいくつか見られるが、IWCに関連したものではない。

ダ・ヴィンチ・クォーツ・エレクトロニック

©Europa Star 2/1971
IWCのクォーツ式の初期モデル「ダ・ヴィンチ・クォーツ・エレクトロニック」は、六角形のケースと一体型のブレスレットを備えていた。

 71年に開催されたバーゼルフェアにおいて、IWC「ダ・ヴィンチ」の初代「ダ・ヴィンチ・クォーツ・エレクトロニック」の存在を確認できた。ヨーロッパスター68号によると、このダ・ヴィンチは電気・電子時計として紹介されている。この記事では「まだスイス時計産業の輸出品のごく一部に過ぎない」と記されている。

 ダ・ヴィンチはIWC初のクォーツモデルであると聞いていたが、現在IWCは、ダ・ヴィンチを69年発表としている。これは社内での開発が1年前から始まっていたことを示唆することになる。70年4月10日のバーゼルフェアでは、IWCが他の十数社のスイスブランドとともに、CEHのベータ21・クォーツムーブメントを発表した資料が揃っている。これはダ・ヴィンチが公の場に姿を現すことになる最も古い日付だろう。もっと詳しく調べていこう。

ダ・ヴィンチ

©Europa Star 2/1970
1970年のバーゼルフェアで、IWCはベータ21ムーブメント搭載モデルを発表した(写真左上)。

 71年までIWCのダ・ヴィンチに関する他の記述は見られず、パズルのように断片的なものとなっている。おそらく単純にダ・ヴィンチという名称が70年のフェアではヨーロッパスターの記事に含まれていなかったか、または実はダ・ヴィンチがIWC初のクォーツ時計ではなかったかだろう。70年を「International Watch Co」で検索してみると、実際それが分かる。IWCのベータ21搭載機の腕時計は文字盤にモデル名が無記載で世に送り出され、単に「Quartz electronic」としか表示されなかった。しかも71年のダ・ヴィンチの画像とは異なり、大きなラウンドケースを備えていたのである。六角形のダ・ヴィンチは1970年に発表されなかったとは言い切れないが、少なくともヨーロッパスターでは取り上げられていなかったのである。

(後半へ続く)


IWC現代デザイン理論

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