日本の時計ビジネスは本当に大丈夫か? 見えない、日本の時計業界の危機

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2022.12.03

世界も日本も空前の高級時計ブームで売り上げも絶好調。だが、この人気は本当に盤石なものなのか? 今回は、スイス時計協会FHの「メディアセミナー」の内容と、その後に、加盟する時計ブランドなどの関係者に配布された「腕時計に関する消費者意識調査2022」、さらに筆者の現場取材から、「見えない、日本の時計業界の危機」の話をしたい。

イス時計協会FHのメディアセミナー

2022年9月28日に開催されたスイス時計協会FHのメディアセミナー。左が東京センター所長の中野綾子さん。右が協会でデータ分析を担当するスペシャリストの前林京子さん。
渋谷ヤスヒト:写真・文 Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
(2022年12月3日掲載記事)

スイスから日本への腕時計輸出額、史上最高が確実に!

 2022年9月末、スイス時計協会FH東京センター(以降FH)は、日本におけるスイス時計の現状についての、メディア向けセミナーを行った。

 FHは時計ブランドから部品メーカーまで、スイス時計の関連企業のほとんどが加盟する業界団体である。時計ブランドは基本的に出荷額などを公開しないので、FHが毎月発表する業界全体のデータは、スイス時計に関する唯一無二の公的データと言っていい。

 そして今回のFHのメディア向けセミナーで語られたいちばん重要な事実。それはスイスから日本への腕時計の総輸出額が、2022年は2021年を大幅に更新し、確実に史上最高になるということ。つまり今、時計業界は空前の好景気だということが、公的データでも完全に裏付けられたことだ。

2022年11月22日にFHが発表した2022年10月までのスイスから日本への総輸出額と、2020年から2022年までの過去3年間の同月比較グラフ。なお、この輸出額は、最終消費者への販売価格ではなく、スイスの時計製造会社の工場出荷後の輸出額を合計した結果である。下記URL参照。
http://www.fhs.jp/jpn/2022_11_statistics_october.html

 筆者の個人的な予測では、おそらく2桁レベルの更新は確実。しかも、これは日本だけの好景気ではない。スイスから世界への輸出額も史上最高を記録するはず。つまり、時計ビジネスは全世界的に好景気なのだ。

新顧客のおかげで売上額は激増!

 それにしても、一部の時計ブランドの好景気は異常だ。ある頂点級の時計ブランドの関係者の話では、現時点で売上額が何と、2021年の2倍を超えたという。そして、時計専門店や百貨店の時計バイヤーなど複数の話を総合すると、購入者はこれまでの顧客とは明らかに別の人々だという。つまり、売上額の記録更新は、新たな顧客が時計業界に出現したから可能になるのだ。

 時計業界ではずっと「新規顧客の開拓」が最大の課題であった。その「待望の新規顧客」となる「これまで時計に興味のなかった人々が時計を購入してくれる状況」が、時計ブランドの方々には失礼な言い方になるが、“ほとんど努力しないで”実現したのだ。素直に受け止めれば、無条件に良いことのように思える。

 だがFHの「腕時計に関する消費者意識調査2022」には、見逃せない日本の時計市場の「衝撃的な数字」があった。

一部の人だけが買っている!

 それは日本だけの「極端すぎる高額品だけのバブル」である。それもあまりに極端な。

 FHが発表した時計輸出額のデータ。主要都市のロックダウン政策でリーマンショック以来の落ち込みを記録した2020年のデータを外し、新型コロナウイルス禍前の2019年と新型コロナウイルス禍後の2021年を比較すると、スイス時計の2大市場、アメリカ合衆国と中国の売り上げも、日本と同様に絶好調だ。

 しかしアメリカと中国、日本では決定的な違いがある。それは価格帯別の伸び率だ。FHの公式発表では、工場出荷価格帯別に時計は5つのカテゴリーに分けられている。
①200スイスフラン未満
②200以上500スイスフラン未満
③500以上3000スイスフラン未満
④5000以上1万スイスフラン未満
⑤1万スイスフラン以上。

 この金額をまず「1スイスフラン=120円」と安めに換算。さらに工場出荷価格が製品価格の65%だとして製品価格に換算するとカテゴリー③が約9万円〜55万円、④が約55万円〜185万円、⑤が185万円以上になる(1000円単位を四捨五入)。

 そしてアメリカと中国では、スマートウォッチと競合しないカテゴリー③④⑤の価格帯のすべてで出荷額が25%以上と大きく伸びている。ところが日本市場はどうか? 何と③がマイナス40%、④がマイナス10.8%。そして唯一⑤の「約185万円以上」だけがプラス10%になっている。平均的に伸びているアメリカや中国とは大きく違い、日本のスイス時計市場は超高価格帯の高級時計だけが売り上りを伸ばしている。つまり日本の高級時計の好景気は、高価格帯に完全に依存していて、それ以外の価格帯はむしろ縮小しているのだ。