時計愛好家から愛称で呼ばれ、定番化した時計にはどんなのがある? 名作6本とそのニックネームを紹介

FEATUREその他
2022.12.25

腕時計ではあらかじめ設定されているモデル名のほかに、愛好家によってニックネームを付けられることが珍しくない。今回はかつて愛好家が名付け、定着した名作時計6本と、そのニックネームを紹介する。

佐藤しんいち:文
Text by Shin-ichi Sato
2022年12月25日掲載記事

GMTマスター


名作時計に付けられたニックネームを一挙紹介

 各社、時計ブランドのカタログを開くとたくさんの時計の名前が掲載されている。これは「モデルネーム」や「ペットネーム」と呼ばれる“公式”な名称である。グループを表して「コレクション名」等とも呼ばれる。オメガであれば「シーマスター」や「スピードマスター」がこれらに該当する。

 一方、“非公式な名前”を持つモデルも存在する。「ペプシ」や「パンダ」「ツナ缶」といった通称を聞いたことがないだろうか? ここではこのような名前を「ニックネーム」と呼ぶことにしよう。ニックネームの由来は種々存在するが、ファンの間で広まって定着した共通点がある。今回は、各モデルとニックネームの関りに注目しながら、その由来について紹介しよう。

カラーリングを由来としたニックネームとそのモデル

 時計のニックネームを付ける際、その多くは見た目から連想できる言葉をあてがう。その中でも、最も取り上げられやすいのがカラーリングだ。ここでは時計のニックネームとして最も有名なカラーリング由来の愛称を紹介しよう。

カラーリング系ニックネームの定番、“ペプシ”とロレックス「GMTマスター」

 ロレックスはダイアルのカラーやテクスチャー、ベゼルのバリエーションが伝統的に多いブランドである。そのため、モデルの名の他にカラーリングによってニックネームが与えられることがある。今回は同ブランドから「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」に名付けられた愛称を紹介しよう。

GMTマスター

1954年に発表されたGMTマスターのファーストモデル(Ref.6542)。副時針(GMT針)と回転式の24時間スケールベゼルを用いることで、ふたつのタイムゾーンを同時に表示することができる。この形のGMTウォッチとしては初の時計だ。

 GMT マスターⅡは、民間パイロットの要望に応えて作られたモデルだ。そのコンセプトは、時間帯が大きく異なる地点間を行き来するために目的地の現地時間をすばやく割り出すことと、航空管制とやりとりする際に用いるGMT(≒UTC)を管理できることだ。

 GMT針をUTCに合わせてセットし、ベゼルをUTCに対する時差の分だけ回転させる(日本であれば+9時間)ことで、GMT針が知りたい地点の時刻を表示する仕組みである。

 GMTマスターⅡでは、GMT針が指し示す時間が昼間か夜間かをひと目で判別可能なように、ベゼルをツートンカラーに塗り分けている。最も有名なものがレッドとブルーのカラーリングである。これが、ペプシコ社の有名なドリンクのイメージカラーと結びついて「ペプシ」というニックネームにつながった。ダイアルはコーラの色と同じブラックであるので、その連想には納得感がある。

 また、現在はラインナップされていないが、レッドとブラックのツートンカラーのモデルも存在し、「コーク」のニックネームが名付けられた。

 このニックネームは、ロレックスの知名度の高さ故に広く認知されるようになり、転じて、レッドとブルーのカラーリングを持つ時計を「ペプシ」と呼ぶ例も見られる。

オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ

ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」
国際線ジェット機のパイロットのために作られた、初のGMTウォッチを祖に持つモデル。出自からも、本作は「パイロットに求められる時計」であることを外していない。外装の品質を“アウトスタンディング”なレベルにまで高めながら、機能面や視認性で改悪しないところはロレックスの上手さである。自動巻き(Cal.3285)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。127万2700円(税込み)。


カラーリングのニックネームとして広く認知された“パンダ”とハミルトン「クロノグラフA」

 ペプシカラーのように、カラーリングそのものがニックネームとなる例は他にもある。有名なものは「パンダ」だろう。これは、ホワイトのダイアルにブラックのインダイアルを備えるカラーリングを指す。1968年に発売のハミルトン「クロノグラフ A」はまさにこのデザインを備えており、「パンダダイアル」と親しまれたモデルであった。

 ハミルトン「アメリカン クラシック イントラマティック クロノグラフH」は、クロノグラフAを復刻したモデルで、特徴的なパンダダイアルを引き継いでいる。3つのインダイアルを備えるモデルでもパンダと呼ばれることがあるが、本作は二眼で”パンダらしさ”が強いモデルだ。

イントラマティック クロノグラフ H

ハミルトン「イントラマティック クロノグラフ H」
過去モデルのテイストを引用するのが上手いハミルトンの企画力が発揮されているモデル。手巻きクロノグラフムーブメントを搭載した点に喜んだファンも多かったのではないか。当時の”HAMILTON”のロゴが使われている点も、良い雰囲気を生み出している。手巻き(Cal.H-51)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40mm、厚さ14.35mm)。100m防水。カーフレザーストラップ仕様:30万2500円(税込み)。

 白黒カラーであれば「ポリス」などでも良かったかもしれないが国によってイメージカラーが異なるし、愛嬌があって知名度が高いパンダがニックネームになったからこそ定着したと想像される。なお、ブラックのダイアルにホワイトのインダイアルの場合は「逆パンダ」と呼ばれ、1968年当時に「クロノグラフB」としてラインナップされていたのと同様に、本作にも逆パンダが用意されている。

 この特徴的なカラーリングがパンダおよび逆パンダと呼ばれる例は多く、カラーリングに与えられたニックネームとして代表的なものだと言えるだろう。


ブランドから公認状態になったニックネームとそのモデル

 最初に述べた通り、ニックネームはファンの間で広まった非公式なものだ。しかし、後にその存在がブランドに認められて“公認”され、メーカーが呼称する例も存在する。ここではそんな、メーカー公認とも言えるニックネームが付けられた時計を紹介しよう。

「エイプリルフールネタ」として公認された“ツナ缶”とセイコー「マリンマスター プロフェッショナル」

 ファンが呼び始めたニックネームをメーカー自体が認知した例として有名なのがセイコーの「マリンマスター プロフェッショナル」である。

マリンマスター プロフェッショナル SBBN047

セイコー「プロスペックス マリンマスター プロフェッショナル SBBN047」
欧米での呼び名をより正確に示すと、本作は「Tuna」であり、ステンレス製外筒を備える「SBBN049」等が「Tuna Can」である。過去のセイコー内コンテンツでは、「本作がワンピース構造のケースを採用し、裏蓋がなくてダイアル側からしか開かないこともツナ缶の想起に繋がったのではないか?」と述べられている。クォーツ(Cal.7C46)。7石。Ti×セラミックス(直径49.4mm、厚さ16.3mm)。1000m飽和潜水用防水。27万5000円(税込み)。

 セイコー「プロスペックス マリンマスター プロフェッショナル SBBN047」は、ケースを包むように配されたチタン製外筒が特徴のプロフェッショナル向けモデルである。その特徴から「外筒ダイバー」と呼ばれることもあるが、これより親しみが込められたニックネームとして「ツナ缶」という愛称がある。

 これは、外筒が丸い缶詰に見えることが由来で、いつしかこのニックネームが浸透して広く使われるようになった。セイコーがこのニックネームを“公認した”と言える節目が2017年だ。4月1日のエイプリルフール企画として、“究極のダイバーズウォッチ「ツナ缶」デビュー!”というキャッチコピーと共に、ダイバーの栄養補給のためにツナ缶にベルトを取り付けたアイテムを発表したのであった。

ツナ缶 セイコー

セイコーはコロナ前まで、エイプリルフールに合わせて架空のモデル発表を行なっていた。これは2017年ネタの「究極のダイバーズウオッチ『ツナ缶』。「300メートル防水の「ツナ缶」に含まれるエネルギーは300kcal。プルトップ式のため、どこでも簡単に開缶でき、ダイビングで消費したエネルギーを素早く補給できます。原料のマグロに含まれるEPAやDHAの栄養素は、ダイバーが水中で最高のパフォーマンスを発揮するのに不可欠な、「肉体」や「判断力」の向上にも寄与します。」という商品説明もシャレが効いていた。

 これは当然のごとく”お遊び”であるのだが、そのポスター風の画像には「TUNA CAN」と明記されており、公認していることが明らかとなった。


着用者がニックネームの由来となった“植村ダイバー”とセイコー「6159-10」

 セイコーのダイバーズウォッチの進化は、極限の環境への挑戦とともにあった。先のツナ缶も、飽和潜水システムに耐えうるダイバーズウォッチを求めるプロフェッショナルダイバーの声を受けて開発されたものであった。

 さらに歴史をさかのぼると、著名な冒険家である植村直己との関係が見えてくる。植村による70年の日本人初となるエベレスト登頂時には、登山家の松浦輝男と共に10振動のハイビートムーブメントCal.6159を搭載した300mダイバー「6159-010」を着用していた。

セイコー 6159-010

68年に発表された「6159-010」。10振動のハイビートムーブメントをセイコーのダイバーズウォッチで初採用したモデルであり、また、ワンピースケースによって防水性能を前作の倍である300mまで引き上げたモデルである。南極地域観測隊の装備品に4回選出された歴史や、植村直己と松浦輝夫によるエベレスト登頂に使用されるなど、ツールウォッチとして輝かしい実績を持つ。

 同年に世界初の五大陸最高峰登頂者となった植村は、74年からの北極海周辺での活動を開始し、78年には世界初となる単独北極点到達を犬ぞりで成し遂げた。

 この、単独北極点到達の際に着用されたモデルの現代版としてリリースされたのが「プロスペックス ダイバー スキューバ 1970 メカニカルダイバーズ 現代デザイン SBDX047」である。ケースと一体化されたリュウズガードによる左右非対称なシェイプや、針形状や長方形のインデックスなどのディティールをオリジナルモデルから取り込んでいる。

 植村が着用したオリジナルモデルは「植村ダイバー」としてヴィンテージ市場でも人気を集めていたため、本作およびその前身となった「SBDX031」の発表は、「植村ダイバーの復刻モデル」として話題を集めた。セイコーは本作を植村ダイバーとは呼称していないが、本作の紹介の際には植村の名とその功績が必ずと言ってよいほど添えており、セイコーにとっても特別な存在であることがうかがえる。冒険家の功績を、ある時計の存在によって後世に伝えるのもニックネームの役割と言えるだろう。

SBDX047

セイコー「プロスペックス ダイバー スキューバ 1970 メカニカルダイバーズ 現代デザイン SBDX047」
大別すると「6105」と呼ばれるタイプの復刻であるが、6105は前・中・後期と3タイプ存在する。本作は中期(1970年頃)以降のシェイプを踏襲している。なお前期モデルは「SBDC171」「SBDC173」のベースモデルとなっている。自動巻き(Cal.8L35)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径44.0mm、厚さ13.0mm)。200m防水。33万円(税込み)。