同時代の天才時計師 F.P.ジュルヌの全貌「ボワティエ・ジュネーブ」

FEATURE本誌記事
2023.04.20

F.P.ジュルヌのケースを製造するボワティエ・ジュネーブと文字盤を製造するカドラニエ・ジュネーブは、2022年末、新しい建物に移転した。建物の延べ床面積は2500㎡。1階と2階でケースを、3階と4階で文字盤の製造を行っている。もともと優れた外装を持っていたF.P.ジュルヌの時計だが、移転による拡充でさらにその質を高めるはずだ。

ボワティエ・ジュネーブとカドラニエ・ジュネーブの新工場

ジュネーブ近郊のアカシア地区にあるボワティエ・ジュネーブとカドラニエ・ジュネーブの新工場。現在は前者に30名、後者に40名が所属している。25年以上空いていたビルをF.P.ジュルヌが買収し、2022年に転居したとのこと。もっとも、建物は、躯体以外は一新された。
奥山栄一、三田村優:写真 Photographs by Eiichi Okuyama (Astronomic Souveraine), Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


製法の一新がもたらした、今までにないカタチとクォリティ

焼き鈍しの機械

ボワティエ・ジュネーブには、以前同様、焼き鈍しの機械がある。左は最新の機械、右は従来のもの。加工によって生じた歪みを、これら2台の機械で丁寧に取っていく。旧レニエ時代からの伝統だ。

 2005年に文字盤メーカーを買収したF.P.ジュルヌは、続いてケースメーカーのエリノーを傘下に収めた。11年、F.P.ジュルヌは設備ごと同社をジュネーブに移転させ、社名をボワティエ・ジュネーブに改めた。10年前との違いはその製法だ。移転当初は貴金属の素材を鍛造してケースに仕上げていたが、現在は切削が主流となった。ケースの作り方が一新された理由は、もちろん質である。

 鍛造されたブランクを切削し、ケースに仕上げるのはスイスの高級メーカーに同じ。しかし、年産1000本以内という生産本数を反映して、それぞれの作業が入念なのだ。

タンタル製ベゼルとその下処理工程

右は、下処理されたタンタル製ベゼル。下処理と言っても、事実上最終仕上げとほぼ同じ。中は、その作業工程。4~5種類の砥石を使い、完全な鏡面を与えていく。「昔は完全な手作業だったため加工が大変だった」と言う。左は、ケースの下処理。まずは砂やコランダムを6気圧で吹き付け、続いてガラスビーズを1気圧という弱い圧力で当てていく。担当者曰く「ひとりで複数の作業をできるから面白い」とのこと。

 1階で目を引いたのが、バリ取りの工程である。まずは砂やコランダムなどで下地を均し、続いてガラスを吹き付けて、下地を整えていく。別の部署ではクロノメーター・ブルーに使われるタンタル製のベゼルが下処理を施されていた。職人たちが数種類の砥石を使い、入念にケースの面を均している。ちなみに粘りのあるタンタル素材を磨くと、作業ごとにツールを研ぎ直す必要がある。しかし、17年以降は機械化が進み、手間は減ったとのこと。

「エレガント」のケースブランク

左はサプライヤーから供給された「エレガント」のケースブランク、右は切削後。鍛造から切削に製法を改めることで、F.P.ジュルヌはケースにさまざまなバリエーションを持てるようになった。

 機能部品に同じく、ケース製造でもファナックやウィルミンのマシニングセンターが多用されていた。ゆっくりした速度で切削するのも、レニショーの計測ユニットで厳密に採寸するのも同じ。ただし、加工にはかなり時間がかかるとのこと。「トゥールビヨン・スヴラン」のケースを仕上げるには、7〜8時間、セッティングには1時間を要するというから、まったく量産向きではない。

エレガント 40mm チタニウム 2 Rows ダイヤモンド

エレガント 40mm チタニウム 2 Rows ダイヤモンド
チタン製のケースに38個のダイヤモンドを埋め込んだモデル。自社開発のメカクォーツムーブメントは、電池寿命を延ばすため、約30分静止するとスタンバイモードに入る。自社製の文字盤は夜光塗料を裏打ちしたサファイアクリスタル製だ。メカクォーツ(Cal.1210)。18石。Tiケース(縦40×横35mm、厚さ7.35mm)。3気圧防水。281万6000円(税込み)。

 しかし、この手間を惜しまないことで、仕上げは明らかに良くなるという。「最上のツールを使い、設計に忠実に加工することが重要」と担当者が語る通り、ケースの高い加工精度は、F.P.ジュルヌの時計を、好事家向けの上質な時計から、独創的なラグジュアリーウォッチへと変容させたのである。

 ケース作りに使われるツールは、ゴム、紙、スポンジなどさまざまだ。もっとも、下準備や仕上げに限らず、どういったツールや新技術を採用するかは現場に委ねられており、十分なテストを経て採用される、とのこと。

切削の工程は他社に同じ。ただし時間をかけ、採寸を厳密に行うことで精度を高めている。粘りのあるタンタル製のミドルケースは、ワイヤ放電加工機で抜いている。

 こういう試みで成功を収めたのが、2012年に導入されたレーザーだ。例えばチタン製のベゼルは、2.5mmの深さまで彫れるレーザーマシンを使い、1時間半をかけて刻印を施していく。加えて近年は、そこにリキッドセラミックを充填するようになった。製法はかなり凝っている。

 レーザーで彫刻した部品をサンドブラストで荒らした後、リキッドセラミックを充填し、加熱・加圧で気泡を取り、液体に浸けて1時間加熱する。その後、表面を切削すると、セラミックが充填されたチタン製ベゼルが完成する。驚くほどの手間だが、だからこそ天才ジュルヌのアイデアはカタチになるわけだ。

「レペティション・スヴラン」のレバーバネを製造する工程

F.P.ジュルヌには古典的な時計作りの手法も残されている。これは「レペティション・スヴラン」のレバーバネを製造する工程。切削で仕上げるのではなく、昔ながらに棒材を加工してワイヤに仕立てていく。右はワイヤを焼き戻す工程。中は棒材をダイスに通して細く絞る工程。0.05mmずつ細く絞る作業を5~6回繰り返し、その都度焼き戻しを加える。左は完成したレバーバネをケースに組み込んだ状態。

 切削と下処理が終わると、最終研磨の工程である。取材時には、タンタルケースが最終工程にあった。もっともゴールドやプラチナとは異なり、下処理でほぼ完全に磨いてしまうとのこと。回転するバフにケースを当てるのは他社に同じだが、ゴールドは1600回転、プラチナは1800回転、タンタルは2400回転と、バフの速度を変えている。また、タンタルではわずかに圧力を加えるのがコツとのこと。

 研磨の担当者は「ケースに使われる金属と切削の精度が良くなった結果、以前に比べて最終仕上げの質も改善された」と語る。もっとも、そこで終わらないのが今のF.P.ジュルヌだ。「質は全体的に上がった。しかし、より高めるための改善プロセスを検討中」と言う。質のために製法を一新しただけでなく、さらなる改善を続ける。これが今のF.P.ジュルヌ、なのだ。

「エレガント」のバックルを磨く工程

ボワティエ・ジュネーブには独自のノウハウがある。①「エレガント」のバックルを磨く工程。レーザーで彫り込みを入れる前に基本的な磨きを施すとのこと。
ケースの研磨に使われる各種ツール

②ケースの研磨に使われる各種ツール。加えて仕上げの段階に応じて、複数の研磨材を使い分ける

木に貼り付けたサンドペーパー

③サテン仕上げは木に貼り付けたサンドペーパーで行う。番手は600番。
「エレガント」のバックル

④レーザーによる刻印と、そこにリキッドセラミックを流し込んだ完成品。以前はラバーを充填していたが、気泡が出にくく、剥がれにくいリキッドセラミックに改めた。
チタン製のベゼル

⑤チタン製のベゼル。レーザーシェバルの機械を使って、最大2.5mmの深さまで彫り込んでいく。他社も採用する機械だが、これほど深く彫り込むのは珍しい。
リキッドセラミックの充填工程

⑥リキッドセラミックの充填工程。冷蔵庫で保管した素材を加熱しながら埋め込んでいく。
ブレスレットの組み立て工程

⑦ブレスレットの組み立て工程。弱い圧力を掛け、チタン製の部品を注意深く組み上げていく。
最終仕上げ

⑧最終仕上げ。取材時はバゲットカットダイヤモンドを埋め込んだバックルを仕上げていた。弱くバフに当て、鏡面に仕上げていく。
タンタルケースの最終磨き

⑨タンタルケースの最終磨き。機械化が進んだとはいえ、質を担保するのはやはり熟練工の腕だ。



Contact info: F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931


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