パテック フィリップ/ゴールデン・エリプス Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2022.01.15

パテック フィリップの古典となったゴールデン・エリプス。確かに、黄金分割のケースデザインはアイコンたるに相応しい。また、ユニークなブルーゴールド文字盤も、語るべきストーリーに満ちている。しかしこのモデルで最も重要なのは、このモデルが量産されたことにある。1960年代当時、生産は不可能と思われたオーバル型のケース。同社はいかにして、このケースを完成させ、進化させたのだろうか?

ゴールデン・エリプス

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi(estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
Sppecial Thanks to PHILLIPS, ZENMAIWORKS, LUXURYDAYS
[クロノス日本版 2021年5月号 掲載]


GOLDEN ELLIPSE[Ref.3748]
1970年代に製造された手巻きの第2世代

ゴールデン・エリプス Ref.3748

ゴールデン・エリプス Ref.3748
1974年にリリースされたRef.3748は、ゴールデン・エリプス躍進の立役者と言える。この個体は、特徴的なブルーゴールドの文字盤に、18KWGケースという、典型的なデザインを持つ。手巻き(Cal.215)。18石。18KWG(縦32×横27mm)。非防水。参考商品。

 かつてないデザインを持つゴールデン・エリプスは、完成までにさまざまな紆余曲折があった。先述したとおり、発表当初の「3548」は4つの部品からなる4ピースケースを持っていた。しかし、部品が増えるほど、生産性と気密性は悪くなる。おそらくはそれが理由で、パテック フィリップはケース構造の見直しを図った。数年後に、3548は3ピースケースに進化し、続いて、同じケース構成を持つ「3648」が追加された。ただし、すべてのモデルが3ピースとなったわけではない。

 これらのモデルが搭載していたのは、手巻きの23-300だった。1956年にリリースされた本作は、極薄とは言えないものの、薄型で高精度なムーブメントだった。その証拠に、自動巻きの傑作と言われる27-460Mのベースが23-300である。しかし、27-460Mが生産中止になると、このムーブメントの存在意義は失われてしまった。

 そこでパテック フィリップは、薄さに特化した手巻きの開発を急いだ。74年に完成したのが、厚さ2.15mmのキャリバー215である。この時期の同社が薄さに傾倒したのは、後に発表された厚さ2.4mmの自動巻きに、240という名称を与えたことでも明らかだ。

 さておき、この新しいムーブメントは、スリムなケースを持つゴールデン・エリプスにはうってつけだった。74年、パテック フィリップは、手巻きの215を搭載した新しいゴールデン・エリプスの「3748」を発表。ケースは3548に同じだったが、高振動で長いパワーリザーブを持つ215は、ゴールデン・エリプスに好ましい実用性をもたらした。

 現在、多くの愛好家が注目するのは、28-255 Cを載せた通称〝ジャンボ〞である。しかし、筆者の好みは、よりシンプルで小径な本作だ。その際立ったバランスは、初出から半世紀近く経っても、まったく色あせない。

ゴールデン・エリプス Ref.3748

(右)簡潔なデザインを持つゴールデン・エリプスだが、それ故にディテールは凝っている。ブルーゴールドの文字盤に浮かぶのは、極めて立体的な時分針。ダイヤモンドカットされたインデックスと併せて、高い視認性をもたらす。(左)エリプス(楕円)という名称に相応しく、バックルも楕円状である。素材は18KWG。あくまで筆者の私見だが、ゴールデン・エリプスにはこのバックルが相応しい。

ゴールデン・エリプス Ref.3748

ケースサイド。ミントコンディションの本作は、当時のケース製法を知る絶好のサンプルである。現在ある多くのRef.3748は、ケースサイドもポリッシュ仕上げ。しかし本来は、写真のようなサテン仕上げが正しい。楕円のケースにサテン仕上げを施すのは、熟練工でも難しかったに違いない。

ゴールデン・エリプス Ref.3748

(右)オリジナルをよく残した造形。写真が示す通り、ベゼルは単なる鏡面ではなく、ダイヤモンドカッターで均された、極めて平滑なものだ。このディテールは、少なくとも1968年のRef.3548から見られるものだ。(左)以前より簡潔になったとはいえ、ゴールデン・エリプスは複雑なケースを持っていた。本作は、ベゼルとミドルケース、そしてふたつの裏蓋を持つ3ピースケースである。こういう変わった構成になったのは、センターラグを強固に固定するためか。


GOLDEN ELLIPSE[Ref.5738]
〝ジャンボ〟ケースの意匠を継ぐ現行RGモデル

ゴールデン・エリプス Ref.5738R

ゴールデン・エリプス Ref.5738R
2008年発表の現行モデル。18年に追加された18KRGケースの本作は、エボニーブラック・ソレイユ文字盤を持つ。自動巻き(Cal.240)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG(縦39.5×横34.5mm、厚さ5.9mm)。3気圧防水。391万6000円(税込み)。

 1990年代に入ると、パテック フィリップは若い世代を意識するようになった。その先駆けとなったのが、91年にリリースされた「カラトラバ 5000」である。これはパテック フィリップとしては珍しい、黒とピンクの文字盤を持つモデルだった。以降、5000系のリファレンスは、モダンなデザインや大ぶりなケースを意味するようになる。

 ゴールデン・エリプスに5000系のリファレンスが与えられたのは97年のこと。アラビア数字のインデックスと黒文字盤を持つ「5028」は、明らかに違った方向性を持っていた。そして、2008年にはケースサイズを縦39.5×横34.5mmに拡大した「5738」が追加された。ケース構造は、77年の「3738」に同じ2ピース。ムーブメントも同じ240である。しかし、ケースが広げられた結果、その印象は大きく変わった。

 ブルーゴールドの文字盤が象徴するように、ゴールデン・エリプスの魅力のひとつは、極端に簡潔ながらも、凝った文字盤にある。しかし、近年のモデルは、ケースの仕上げがさらに向上し、時計としての完成度がさらに増した。大きな違いは、面の歪みである。ケースの作り方は、他社もパテック フィリップも同じ。しかし同社は、ケースを仕上げるときのバフを弱く当てると説明する。その結果、ケースの鏡面の歪みはいっそう小さくなり、他社にはない質感を持つようになった。長年ケースを自製してきたノウハウの結晶だろう。

 黄金比に従ったケースデザインを量産化する中で、パテック フィリップはケース製造のノウハウを蓄積するようになった。となれば、最新版のゴールデン・エリプスが、際立って優れたケースを持つのも合点がいく。これは決して、人目を引くような時計ではない。しかし、非凡なデザインと仕上げを持つ本作は、間違いなくアイコニックピースである。

ゴールデン・エリプス Ref.5738R

(右)2005年のRef.3738にも、18KRGケースは存在していた。文字盤はチョコレート・ソレイユ。対して2018年初出の本作は、黒みを増したエボニーブラック・ソレイユ文字盤に改められた。発色の難しい中間色を完全にコントロールできるのが、現在のパテック フィリップの実力である。インデックスと時分針はケースに同じくローズゴールド製。パテック フィリップならではの、薄くて色乗りの良い印字も注目だ。(左)異形ケースにもかかわらず、典型的なドレスウォッチのディテールを持つゴールデン・エリプス。その証拠に、ストラップは、ラグ側が21mm、バックル側が15mmと、極端なテーパーがかけられている。

ゴールデン・エリプス Ref.5738R

ケースサイド。Ref.3738から続く2ピースケースである。Ref.3548やRef.3748のような、手の切れそうな仕上げではないが、現在のパテック フィリップは、他社に真似のできない、独特な鏡面仕上げを持つ。

ゴールデン・エリプス Ref.5738R

(右)ラグ側のクローズアップ。写真が示す通り、ラグと裏蓋が一体成形されているのが分かる。1968年以降、ブレスレットとストラップの取り付け方法で試行錯誤を繰り返したゴールデン・エリプス。その完成形が現行のRef.5738と言えそうだ。(左)極めてフラットな裏蓋。2ピースケースの採用により、ゴールデン・エリプスは、高い気密性に加えて、いっそうの薄型化に成功した。



Contact info: パテック フィリップ ジャパン・インフォメーション Tel.03-3255-8109


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