パルミジャーニ・フルリエ/トンダ Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2022.09.22

パルミジャーニ・フルリエのアイコンたるべく生まれたトリックとカルパ。それらとは異なり、デザインコードに縛られない自由な発想の場として生み出されたモデルがトンダの原点だった。イタリア語で円形を意味する本作は、2007年以降、デザインとディテールを変えてきたが、それは結果として、小メーカーだったパルミジャーニ・フルリエを飛躍させたのである。なぜトンダは変わり続けたのか? その歩みを振り返りたい。

トンダ PF GMT ラトラパンテ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]


トンダはどこから生まれ、どこへ行くのか?
~トンダ・コレクションのデザイン理論~

事実上、2011年に始まったトンダコレクションは、そのディテールを活かしつつ、別物に進化を遂げた。ではいかにして、ユニークなトンダデザインは、アイコンへと成熟を重ねたのか。最新の進化形である2021年の「トンダ PF」から、デザインと仕上げの進化を振り返っていきたい。

トンダ PF

2021年9月に発表された「トンダ PF」は、モダンなラウンドケースを持つ、トンダコレクションの完成形と言える。「リッチ・ミニマリズム」を謳い上げるCEOのグイド・テレーニは、より簡潔なデザインと、凝った仕上げを両立させようと考えた。そのひとつが、文字盤に施されたバーリーコーンギヨシェだ。麦の穂を思わせるこの古典的なパターンは、パルミジャーニがローターの装飾に好んで用いてきたものである。

トンダ PF

 パルミジャーニ・フルリエの創設者、ミシェル・パルミジャーニは、神の手を持つ時計師と呼ばれるよりも、デザイナーとして評価されたかったのではないか。筆者は幾度となく本人と話す機会を得たが、彼は時計修復よりも、デザインを語る際に、いっそう雄弁だったのである。

 自然の造形と幾何学的なデザインに魅せられた彼は、パルミジャーニ・フルリエの設立後、そのユニークな哲学を時計のデザインに投影するようになった。もっとも分かりやすいサンプルが、1998年の「カルパ エブドマデール」だろう。8日巻きの手巻きムーブメントを持つ本作は、過剰なまでに曲面を用いたトノーケースと独立したラグに特徴があった。トノーケースのラグはケースと一体で成形するのが定石だ。しかしミシェル・パルミジャーニは、ラグを張り出すことで、さらに立体感を誇張してみせたのである。

 2007年の「カルパ トンダ」も同様だった。トノーシェイプのカルパを円形、つまりイタリア語でいう「トンダ」に改めた本作では、パルミジャーニの好む曲面がより強調されていた。もともとはブレゲ数字がベースだったアラビックインデックスはさらにデフォルメされ、ベゼルを省いた2ピースケースも、側面に向けて、強い湾曲が入れられたのである。その結果、パルミジャーニ・フルリエの時計を特徴付ける張り出したラグが、カルパトンダではいっそう目立つようになった。筆者は本作の独創的なデザインを好ましく思うが、万事過剰であったことは否めない。これは、同年代にリリースされた、スポーツウォッチの「パーシング」も同様だろう。

 以降パルミジャーニ・フルリエという時計メーカーは、創業者が思うデザイン哲学を抽出し、いかに一般化させるかに腐心し続けた。その初めての成功例が、2011年の「トンダ 1950」と言えそうだ。このモデルの開発に際し、パルミジャーニ本人は「クラシカルで薄い時計をデザインして欲しい」とのみ要望した、という。09年に依頼を受けたデザイナーチームは、同月にケースのプロトタイプを、翌年4月に文字盤のデザインを完成させ、11年には製品版としてリリースしたのである。驚くべきスピードを実現したのは、2000年代半ば以降に進んだ内製化だった。

トンダ PF展開図

マイクロローター自動巻きを載せた「トンダ PF」の展開図。2011年の「トンダ 1950」と印象を大きく変えるが、基本的な構成は不変である。ネジ止めの裏蓋にもかかわらず100m防水なのは、外装の加工精度が高まったため。

 2019年に発表されたスポーティーウォッチのトンダ GTも、基本的なデザイン手法はトンダ 1950を汲んだものだ。トンダの特徴であった過剰な曲線は影を潜め、その面影は、相変わらず湾曲したラグと、肉抜きされた針にのみ残された。とはいえ、これらふたつはパルミジャーニ・デザインであることを強調するには十分だった。

 パルミジャーニ・フルリエの関係者たちと、それ以上にパルミジャーニ本人が、デザインに代わる要素として見出したのが、古典的な仕上げであった。もちろん、パルミジャーニは創業当初から、モルタージュ仕上げといった古典的な装飾を一部のモデルに採用していた。しかし、11年の「トンダ 1950」以降は、こういった仕上げをベーシックなモデルにも転用するようになったのである。

 可能にしたのは、やはり2000年から進められた内製化だった。以降のパルミジャーニは、古典的なディテールへの傾倒を強めるようになり、それはパルミジャーニに、本来あるべき名声をもたらすようになった。まったく新しいジャンルのトンダ GTでさえも、パルミジャーニ・フルリエらしいと評されたのは、随所に盛り込まれた古典的な装飾のためであり、それは商業的なチャレンジだった「パーシング」との決定的な違いでもあった。

トンダ PF クロノグラフ展開図

こちらは「トンダ PF クロノグラフ」の展開図。SSケースのため、ラグはロウ付けではなく、ミドルケースとの一体成形となっている。ほぼすべての部品をグループ内で内製できる体制が、トンダを進化させた要因だった。

 トンダ 1950とトンダ GTで推し進められたデザインと装飾の融合は、21 年の「トンダ PF」でひと通りの完成を見たと言ってよい。外装の骨格はトンダ GTに同じだが、デザインはさらに簡潔になり、インデックスは小さく、一部のモデルからは秒針さえも省かれた。またメーカーを示すロゴはPFのみとなり、地に施されたギヨシェも、大きなクル・トリアンギュレールから、目立たないバーリーコーン模様に改められたのである。その結果として、トンダの個性である張り出したラグと、肉抜きしたデルタハンドは、むしろ強調されるようになった。また、ケースとブレスレットに筋目を加えることで、時計自体が、より明確な立体感を持てるようになった。

 もっとも、その過程は容易でなかったようだ。CEOに就任したグイド・テレーニは、すべての新製品の開発を中止し、何がパルミジャーニ・フルリエというブランドなのか、そして誰が顧客なのかを、スタッフ全員に考えさせたという。彼はその上で、まったく新しいコレクション、つまりトンダ PFの開発に取り組んだ。

トンダ PF マイクロローター

トンダ PF マイクロローター
2021年9月にリリースされた最新作。トンダ GTのデザインを継承しつつも、簡潔なデザインと練られたディテールを持つ。自動巻き(Cal.PF703)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径40mm、厚さ7.8mm)。10気圧防水。258万5000円(税込み)。

 テレーニは、その意図を著名な時計ジャーナリストであるギズベルト・ブルーナーにこう説明した。「トンダ GTの狙いは、これまでになかったもの。つまり、現代的な顧客のニーズに応えるようなブレスレットと一体化したケースを作ることだった。しかし、私には(トンダ GTが)ややスポーティーすぎるという印象はあった。私はそのデザインをさらに洗練させたいと考えた」。

 テレーニが言う洗練とは、つまりより簡潔にすることだった。それは2011年以降のパルミジャーニ・フルリエが目指した方向性と何ら変わりないが、テレーニの異なるところはそういった「リッチ・ミニマリズム」が間違いなく受け入れられる、と確信していた点にあった。彼の想起するパルミジャーニ・フルリエの顧客とは、「時計を選ぶ際に、自分のステータスを誇示するのではなく、自分の知識と洗練さを輝かせたいと考える人」であり、彼ら・彼女らの選ぶ時計は「誰にでも認められるものではなく、適切な人に認められるもの」とテレーニは喝破したのである。しかしシンプルなデザインが「リッチ」であるには、優れたディテールが欠かせない。

トンダ PF クロノグラフ

トンダ PF クロノグラフ
自社製のCal.PF070を搭載したモデル。垂直クラッチを持つハイビートクロノのパフォーマンスは現行品でも第一級だ。自動巻き。42石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約65時間。SS(直径42mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。354万2000円(税込み)。

 誇張したデザインを置き換える要素と見なされていた仕上げが、トンダ PFでいっそう強調されたのは当然だろう。目の細かいバーリーコーンギヨシェは、高級時計然とした見た目をもたらしたほか、スティールモデルに採用されたプラチナベゼルは、手作業で施されたモルタージュ装飾をいっそう強調した。また文字盤の彩色にも、量産品では決して実現不可能な、わずかにトーンを落とした中間色が選ばれたのである。

 ちなみに筆者は、テレーニに対して「(グループ傘下にある)カドランス・エ・アビヤージュは鮮やかなカラー文字盤を得意とするから、パルミジャーニ・フルリエはそういった文字盤を採用したらいいのではないか」と述べたことがある。対して彼は、むしろ控えめな色のほうが、パルミジャーニ・フルリエの顧客に響くと断言した。彼の言葉が示す通り、過剰とも言えるデザインを好んできたパルミジャーニ・フルリエのデザイン性は、この10年で、大きく様変わりしたのである。

 そんなトンダ PF特有のデザイン性を象徴するのが、22年の「トンダ PF スケルトン」になる。スケルトンモデルをできるだけ肉抜きしてきたパルミジャーニとしては珍しく、本作はあくまで控えめにスケルトン化されている。その抜き方は造形を優先したものであり、すべての穴に必然性があるわけではない。しかし、その結果として、本作は、肉抜きされたムーブメントと時計が、見事に一体化している。デザインと仕上げを熟知すればこそ、の造形と言えるだろう。

トンダ PF スケルトン

トンダ PF スケルトン
トンダの成熟を感じさせるモデル。新規設計の自動巻きをスケルトン化したCal.PF777は、デザインを考慮して肉が抜かれている。自動巻き。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40mm、厚さ8.5mm)。10気圧防水。746万9000円(税込み)。

トンダ PF スケルトン


Contact info: パルミジャーニ・フルリエ pfd.japan@parmigiani.com


パルミジャーニ・フルリエ「トンダ」/時計にまつわるお名前事典

https://www.webchronos.net/features/58251/
高級時計が製造されるまで〜パルミジャーニ・フルリエを支える工房〜(外装編)

https://www.webchronos.net/features/37950/
高級時計が製造されるまで〜パルミジャーニ・フルリエを支える工房〜(ムーブメント編)

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