タグ・ホイヤー/アクアレーサー Part.1

FEATUREアイコニックピースの肖像
2023.01.21

1970年代後半に、ホイヤーはダイバーズウォッチという全く新しいジャンルに活路を見出した。その挑戦は成功を収め、タグ・ホイヤーは一大メーカーへと脱皮を遂げることになる。同社のアヴァンギャルドな試みを反映した歴代ダイバーズウォッチとタグ・ホイヤー アクアレーサーを総ざらいする。

アクアレーサー

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年11月号掲載記事]


HEUER DIVING WATCH Ref.844[1978]
1000シリーズへと収斂するホイヤーダイバーの始祖

ダイビングウォッチ Ref.844

ダイビングウォッチ Ref.844
Ref.844-1。1978年に発表された、ホイヤー初のダイバーズウォッチ。エボーシュを信頼性の高いケースに収め、かなり戦略的な価格で販売した。自動巻き(Cal.FE4611A、後にETA製エボーシュ)。17石。2万1600振動/時。SSケース(直径42mm)。200m防水。参考商品。

 1969年のクロノマチック発表に続き、大胆なスタイルとカラーリングでラインナップを拡大させてきたホイヤー(現タグ・ホイヤー)は、70年代半ばに入ると、スイスフランの高騰と、それ以上にデジタルクォーツクロノグラフの台頭に苦しめられるようになった。当時CEOだったジャック・ホイヤーが狙ったのは、新しいジャンルの開拓、つまりはダイバーズウォッチへの進出だった。

 この新たな挑戦に際してホイヤーは、フランスのジョルジュ・モナンに製造を委託。同社はMRPの防水ケースを使うことで、廉価だが、本格的なダイバーズウォッチを作ることに成功した。鍵となったMRP製のケースは60年代から70年代のダイバーズウォッチに好まれた、「コンプレッサーケース」とは全く異なるものだった。当時技術部長だったゲニャ・ジョセフは、防水性よりも、大量生産に向き、しかも正確に作動する両方向回転ベゼルで特許を得たのである(CH503306)。

ダイビングウォッチ Ref.844

フランスで製造された最初期のRef.844-1には、24時間インデックスとペンシル針、そしてフランス語の“PROFESSIONEL”の文字が刻まれた。製造がスイスに移管されたRef.844-2以降は、通称「メルセデス針」に変更された。下地を荒らしたペイント文字盤は、同年代のダイバーズウォッチに共通するものだ。
ダイビングウォッチ Ref.844

アルミ製のリングをはめ込んだ回転ベゼル。面白いのは、見返し部の処理である。普通はつや消しにするが、Ref.844と後継機である1000シリーズの一部モデルは、鏡面仕上げとなっている。なおこのケース構成は、82年の1000mダイバーズウォッチ、Ref.980.023にもそのまま踏襲された。

 これに関連する特許であるCH1227568には、次のような解説がある。「ベゼルの一方向の動きを阻止する手段は、大量生産を実現する際に要求される安全性や操作性の要件を十分には満たしていなかった」。ホイヤーが目指したのは、手の届く価格で、きちんと使えるダイバーズを提供することだった。事実、発表当時の価格は155ドルで、これはロレックス「サブマリーナー」の5分の1以下だった。

 78年に発表された「Ref.844」は、たちまちヒット作となった。翌79年の『Heuer NewsNo.3』はこう記す。「ホイヤー製ダイバーズウォッチの成功に伴い、新モデルを追加した」。同社はRef.844の生産をスイスに移管し、本格的にその量産に取り組むことになった。後に同社の屋台骨となる、ダイバーズウォッチの始まりである。

ダイビングウォッチ Ref.844

MRP製のケースを持つRef.844。戦略的な価格を実現できた大きな理由は、大量生産に向く新しい逆回転防止回転ベゼルシステムにあった。回転ベゼルに多角形のスプリングと、ケース側にもそこにかみ合う多角形のスプリングをはめ込む。驚くほど簡潔だが、大がかりな加工が必要ないというメリットがあった。
ダイビングウォッチ Ref.844

200m防水を実現した理由のひとつが、本格的なねじ込み式のリュウズである。またリュウズガードは、当時のダイバーズウォッチと比べても明らかに大きい。
ダイビングウォッチ Ref.844

直径42mmという大きなケースも、200m防水を実現できた一因だった。


TAG HEUER SUPER PROFESSIONAL 1000M[1984]
多様性の端緒となった異形のダイビングウォッチ

タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M
1982年の「ホイヤー 1000m ダイバー」を置き換えるダイバーズウォッチ。84年初出。1000m防水と高い視認性に加えて、付属品も充実していた。初期ロットはRef.840.006(WS2110-1)、後にRef.840.006-2(WS2110-2)と改番される。自動巻き(ETA2892または2824-2)。2万8800振動/時。SSケース(直径43mm)。1000m防水。参考商品。

 Ref.844の成功を受けて、ホイヤーはダイバーズウォッチを、同社の新しい柱に育てようと考えた。その現れが1982年の「ホイヤー 1000m ダイバー」こと、Ref.980.023だった。

 見た目はRef.844に酷似していたが、ケースを拡大することで、防水性能は200mから1000mに向上したのである。このモデルをわずか295ドルという価格で提供したホイヤーは、ダイバーズウォッチのジャンルを真剣に開拓しようとしていたことは間違いない。とはいえ、Ref.844のケースを大きく、分厚くしただけのホイヤー 1000m ダイバーは、その名前とは裏腹に、プロユーザー向きとは言い難かった。

タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

Ref.844や後の1000シリーズの特徴は、表面を荒らしたラッカー文字盤だった。対してスーパー プロフェッショナル 1000Mは、表面につやを残したラッカー仕上げである。当時のダイバーズウォッチとしては珍しい試みだが、ホイヤーはオレンジ文字盤や、クォーツモデルのRef.980に、全面夜光文字盤を採用した。そんな同社の姿勢を考えれば、新しい仕上げの採用は当然かもしれない。
タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

6つの「爪」が目立つスーパー プロフェッショナルのベゼル。当時のカタログには「グローブを着けていても完璧に握れる」との記述がある。

 同社が本格的にダイビングウォッチに取り組むようになったのは84年以降と言えそうだ。同年、ホイヤーはRef.844とその派生モデルを1000シリーズに改め、さらに新しい「タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M」(Ref.840.006)を追加したのである。防水性能は同じ1000mだったが、2ピースケースの採用で気密性が高まったほか、ベゼルも、グローブを着けた状態でも回しやすい形に改められた。加えてムーブメントをクォーツからETA製の自動巻きに変更することで、視認性に優れる、太くて長い針を持てるようになった。

タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

ケースサイド。写真の個体は後期型のRef.840.006-2(WS2110-2)である。最初期型である840.006のケースはわずかに小さく丸いとされているが、筆者が見た限り区別はつかない。なお82年のホイヤー 1000m ダイバーに続いて、頑強なサファイアクリスタル製の風防が採用された。ベゼルのみ金張りの844.006や、ケースをPVD処理したモデルもある。

 同社がいかにプロフェッショナルを意識したかは、ブレスレットがエクステンション付きとなり、追加のラバーストラップとダイブテーブル付きのキットが用意されていたことからも明らかだった。手頃なダイバーズウォッチは、プロのツールへと進化を遂げたのである。85年にタグ・ホイヤーとなってからも、同社はダイバーズウォッチの開発を加速させていった。それはクロノグラフの成功で確立させた名声や技術を、総合時計ブランドへと発展させることとなる。

タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

ケースと一体化されたリュウズガード。あえてリュウズを飛び出させたのは、操作性を重視したためか。
タグ・ホイヤー スーパー プロフェッショナル 1000M

裏蓋とミドルケースを一体化させた2ピースケース。おそらく搭載するのはETA2824-2ではなく、ETA2892だろう。ブレスレットはオリジナルの349/31を装備する。



Contact info: LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー Tel.03-5635-7054


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