ロレックス/ オイスター パーペチュアル デイトジャスト

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.01.28

デイトジャスト開発小史〝完成形〟への道程

ロレックスというメーカーを知るうえで、デイトジャストほど優れたモデルはなさそうだ。新しい着想をプロダクトに落とし込み、時間をかけて熟成させていく。もちろん他社でも同じ取り組みは続けている。しかしロレックスほど徹底したメーカーは、他にないだろう。その実際をデイト機構と、ムーブメントの進化に見ていこう。

創業40周年に合わせて発表された初代デイトジャスト。いわゆるジュビリーブレスは、このモデルで採用された。自動巻き(Cal.740)。18石。1万8000振動/時。18KYG(直径36mm)。

 1945年に発表されたデイトジャストは、そういって差し支えなければ、実用腕時計の祖であった。ほぼ完全な防水ケースに、効率の良い自動巻き機構、そしてデイト表示という特徴は、以降の実用腕時計のスタンダードとなった。

 しかし創業者のハンス・ウイルスドルフにとって、初期のデイトジャストは満足できるものではなかったらしい。ロレックスのジュネーブとビエンヌは、急ピッチでデイト表示とムーブメントの改良に取り組んだ。

 その進化を、時系列で辿っていこう。当初のデイト表示(スイス特許番号256275)は、ベアリングで保持したデイトディスクを、数時間かけて回転させるものだった。ロレックスは広告で、このメカニズムを「真夜中の奇蹟」と銘打ったが、まずウイルスドルフは日付が12時「ジャスト」に切り替わるよう、設計者たちに要求し続けた。

デイトジャストの始祖たち。(左)1931年に発表された通称「バブルバック」。エミール・ボラーの設計した自動巻きは、すでに全回転ローターを備えていた。ただし巻き上げは片方向。両方向巻き上げへの進化は、後のCal.1030系を待たねばならない。(右)オクタゴンシェイプを持つ手巻きの「オイスター」。ハンス・ウイルスドルフが出願したオイスターケースの特許資料(1926年9月21日)には、まさにこのケースが記載されている。

 デイトジャストが、名実共にデイト「ジャスト」となったのは、50年代半ばのキャリバー1065以降である。当時ロレックス・ビエンヌで設計者を務めていたマルク・ユグナンは、日の裏の力をバネに貯めて、その力で瞬時にデイトディスクを送るというアイデアを思いついた(スイス特許322341)。この発想は、デイトディスクの摩耗対策を加えた機構(スイス特許332900)へと進化し、より実用性を高めた。

 デイト表示を瞬時に切り替えるという発想は、実用性のためである。しかし少しずつスプリングに力を蓄えるこの機構は、日の裏にかかる負荷も最小限に抑えられる。結果、デイト表示が切り替わる際のテンプの振り落ちは抑えられ、等時性も改善される。事実、負荷の減少を受けてか、1065以降はデイトリングを支えるベアリングが減らされた。

オイスター パーペチュアル デイトジャストⅡ Ref. 116333

オイスター パーペチュアル デイトジャストⅡ Ref. 116333
デイトジャストファミリーの最新版。1985年以降、ロレックスはステンレス素材に904Lを採用。耐蝕性に優れ、磨くとプラチナのように光るこの素材は、デイトジャストにこそ適している。自動巻き(Cal.3136)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS×18KYG(直径41mm)。100m防水。111万円。

 50年代には、視認性にも改善が加えられた。それが風防に備えられた拡大レンズ、通称「サイクロップレンズ」である。初出は不明だが、ロレックスは52年にこのアイデアを特許出願している(スイス特許298953)。風防に拡大レンズを貼り付けるという簡単なアイデアだが、視認性の改善には有用だった。

 デイトジャストのデイト表示機構がひとまず完成したのは、60年代半ばのキャリバー1575以降である。65年の特許(スイス特許442155)は、既存のデイト表示機構に、安全機構を加えたものである。耐衝撃性を高め、誤操作を防ぐこの機構は、45年初出のデイトジャストを完成に導いた。以降のロレックスのデイト表示は、基本的に1575の延長線上にあり、また他社のデイト表示の多くも、大きくいえば1575の模倣でしかない。

 1575の「安全な」デイト表示を前提に開発されたのが、77年のキャリバー3035が搭載した、クイックチェンジである。リュウズを一段引いて、デイトだけを早回しできるという機構は、当時世界初であった。

 ただし、こうしたデイト表示の改良も、ムーブメントの進化に比べるとやや色あせる。当初のキャリバー740は、既存のムーブメントにデイトモジュールをネジ留めしたものであった。後継機である1065はデイト表示がムーブメントに統合され、また自動巻きも片方向から両方向巻き上げに改められた。手巻きに自動巻きモジュールを重ねるという設計は同じだが、より自動巻き専用機に近くなったといえるだろう。またムーブメントのサイズ拡大により、精度も高まった。

 デイトジャストに大きな成功をもたらしたのが、65年初出の1570である。基本的な設計は1065の後継機である1565そのものであったが、このムーブメントはより高い振動数に加えて、硬化処理を施した軽いアルミニウム製のリバーサー(切り替え車)を備えていた。

 当時のメーカーは、慣性の大きな自動巻き機構が巻き上げ効率を下げることを理解していた。他社はリバーサーの小型化で慣性を下げようと試みたが、これは自動巻き機構の寿命を縮めた。この時代、他社の小さなリバーサーは、3年から5年しか保たなかったのである。対してロレックスは、リバーサーを小型化するのではなく、質量を下げることで対応した。結果は素晴らしいものだった。ロレックスのリバーサーは、巻き上げ効率を犠牲にすることなく、高い耐久性を備えることに成功したのである。

オイスター パーペチュアル デイトジャスト Ref. 16233

オイスター パーペチュアル デイトジャスト Ref. 16233
デイトジャストの大ヒット作が、Ref.16233。搭載するCal.3135はリュウズを一段引いて回すだけで、デイトの早送りが可能だった。自動巻き(Cal.3135)。31石。2万8800振動/時。SS×18KYG(直径36mm)。100m防水。個人蔵。

 1575の設計を受け継ぎ、次に登場したムーブメントが、77年のキャリバー3035(3000系)である。最も大きな改良点は、4番車をセンターに置いたことだろう。それ以前ロレックスは、出車でセンターセコンド化を図っていた。2番車がセンターにあるため、時刻合わせの際の針飛びは起こりにくい。しかし出車を重ねた分だけ、ムーブメントの厚みは増す。対してロレックスは3035でようやく、4番車のセンター配置を実現した。75年初出のETA2892が、4番車センター配置の始祖である。しかしその2年後には、ロレックスもこれに追随した。もしロレックスが4番車センターを採用しなければ、この輪列の普及はもう少し遅れたかもしれない。これはスイス時計業界の常識である。またこのムーブメントは、振動数が2万8800振動/時に向上し、より精度を高めた。

 キャリバー3000系を改良したのが、88年のキャリバー3100系である。デイト表示の早送り機構が改良され、テンプのブリッジも両持ちにされた。キャリバー3100系は、現在の基準からすれば、パワーリザーブがやや短い。しかし堅牢さと精度に関していえば、このムーブメントに勝る自動巻きは、現在も存在しないのである。

 年を追ってデイトジャストの進化を見てきたが、誰しも、あるひとつの事実に気付かされるはずである。それはひとつの機構を丁寧に熟成させていく、というロレックスの姿勢だ。デイトジャストが実用腕時計における「基準機」となったのは当然なのである。