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【83点】エルメス/アルソー タンシュスポンデュ(1/6) 2013年09月号(No.48)

HERMÈSARCEAU LE TEMPS SUSPENDU

「このまま時が止まってくれたら……」という思いは、誰しもが一度ならず経験するところ。その願いを腕上でかりそめにもかなえてくれる小粋な装置は、夢幻と現実を行き来する旅へと我々を誘ってくれる。

ユリア・クナオト: 文 Text by Julia Knaut
OK-PHOTOGRAPHY: 写真 Photographs by OK-PHOTOGRAPHY
市川章子: 翻訳 Translation by Akiko Ichikawa


point
・独創的な機能を搭載
・デザインが個性的
・仕上げ加工が非常に丁寧

point
・精度が中庸
・視認性が弱い

美しい時よ、永遠に

教において、瞑想は悟りに至る道である。その際、意識を今に留めるようにすることが肝要だという。過去にも未来にもとらわれることなく、一瞬一瞬に心を委ねることこそが狙いなのだ。そのように瞑想していると、やがて時の流れという事象は、意識の彼方へと離れるという。

それからいくと、機械式時計というものは仏教的思考からはかけ離れた存在であろう。時計を身に着けると、針の下に潜む機械の世界や脱進機がチクタクと発する息づかいから、連綿と続く時間の経過を思い起こさずにはいられない。文字盤の針を見てしまうと、どれだけ時間が経過してしまったか、あるいはまだどれだけ時間が残っているかが否応なく分かってしまう。これに関しては、どの機械式時計も共通している。ところが、その例外を作り上げてしまったのが、エルメスのタンシュスポンデュだ。この時計は、普通に考えると明らかに不可能なことをやってのけた。すなわち、時を止めることができるのである。

仏教を信仰するしないにかかわらず、すべての人間には、今この時ができるだけ長く続いてくれたら、と思う瞬間があるはずだ。例えば、心地よい夏の宵に、バカンスでイタリアの小都市の川べりを散策したり、きらめく太陽の下、氷河湖で泳いだりするような愉しいひと時には、誰しもそのように感じたことがあるはずだ。その瞬間の思いこそが、仏教思想のいうところの刹那というものなのだろう。そこには過去も未来も意味をなさないのだ。

エルメスのアルソーコレクションに加えられたタンシュスポンデュは、時の進行を忘れさせてくれる腕時計である。ケースサイドのボタンを押すと、時・分針が瞬間的にジャンプして、文字盤12時位置の〝仮想時空間〟へ収まり、日付表示のレトログラード針は4時位置から5時位置へ続く、少しせり出した文字盤の縁の陰に消えゆく。このように文字盤上の針の運行を留保することで、好きなだけ〝時を止める〟ことができるというわけだ――少なくとも時計の文字盤上だけは。

この詩的な機能は、エルメスと共同チームを組んだ機構開発集団アジェノーのジャン︲マルク・ヴィダレッシュ氏によって考案された。モデル名となったフランス語の〝タンシュスポンデュ〟とは、文字通りに訳すと〝引っ掛け置かれた時間〟という意味だ。詩的というよりはむしろ即物的な感じだが、ピックアップされ隔離されることが転じて、留め置かれた時間を指すというわけだ。しかし、現実には時の流れをせき止めることはできないように、搭載されるムーブメントは針が静止しても動き続ける。この時計で圧巻なのは、サイドボタンを再び押しさえすれば、針が現在の時間と日付にジャンプすることだ。だが、もし思い出をキープして現実の時間に戻したくなければ、時計の針を動かさずに眠らせておくこともできる。

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