2022年の新作ウォッチ 実はミドルレンジがいちばんスゴイ!

2022.08.08

新型コロナウイルス禍にもかかわらず、いや、むしろ新型コロナウイルス禍における金融緩和による世界的な“カネ余り”のため、美術品や高級時計など、高額品に対する旺盛な需要ばかりが注目されるが、時計業界においては、実はこの間、100万円未満のいわゆる“ミドルレンジ”と呼ばれる腕時計の新作がスゴイことになっている。
現場の取材力に定評のある時計&モノジャーナリストの渋谷ヤスヒト氏が、ミドルレンジウォッチの最新事情をリポートする。

渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya

2022年注目のミドルレンジウォッチたち

 世界最大の、そして唯一の時計フェアになった「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」が終わって約3カ月。フェアに出展していないブランドの春夏の新作モデルもほぼ出揃った。

 時計関係者の間で話題の中心になったのは、やはり、複雑時計やゴールド素材のモデルを中心にした高額モデル。この背景には2020年1月に始まった新型コロナウイルス禍による世界的な金融緩和が引き金になって起きたと思われる、新しい高級時計ブーム、機械式時計ブームがある。 これまでこの種のモノにあまり関心がなかった人々が興味を持ち、ステイタスシンボル、自分のライフスタイルアイテム、現物資産として購入しているのだ。

 ジュネーブに出展していたある時計ブランドのCEOは「こんな好景気は30年を超える自分のキャリアでも初めて」と語ってくれた。

 2021年、スイス時計の対外輸出額は、出荷された時計の本数が新型コロナウイルス禍前の2019年より25%も減っているのに、2014年を超え史上最高を記録した。この数字は〝売れる時計〞の単価がいかに上がったかを示している。

 だが、今年の新作は昨年2021年の新作同様に、実は数十万〜100万円以下のミドルレンジに素晴らしいも世のがとても多い。このことは時計好きの方にもっとお伝えしたいし、時計の販売に関わる人たちは、もっとお客様にアピールしてほしいと思う。今年の、そんなミドルレンジの魅力的な新作をいくつかピックアップしてみよう。

モンブラン「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」

 まず紹介したいのが、モンブラン初の本格ダイバーズウォッチ「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」だ。ISO6425規格をクリアした300mの本格ダイバーズだが、ディテールの作り込みはとても税込み40万円を切るモデルとは思えない。時計の〝顔〞である文字盤は、アルプス・モンブランの氷結湖の氷を表現すべく、〝グラッテボワゼ〞という古典的な技法をわざわざ復活させて採用している。逆回転防止ベゼルはセラミックインサート。ケースバックには氷山の下でアイスダイビングをするダイバーの姿を描いた緻密なレーザー彫刻が施される。ブレスレットとストラップは、オーナーが自分で簡単に着脱できるインターチェンジャブル機能付き。しかもメタルブレスレットはバックルにかけて徐々に細くなる凝った設計で長さの微調整機能も備える。よくぞここまでと感心する。

モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト

モンブラン「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」の〝グラッテボワゼ〟技法を用いたカラー文字盤。

チューダーの「ブラックベイ プロ」

 チューダーの「ブラックベイ プロ」も、世界中から集った時計のプロフェッショナルたちを唸らせた新作だ。サテン仕上げが施されたレトロテイストの24時間表記ベゼル。モノブロックの発光セラミックス製インデックス。時針のスノーフレーク針のデザインを引き継ぐGMT針。そしてムーブメントはもちろん自社製の公認クロノメーター仕様。これでブレスレット仕様でも40万円台半ばというのはスゴイ。

ブラックベイ プロ

チューダーの「ブラックベイ プロ」。

ボーム&メルシエ「リビエラ ボーマティック」

 約120時間パワーリザーブの新世代・自社製ムーブメントを搭載したボーム&メルシエの「リビエラ ボーマティック」も、インターチェンジャブル機構付きのブレスレットモデルで税込み40万円台半ばという驚きの価格。

ボーム&メルシエの「リビエラ ボーマティック」。


無理せず楽しむことをおすすめしたい

 スイス時計界のレジェンド、ジャン-クロード・ビバー氏が顧問に就任したことでも話題の独立系ブランド、ノルケインの新作も、価格を超えた仕様のものばかり。世界限定300本のGMTモデル「フリーダム60GMT リミテッド エディション」も、スケルトンモデル「インディペンデンス スケルトン」も、どちらも公認クロノメーターで凝った作りなのに、50万円台前半で手に入る。

 どれも10年前なら考えられない、価格をはるかに超えた充実した内容だ。セイコーやシチズンといった日本のブランド、上記以外のスイスブランドからも、こうした魅力的な内容の新作が続々と登場している。

 高額モデルばかりが話題になりがちだが、こうしたミドルレンジの新作が証明する、各社の誠実な時計作りの姿勢には心から拍手を贈りたい。

 そして時計好きの方々には、最近メディアやSNSにあふれる投機目線の「雑音」に惑わされず、無理せずこうしたモデルを楽しむことをおすすめしたい。各社のミドルレンジの新作が、ここまで魅力的な年は経験上、それほどないものなので。


渋谷ヤスヒト
渋谷ヤスヒト
時計&モノジャーナリスト、編集者。『Goods Press』(徳間書店発行)の編集者として1995年からスイスの時計フェア、時計ブランドやウォッチメーカーの現地取材を開始。
スマートウォッチ、カメラ、家電、クルマなど、あらゆるアイテムの取材経験も豊富。