ラグジュアリースポーツが当たり前の存在になった結果、普通の時計にも目が向くようになった。これは関係者からしばしば聞くことだ。しかし、いわゆる「ベーシック」が旧態依然としていたならば、新しい時計好きたちの心を捉えなかっただろう。変化を促した一因は、間違いなくディテールの進化にある。
広田雅将(本誌):文
安部毅:企画協力
鈴木裕之:編集
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
質感を高めるのはディテールの進化
各社の新製品を見る限りで言えば、現在クワイエットラグジュアリーのジャンルを牽引するのは、レザーストラップを備えた3針(あるいはプチコンプリ)の時計である。とはいえ、ラグスポブームで大きく変わった時計の在り方は、再び日の目を見つつあるベーシックな時計にも大きな影響を与えた。

カラトラバをよりカジュアルに振った試み。ドレスウォッチらしからぬディテールを盛り込むが、入念な仕立てを加えることで、いわゆるカジュアルウォッチとは異なる仕上がりを得た。自動巻き(Cal.26-330 S C)。26石。2万8800振動/時。18KWGケース(直径40mm、厚さ8.53mm)。3気圧防水。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109
例えばパテック フィリップの「カラトラバ」。2004年に発表されたRef.5196は、ケースと一体成形されたラグ、長いバーインデックス、そしてドーフィン針といった典型的なドレスウォッチのディテールを備えていた。その佇まいを強調すべく、ケース厚もわずか7mmほどしかない。対して新しいカラトラバ Ref. 5226には、カジュアルな性格が盛り込まれた。“実用的”なアラビア数字インデックスに下地を荒らした文字盤、そしてヌバックのストラップなどは、ドレスウォッチというより、むしろ“ラグスポ”の構成要素だ。そしてカラトラバのアイコンであるラグも、ケースではなく裏蓋との一体成形に改められた。正直、ケース側面のクル・ド・パリを見ない限り、Ref.5226がカラトラバだとは認識できないかもしれない。つまりカラトラバらしさは、今や全体感ではなく、ディテールへと還元されたわけだ。


1932年に始まる、カラトラバ Ref.96の正統な後継機。ケースと一体化したラグやドーフィンハンド、バーインデックスといったデザインは不変だ。後継機のRef.6119のリリースに伴い惜しくもディスコン。手巻き(Cal.215 PS)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。18KWGケース(直径37mm)。3気圧防水。参考商品。
IWCの「ポルトギーゼ・オートマティック40」も同じような変化を遂げた。本作の基本的なデザインは、1936年の初作、そして1993年の「ポルトギーゼ・ジュビリー」によっている。しかし注意深いモディファイが、この時計をオーソドックスな古典から、2024年の現代版へと脱皮させた。

新しい金×黒の組み合わせは、本作をよりラグジュアリーに見せる。ポルトギーゼの造形を受け継ぎながらも、立体感を強調することで、存在感を強めている。防水性能も改善された。自動巻き(Cal.82220)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40.4mm、厚さ12.3mm)。5気圧防水。(問)IWC Tel.0120-05-1868
その成果を示すのが、文字盤外周のレイルウェイトラックだ。ドレスウォッチならば、ミニッツインデックスの定石はメッキを施したドットである。しかし実用的なレイルウェイトラックに改め、5分ごとのインデックスを盛り上げることで、本作は古典的なドレスウォッチとは、明らかに異なる見た目となった。ラグも同様である。ドレスウォッチと見なすには明らかに太いが、IWCは本作に多用途性を加えたわけだ。あえてラグ内側の切り込みに丸みを残したのも、“脚”を細く見せないためのテクニックである。文字盤もかつてのツールウォッチが好んで使った黒。しかし表面にツヤを残すことで、ミリタリーとは異なる仕上がりを得ている。


今や伝説的存在となったポルトギーゼの復刻モデル。アラビア数字はカジュアルな印象を与えるが、細く伸びたラグや時分針などがドレッシーな印象を強める。1940年代の典型的なドレスウォッチのデザインは今なお魅力的だ。手巻き(Cal.9828)。19石。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径42mm)。3気圧防水。参考商品。
いっそう巧妙なのはカルティエだ。新作の「サントス デュモン」は、クラシカルなアイコンを、全体の造形ではなくディテールの刷新のみでアップデートした。アイコンの純化を進めるカルティエがデザインに触らないのは理解できるが、新しいディテールの積み重ねのみで、時計の印象が劇的に変わるとは予想外だった。

2024年の新作。デザインはオリジナルに回帰したが、鮮やかな文字盤や、ラッカー仕上げのケース、そしてアラビア数字は今までにない打ち出しだ。マットなストラップも今風だ。手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYGケース(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00
本作と比較したいのは、ちょうど10年ほど前の「サントス デュモン」である。これはディテールではなく、デザインそのものに手を加えた試みで、ベゼルを省き、ケースを薄くする一方で、全体をマッシブに仕立てている。その手腕はさすがだが、幾重にもディテールを重ねてゆく新作の方が、いっそう洗練されている。


“クワイエット”ではなく“マッシブ”な時代の試み。ベゼルとそれを固定するビスを潔く省き、加えて太いラグを与えることで極薄時計に骨太さを加えてみせた。いわばモダンな極薄時計。手巻き(Cal.430MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KRGケース(縦44.6×横34.6mm、厚さ5.58mm)。30m防水。参考商品。
新しいディテールが時計を変えた3本のアイコニックピース。大きく進化した細部の造形はかつての定番、つまり誤解を恐れずに言うならば「ラグスポ」の潮流から残された「オヤジ時計」に、新たな装いをもたらしたのである。つまるところ、それが時計の世界における「クワイエットラグジュアリーの本質」なのではないだろうか?





