「タグ・ホイヤー カレラ アストロノマー」は、伝統的なカレラの3針レイアウトを踏まえながら、ムーンフェイズ表示を独自の方法で再解釈したモデルだ。本作でタグ・ホイヤーは、宇宙と関わるモデルの歴史という、ブランドに眠るもうひとつの系譜に光を当てている。

シルバーカラーとブラックで引き締めた、オーソドックスな配色のモデル。インデックスはアプライドだ。自動巻き(Cal.7+ムーンフェイズ)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。71万5000円(税込み)。
Text by Daniela Pusch
タグ・ホイヤー:写真
Photographs by TAG Heuer
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年3月号掲載記事]
© WatchTime Germany
Originally published in WatchTime Germany
Reprinted with permission.
新たな表現のムーンフェイズ
「タグ・ホイヤー カレラ アストロノマー」をほかの「タグ・ホイヤー カレラ」と差別化するのは、単にムーンフェイズ表示を組み込んだ点だけではない。この表示をどのように新たに解釈し、それをどう表現したのかという点にこそ、このモデルの価値がある。本作は、タグ・ホイヤーというブランドが天文モチーフへと立ち返ったことを示すと同時に、ムーンフェイズ表示を独自の方法で再構築した意欲作だ。この斬新な取り組みは、天文というテーマを打ち出したことも含めて、同ブランドの新たな方向性を提示している。

ローズゴールドカラーをアクセントに採用したモデル。ブレスレットの中央のコマにも同色が配されている。アラビア数字インデックスはアプライドされたものだ。自動巻き(Cal.7+ムーンフェイズ)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。108万9000円(税込み)。
タグ・ホイヤーはモータースポーツとの関係で知られているが、決して天文学と無関係であったわけではない。その一例として1940〜50年代の潮位計を備えた「ソルナール」が挙げられる。海面の高さである潮位は、月と太陽の引力によって変化するため、この腕時計も宇宙と関係があるのだ。そして、新作であるタグ・ホイヤー カレラ アストロノマーは、このモデルの意匠を引用しているように見受けられる。タグ・ホイヤー カレラでは珍しいアラビア数字インデックスや、6時位置の特殊なサブダイアルがそうだ。
ソルナールの誕生にまつわるエピソードは、まるで冒険小説の一節を彷彿とさせる。40年代末、ホイヤーは、当時アウトドア用品を扱っていた米国の小売業者アバクロンビー&フィッチ向けに腕時計を製造していた。ジャック・ホイヤーは自伝の中で、当時のマネージングディレクターであるウォルター・ヘインズが、ジャック・ホイヤーの父親に「潮の干満を表示できる腕時計を開発してほしい」と依頼したことを回想している。しかしジャック・ホイヤーの父親は、それをどのように実現すべきか皆目見当がつかなかった。解決策をもたらしたのは彼の物理教師であり、その助言は、精密であると同時に極めて異色な腕時計であるソルナールとして結実した。
ソルナールの成功は、潮位計を搭載したクロノグラフ「マレオグラフ」へとつながった。アバクロンビー&フィッチでは「シーファーラー」として、さらに後年には別のアウトドア系ショップであるオービスにより「ソルナグラフ」として販売されていた。これらのモデルは70年代まで販売が継続されたが、ソルナールは数年でホイヤーのラインナップから姿を消した。しかし70年代に入ると、まったく異なるデザインの「第2世代」ソルナールが登場し、再び息を吹き返すことになった。
タグ・ホイヤー カレラ アストロノマーは、カレラのDNAを踏まえながら、6時位置に配した大きなムーンフェイズ表示によって、従来とは異なる表情を獲得したモデルだ。3種類のバリエーションはいずれも、それぞれ固有のキャラクターを備えているが、直径39mmのケースは共通である。ケースは、ヘアラインとポリッシュ仕上げを巧みに切り替えることで、奥行きと構造感を感じられる作りである。
個性の異なるバリエーション

シルバーカラーの文字盤にブラックの分目盛りリング、そして同じくブラックのムーンフェイズ表示を呼応するように配したRef.WBX2110.BA0044は、抑えられた色使いから、クラシックな印象を与えるモデルだ。光を反射するサンレイ仕上げの文字盤に、ポリッシュされたアプライドインデックスがアクセントを添える。このモデルには、2025年に導入された、7連のビーズオブライスブレスレットが組み合わされている。クラシカルな印象を与える、装着感の快適なブレスレットだ。
同じくアプライドインデックスを採用したRef.WBX2111.BD0002は、より温かみのあるモデル。文字盤は同じくシルバーカラーだが、インデックスと針はローズゴールドのメッキが施されている。アクセントとなるローズゴールドカラーのリングは、水平線に昇る朝日を連想させ、印象に残る表情を生み出す。なお、このモデルにも金属製ブレスレットが付属する。
グレーを基調としたRef.WBX2112.FC6615は、3本の中ではやや異質なモデルである。そのひとつはインデックスがアプライドではなく、ミントグリーンのスーパールミノバである点だ。金属製ブレスレットではなく、グレーのカーフレザー製ストラップが付属する点も挙げられる。文字盤は、シルバーカラーのサンレイ仕上げであり、ムーンフェイズ表示部分は、分目盛りリングと同じグレーが塗布された梨地仕上げのものだ。また、月とムーンフェイズの針はミントグリーンで彩られ、インデックスと合わせられている。全体のバランスは良好で、筆者の目には、このモデルこそが最もバランスの取れた、完成度の高い1本として映った。

シルバーにグレーを基調とし、インデックスとムーンフェイズ表示内の月、そして時針、分針にライトブルーに発光するスーパールミノバを塗布したモデル。自動巻き(Cal.7+ムーンフェイズ)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。68万2000円(税込み)。
裏蓋の意匠
ねじ込み式の裏蓋には天文台のイラストがあしらわれており、文字盤側のムーンフェイズ表示と同じく、天文学との結び付きを象徴している。加えて、成功のシンボルであるビクトリーリース(勝利の冠)も刻まれており、これはタグ・ホイヤー カレラが受け継いできたモータースポーツとの結び付きを示す意匠と言えるだろう。

ムーブメントと操作性
本作はCal.7を搭載しており、パワーリザーブは約50時間だ。6時位置に配された大ぶりなムーンフェイズ表示は、ディスクが段階的に進む方式を採用しており、毎日午前1時に1目盛り分だけ進行する。コンパスの針を思わせる両端指示の針のうち、一方は月齢がサイクルの何日目にあたるのか、また視覚的に月がどのような形で見えるかを示す。もう一方の針は、新月、上弦、満月、下弦といった月相の区分を指し示す役割を担うものだ。
操作はリュウズの3ポジションで行う。第1ポジションでは、リュウズを時計回りに回すことで手巻き上げが可能。リュウズを引き出した第2ポジションでは、反時計回りに回すことでムーンフェイズ表示を調整できる。第3ポジションは、時刻調整に用いる。
タグ・ホイヤー カレラらしさを新たな方向性で解釈
タグ・ホイヤー カレラ アストロノマーは、カレラが受け継いできた均整の取れた視認性の高い3針レイアウトに、斬新なムーンフェイズ表示という従来とは趣の異なるディテールを組み合わせたモデルだ。タグ・ホイヤーというブランドが持つ宇宙との関係という歴史を、この表示によって現代的に示した点に、このモデルの存在意義がある。



