プロ入り前からリーダーシップと人間性の高さで知られ、選手としても監督としても千葉ロッテマリーンズを支えてきた井口資仁が、新生・侍ジャパンの指揮官に就任した。2028年ロサンゼルス五輪でのメダル獲得を誓った就任会見の日、井口新監督の腕元で静かな存在感を放っていたのは、1本のフランク ミュラー。30年前に選手として手にした銀メダルの先にある、指揮官としての戦いが今、始まった。

Text by Yukaco Numamoto
編集:土田貴史
Edited by Takashi Tsuchida
[2026年8月2日掲載記事]
史上初、メジャー経験監督誕生の舞台裏
侍ジャパン(野球日本代表)の監督は、プロ野球のコミッショナーや球団代表者らで構成される「侍ジャパン強化委員会」によって選ばれる。国際大会での経験や知名度、発信力など6つの要件を満たす人物が対象となるなか、今回選ばれた井口資仁(いぐち・ただひと)は、メジャーリーグ経験者として日本代表監督に就任する初めての人物となった。近年、メジャーで活躍する日本人選手が増え続けていることを踏まえれば、選手たちの経験に寄り添える指揮官であることは大きな強みになりそうだ。
2026年7月25日に行われた就任会見では、さっそく2028年ロサンゼルス五輪へ向けたコメントを求められた井口監督。メジャーでプレーする日本人選手にも参加を呼びかけ、彼らとともに侍ジャパンを引っ張っていきたいとの意欲をのぞかせた。30年前、選手として出場したアトランタ五輪で銀メダルを獲得した経験を持つだけに、「今度は監督としてメダルを」という言葉には並々ならぬ決意がにじむ。
プロ入り前から輝いていた実力派選手時代
中学3年時には全国大会に出場、国学院久我山高校では、2年の夏に西東京代表として甲子園に出場した(3年時は春夏とも出場を逃した)。それでも高校卒業時にはどの球団からも指名されなかったが、青山学院大学へ進むと、井口資仁の才能は一気に開花。1996年アトランタオリンピックの野球日本代表に選ばれ、銀メダル獲得に貢献。大学2年時には東都大学リーグ史上2人目となる三冠王に輝いた。また在学中には東都大学リーグの年間本塁打記録(12本)と通算本塁打記録(24本)も樹立している。
1996年のドラフト会議では福岡ダイエーホークスから1位指名を受け、契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1300万円(推定)でプロの世界に飛び込んだ。開幕当初は1番打者として起用されたが、その後は下位打線を任されることが多かったという。打率こそリーグ最下位に沈んだ年もあったが、本塁打はリーグ12位となる21本を記録し、「恐怖の9番」の異名を取った。
2000年には左肩を負傷し、手術を経て長期離脱を余儀なくされる。この年末に本名の「忠仁」から「資仁」へと登録名を変更し、気持ちを新たにしたことも奏功したのか、翌年には3番打者として定着。盗塁王のタイトルに加え、ベストナインとゴールデングラブ賞にも輝いている。
2004年には自由契約を選択し、MLB挑戦を表明。シカゴ・ホワイトソックスと2年470万ドルで契約すると、移籍1年目でリーグ優勝に貢献し、日本人4人目となるワールドシリーズ出場を果たした。そのままワールドシリーズ制覇にも貢献し、チャンピオンリングを手にしている。その後、フィラデルフィア・フィリーズ、サンディエゴ・パドレスを経て再びフィリーズに復帰。そして2009年に千葉ロッテマリーンズへ入団。2016年7月の時点でパ・リーグ最年長選手となり、翌年6月20日に現役引退を発表した。
引退後は指導者の道を歩み、2018年から2022年まで千葉ロッテマリーンズの監督を務めた。通算成績は324勝338敗30分(勝率.489)、最高順位はリーグ2位が2回。優勝経験こそまだないものの、若手の育成や采配面での手腕には定評があった。
ロッテ時代に生まれたフランク ミュラーとの縁
井口監督が指揮を執った最後のシーズンとなった2022年、千葉ロッテマリーンズはフランク ミュラーとスポンサー契約を締結した。母の日に着用するピンクユニフォームや球場演出、さらには「フランク ミュラーMVP賞」の新設など、両者はさまざまな取り組みを共同で展開してきた。
なかでもピンクユニフォームの導入にあたっては、井口監督自身がコメントを寄せている。「母への感謝や母との時間を改めて意識する母の日に、乳がん撲滅啓発に千葉ロッテマリーンズとしても少しでも協力したいという思いで、(今年も)特別なピンクユニホームを製作し、試合で着用することを決めました」と施策の狙いを語ったうえで、「マリーンズらしいスタイリッシュで斬新なデザインを検討したところ、時計作りを通して豊かな時間を提案しているフランク ミュラー様にもピンクリボン活動にご賛同いただき、フランク ミュラーの時計に用いられているビザン数字をユニホームに散りばめたデザインが完成しました」と、ブランドとの協働が生まれた経緯を明かしている。
単なるスポンサー契約にとどまらず、井口監督自身の言葉を通して両者の結びつきが語られてきただけに、井口監督自身もフランク ミュラーへの思い入れは強く、指揮官を退いた今も愛用し続けているのではないだろうか。
着用モデルは「ヴァンガード スリム スフマート」

井口監督が着用するのは、フランク ミュラー「ヴァンガード スリム スフマート」である。グレー、サーモン、オリーブの3色展開があり、いずれもジュネーブの自然と歴史が織りなす豊かな色彩と、柔らかな時の移ろいを表現している。
モデル名の“スフマート”とは、輪郭線を排し、光と影の柔らかな階調のみで立体感を浮かび上がらせる絵画技法のこと。「自然の中に直線は存在しない。すべては境界なく溶け合っている」という着想から生まれたこの技法により、文字盤の印象的なグラデーションが、目に見えない感情の揺らぎ――一瞬一瞬が美しい記憶へと変わっていく“時の感情”を描き出す。
サンレイ仕上げで視覚的な奥行きを持たせたうえで、文字盤の外周からエナメル塗料を吹き付け、幾重にも色彩を手作業で重ねるスフマート彩色を施す。20層にも及ぶエナメル塗装を経て、焼成と磨きを繰り返すことで、この奥行きある表情が生まれている。

自動巻き(Cal.FM708)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約35時間。SSケース(縦52.3mm×横42.5mm、厚さ約9.8mm)。日常生活防水。253万円(税込み)。
「ヴァンガード スリム スフマート」は、「ヴァンガード」譲りの力強いフォルムを継承しながら、ケース厚は従来モデルより2.8mmスリム化された。座右の銘に「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を挙げる井口監督らしく、着用する時計もどこかさりげなく、それでいて職人技の凄みを控えめに感じさせる一本を選んでいることがうかがえる。
さて、井口新監督にとって初陣となるのは、今秋開催の「ラグザス アジアプロ野球チャンピオンシップ2026」だ。さらに2027年秋に行われる第4回WBSC世界野球プレミア12でアジア最上位に食い込めば、2028年ロサンゼルス五輪出場の切符を手にすることになる。4年間のメジャー経験を存分に生かした采配で、新生侍ジャパンがどのような戦いを見せてくれるのか。井口監督が導く好発進に、大いに期待したい。



