デジタル移行への成果に見る、オークションハウス・クリスティーズの強さ

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2021.08.25

2021年に入ってから、オークションハウスのクリスティーズは、拠点であるドバイ、ニューヨーク、ジュネーブ、香港において展示会を計画的に取り入れつつ、オンラインによる時計のセールスを伸ばしてきた。コロナ禍が新時代の到来を加速させる中で、彼らはオンライン化についてどのような戦略的考察を手に入れているのだろうか。「ヨーロッパスター」発行人/編集長のセルジュ・メイラードによるインタビューのもと、その答えに迫る。

アライン・シラ-ウォルバウム

インタビューに答えてくれたのは、オンラインオークションに消極的だった人々の顕著な変化を見つめてきた、クリスティーズ・ラグジュアリー部門グローバルマネージングディレクターのアライン・シラ-ウォルバウム。
Originally published on EUROPA STAR
Text by Serge Maillard
2021年8月25日掲載記事

約10年にわたり、リアルとオンラインの効果的な組み合わせを模索してきたクリスティーズ

 コロナ感染拡大にもかかわらず、クリスティーズは2021年に意欲的な年間スケジュールを作成した。3月から6月にかけて、ドバイ、ニューヨーク、香港、ジュネーブで10以上もの時計販売を企画したのだ。これらのイベントの特徴はほとんどが2週間以上に及ぶオンラインイベントであることと、出品された時計の現地での展示会が行われることだ。

 この野心的なプログラムは中東から幕を開けた。3月24日から4月8日にかけて開催された、100%デジタル販売の「ザ ドバイ エディション」である。この24時間稼働のウォッチセールスは、それまで開催された同種のオンライン販売では最大規模のものであり、約200点が出品された。そしてその期待に応え、37カ国から入札者が集まり、落札価格は総額で1400万USドルを超える結果となった。

 販売のトップを飾ったパテック フィリップの「スカイムーン・トゥールビヨンRef.5002」は159万USドルで落札された。これは中東のオークションで販売された最も高額な時計として、またクリスティーズのオンラインオークションで落札された最も高額な時計として、ふたつの新記録を同時に達成した。

スカイムーン・トゥールビヨン Ref.5002

2021年3月24日から4月8日にかけて行われた「ザ ドバイ エディション」で、トップセールスを飾ったパテック フィリップのスカイムーン・トゥールビヨン Ref.5002。159万USドルで落札された。同オークションは総額1412万250USドルの落札を記録した。

 これらの結果は、コロナウィルス感染拡大でデジタルへの移行が加速している今、クリスティーズのデジタル戦略の正しさを裏付けているようだ。実際、クリスティーズは印刷された紙のカタログを徐々に廃止し、デジタルコミュニケーションに移行していくことを決定した。4月から5月にかけて香港とニューヨークで開催されたオンライン販売は、クリスティーズのデジタル化と時計の攻勢における次のマイルストーンとなった。しかし、クリスティーズはリアルでの販売から撤退したわけではなかった。5月22日、重要なライブセッションが香港のコンベンション&エキシビションセンターで開催され、「レジェンド オブ タイム」というテーマのもと、わずか18の魅力的なロットがオークションにかけられ、クリスティーズの時計オークションにおける過去最高の売り上げを記録した。

アラン・バンベリー

2021年5月22日、香港「レジェンド オブ タイム」において、375万9755USドルで落札されたパテック フィリップのRef.3448「アラン・バンベリー」。このオークションは昼の部と夜の部で構成された単日で行われ、売り上げ総額は3485万855USドルを記録した。これはアジアにおける時計オークションでは最高額、そしてクリスティーズの時計オークションでも過去最高の売り上げとなった。

 クリスティーズのこの指針をまとめてきたのが、ラグジュアリー部門(ジュエリー・時計・ワイン)のグローバルマネージングディレクター、アライン・シラ-ウォルバウムである。長期的な戦略的考察の成果を手にした彼女に、インタビューを行った。


クリスティーズのデジタル移行に関するインタビュー

「他のコレクターズアイテムと比較して、時計について特徴的なのは、リアルとオンライン、どちらも顧客層のプロフィールに大きな違いがないということ」

ヨーロッパスター:ドバイで行われたオンラインウォッチオークションでは、1400万USドルを超える売り上げを達成しましたね。リアルとオンラインのそれぞれの役割は、今後どのように進化していくとお考えですか?

アライン・シラ-ウォルバウム:驚かれるかもしれませんが、私たちが初めてオンラインオークションを開催したのは、今から10年前の2011年でした。それはニューヨークで開催されたエリザベス・テイラーのジュエリーの大規模な回顧展に合わせたものでした。貴重なジュエリーコレクションのほかに、セイコーの小型クロックラジオなど、テイラーが所有していた日常的なアイテムもオークションに出品しました。これらの商品は、インターネットでの販売を試みることにしました。100万USドル程度の収益を見込んでいましたが、最終的に約1100万USドルを記録しました。10年も前、このようなオンラインの驚くべき結果を得た私たちは、時代の先駆けだったでしょう。少しずつ種が芽吹いていきましたが、完全に考え方を変えていくには時間がかかりました。もうすでにうまくいっている方法を変えようというのですから。まず、社内スタッフにオンライン販売の妥当性を納得してもらう必要がありました。また、オンライン販売が実店舗の売り上げを犠牲にするものではなく、補完関係にあるものだということを理解し、安心してもらわねばなりませんでした。社内での根気強い取り組みと、定期的に新しいデジタルツールを開発してきたおかげで、パンデミックが発生してもすぐに対応することができました。

ヨーロッパスター:クリスティーズのコロナ禍への対応について教えてください。

アライン・シラ-ウォルバウム:リアルでの販売ができなくなったことにより、短期的な代替手段がなくなった中、スタッフと顧客の両方がデジタルへの転換を加速させました。それは驚くような変化で、特にリアルな場で実物を見ることに強いこだわりを持っていた顧客層において顕著でした。私たち自身が過去10年間で理解してきたように、多くのお客様が、デジタル販売は第2の選択肢ではなく、それ自体に価値があることを理解していました。

ヨーロッパスター:オンラインビジネスへの移行を具体的な数字で教えてください。

アライン・シラ-ウォルバウム:2021年に入ってからのオンラインでの販売統計を見てみると、約40%がすでにオンラインショッピングに適応していた既存顧客、約40%が新規顧客で、そしてここが非常に面白いところなのですが、残り約20%は顧客リストに名前があったけれどもオンラインでの購入履歴の無い顧客でした。ここではっきりと分かるのは、大部分の人たちが「以前のやり方」で革新的なものに抵抗するのは意味がないと理解しているところです。つまり顧客と私たちにとって本当に重要なのは、どのような販売チャネルかということよりも、オークションにかけられる品と、そしてそれを取り巻く情熱なのです。

「オンライン化に伴う情報過多の中で、オークションハウスのキュレーターとしての役割を際立たせることができる」

ヨーロッパスター:ブロックチェーン上で完全にバーチャルなアート作品、つまりNFTの作品を見ることができるようになりましたが、その中には時計も含まれています。この現象についてはどう思われますか?

アライン・シラ-ウォルバウム:そこに芸術的意図がある限り、対象物が現実世界のものでも仮想世界のものであっても、またユニークピースでも複製可能なものであっても、アートについて語ることができるでしょう。ビデオアーティストが登場したときも、同じような議論があったと記憶しています。特に現実世界では実現不可能なものの場合、「元から」デジタルな芸術作品があってもいいのではと思います。例えば、マイク・ウィンケルマンの「Beeple, Everydays: The First 5000 days」(2021年、クリスティーズにおいて6900万USドルで落札されたNFT作品で、暗号通貨で支払いがなされた)は、5000枚ものデジタル画像をコラージュしたものです。ただ、その作品を創造したのは人間です。人工知能が作成した作品は、もっと破壊的になると思います。

ヨーロッパスター:インターネットによって空間と時間の垣根が取り払われました。それでもまだ一定の距離間を保った販売には意味があると思われますか? またクリスティーズは今後も永続的にオンラインで時計販売を行っていくのでしょうか?

アライン・シラ-ウォルバウム:オンライン販売の増加に伴い、ある意味ではすでにこの道を進んでいます。2021年はすでに、香港、ドバイ、ニューヨークでの販売を行ってきました。実際のところ、私たちの販売カレンダーは、夏季を除いてどんどん忙しくなっています。とはいえ、Eコマースが永続的な販売プラットフォームになるとは思っていません。このモデルは、むしろ「加速した瞬間」の一形態です。時間的制約のある販売の機会に比べ、参加できる顧客も増えていくと思います。これにより、興奮と関心が生まれ、私たちは展示会や販売をより広く構成することができます。私たちはすべてを「一括して」提供するのではなく、溢れるような情報の中でも顧客を迷子にさせぬよう展示会を企画運営していきます。私たちのキューレーターとしての役割は、より本質的な意味を持っていきます。

ヨーロッパスター:リアルの販売では、例えば、すべてが可能な最後の数秒間で入札者が激しく価格を競り合うことで、驚くような記録が生まれる瞬間があります。このような興奮は、オンラインで2週間かけて行われる販売でも再現可能なのでしょうか?

アライン・シラ-ウォルバウム:おっしゃる通り、リアルでのセールスの成功の鍵のひとつは、まさに「今、ここで」の決断が必要なことにあります。アリババの洞窟の扉はいつも開いているわけではありません、そうでなければ価値を失ってしまいます。これこそが、私たちがリアル販売の価値を今でも強く信じている理由のひとつです。同時にインターネット上でもこの状況が見られます。たとえセールスが15分ではなく2週間かけて行われたとしても、最後の瞬間はライブと同じように盛り上がることがあるのです。締め切り直前に集中した入札が織りなす、いわば注射器やスポイトのような「シリンジ」効果ですね。

ヨーロッパスター:時計販売のデジタル化は、他の蒐集品のカテゴリーと何か違うところはありますか?

アライン・シラ-ウォルバウム:時計の分野で非常に特徴的なのは、リアルでの購入者とオンラインでの購入者のプロフィールに大きな違いがないことです。どちらも80%以上が男性で、平均年齢も47~48歳とほぼ同じです。過半数の年齢層はどちらも34~45歳です。また、55歳~64歳の方が25歳~34歳の方よりも多くのシェアを占めており、これはオンライン販売でも同様です。75歳以上の方も、デジタル販売に積極的であることが分かります。ジュエリーなどの他のカテゴリーでは、その差はもっと大きく、オンラインユーザーの年齢も低い。時計愛好家は、年齢に関係なく、オンライン化が進んでいるようです。つまるところ、インターネットは新規顧客を獲得するための強力なツールであり、オークション毎に参加者の40%以上を占めています。世界的に見ても、大きな可能性を秘めています。北京にはニューヨークを凌ぐ億万長者がいます。新たな財産が生み出されており、私たちの使命は、消費から蒐集までのお手伝いをすることにあります。

モデルA

2021年4月16日から26日にかけてニューヨークで行われた「レア ウォッチ」の落札総額は782万6250USドルを達成した。この数字を牽引したのは「モデルA」として知られる1919年に作られたカルティエのミステリークロックの初期モデルで、56万2500USドルで落札された。

Ref.605

2021年5月7日から18日にかけてジュネーブで行われた「レア ウォッチ」の落札総額は2300万スイスフランを超えた。このオークションのハイライトに、117万スイスフランで落札されたパテック フィリップRef.605 HU(Heure Universelle)がある。ルイ・コティエのワールドタイム・システムを採用した最初のモデルのひとつであり、現在世界で4本しか存在が確認されていない、北アメリカの地図が七宝焼きで描かれた文字盤を備えた懐中時計である。


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