なぜ今、ブレゲ「マリーン」なのか?その実力の全貌を明かす(後編)

FEATURE本誌記事
2021.10.05

2017年の複雑時計を前置きにして翌年から本格的にスタートした新しい「マリーン」。第3世代となる現在のコレクションは、海をめぐるストーリーを鮮明に打ち出しながら、時計技術やデザイン、装飾仕上げのすべてにブレゲの持ち味が発揮され、スポーティーなラグジュアリーウォッチのフラッグシップとして存在感を示す。

なぜ今、ブレゲ「マリーン」なのか?その実力の全貌を明かす(前編)
https://www.webchronos.net/features/70380/
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2021年11月号]


均時差表示を搭載した「マリーン」の革新性

「マリーン」の新世代コレクションに先立って発表された「マリーント ゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887」。ケースやダイアルに取り入れられた斬新なデザインと並んでセンセーショナルだったのは、トゥールビヨンや永久カレンダーと連動する均時差表示を腕時計に盛り込んだ超薄型複雑時計であったことだ。それはまた、腕時計のサイズで実現したマリンクロノメーターとも呼べるものであった。

マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887

円環状のペリフェラルローターのおかげで完璧に見通せる開口部から、ブレゲの技術的記念碑と呼べるトゥールビヨン機構と均時差カムが姿を見せる。1分間で1回転するトゥールビヨンと、1年の均時差をなぞるふたつの精巧なメカニズムが目を楽しませてくれる。

マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887

 2017年にデビューを飾った「マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887」は、ブレゲの歴史遺産の中で最も重要な部分に焦点を当て、腕時計でそれを表現した傑作である。主役を演じるトゥールビヨンと永久カレンダー連動均時差表示は、いずれもアブラアン-ルイ・ブレゲの発明に由来するオーセンティックな複雑機構だが、現代のブレゲは、先端技術を駆使してこれらをさらに革新的な機構へと進化させた。

 まずトゥールビヨンは、固定4番車とカナによる古典的な回転機構を廃し、キャリッジが外周から動力を得て回転する新たな仕組みに替えて、構造自体の薄型化を図った。キャリッジにチタンを用いるなど、最先端の現代的なトゥールビヨンへと進化しているが、それと同時に注目すべきは均時差の機構だ。均時差とは、実際の太陽に基づき年間を通じて変動する真太陽時と、その変動を平均化した平均太陽時との差を意味する。通常の時計が用いるのは平均太陽時で、真太陽時とは、年間を通じて最大約15分前後のプラス/マイナスの開きがあり、両者が一致するのは1年でわずか4日しかない。

マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887

マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887
ダイアルの4時から5時位置にトゥールビヨンと均時差カムを配置。永久カレンダーの日付は、トゥールビヨンとの重なりを避け、ダイアル上半分でレトログラード針が表示する。また、太陽のモチーフを付したランニング・イクエーションの針によって真太陽時における分を表示。ムーブメントには彫金で羅針図や戦艦ロワイヤル・ルイを描く。自動巻き(Cal.581DPE)。57石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。Pt(直径43.9mm、厚さ11.75mm)。10気圧防水。2743万4000円(税込み)。

 このモデルでは、この均時差を制御するカムをトゥールビヨンの上に重ね、開口部からそれが見えるという絶妙な設計が施されている。楕円の均時差カムは、アブラアン-ルイ・ブレゲ時代の最高傑作に数えられる超複雑時計「マリー・アントワネット」の同機構をまさに連想させるものだが、この均時差カムをなぞるフィーラーの情報が太陽のモチーフを先端に付した分針に伝わり、常時動き続けるもう1本の分針によって真太陽時がいつでも直接読み取れる仕組みになっている。この真太陽時の分針と平均太陽時を表示する通常の分針が示す時間差が均時差に相当するわけだ。現代の複雑時計で均時差を目盛りで示すものは若干あるが、このようなランニング・イクエーションと呼ばれる方式はほとんど見当たらず、トゥールビヨンも併せ持つ腕時計ともなると、他にはないだろう。

 均時差の把握は、古くから航海術において非常に重要なものだった。船に搭載する時計が示す平均太陽時と実際の天測による真太陽時を比較して厳密な計算を行わないと、海上で船の位置を正確に割り出すことができないからだ。経度委員会のメンバーに名を連ね、フランス王国海軍時計師の称号を授かり、マリンクロノメーターの製作で活躍したアブラアン-ルイ・ブレゲは、この均時差と航海術に強い関心を抱いていた。現代の「マリーン」は歴史を称えて考案されたコレクションなのだが、この「マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント 5887」では一段とそれが明瞭に示され、均時差と複雑機構に明確な意味付けをしながら、ひとつの時計から壮大なストーリーを紡ぎ出したところに大きな価値がある。

 さらに搭載するキャリバー581DPEは、これらの複雑機構を搭載しながらも、自動巻きにペリフェラルローターを用いた超薄型で、ケース厚は11.75mmを実現。これは「マリーン」の自動巻き3針モデルの11.5mmにほぼ等しい。さらに、毎時2万8800回の高速振動で約80時間のパワーリザーブを誇る。また、ダイアルの波模様と同様にムーブメントの装飾仕上げも、テーマは海と航海。香箱には羅針図、ブリッジにはかつてのフランス海軍の戦艦ロワイヤル・ルイの姿が手作業の彫金で精密に描かれ、海をめぐるストーリーは終わりなく続く。


外観はもちろん、ムーブメントの設計までもハートフルに

ブレゲは2019年に女性用のコレクションとして「マリーン レディ」を発表した。約34mmの小ぶりなケースは、メンズモデルと同様にセンターラグが特徴的な独特のデザインを採用し、自動巻きムーブメントを搭載する。際立った特徴は、レディスウォッチの美しいフェイスを演出するマザー・オブ・パールやラッカーのダイアル、そして新世代「マリーン」では初となるステンレススティール製ケースの採用とダイヤモンドのセッティングだ。

マリーン レディ 9517/9518

(左)マリーン レディ 9518
ローズゴールドとホワイトゴールドのケースに50個、ステンレススティールケースに60個のダイヤモンドをセットしたベゼルを組み合わせ、フェミニンな表情をエレガントに引き立てる。自動巻き(Cal.591A)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KRG(直径33.8mm、厚さ9.89mm)。5気圧防水。414万7000円(MOPダイアルモデル)。
(右)マリーン レディ 9517
新世代「マリーン」コレクションでは唯一ステンレススティールのケースが用いられ、レディスウォッチのみで展開するのが「9517」モデル。ダイアルは、新しい波模様の「マレア」をギヨシェ彫りしたホワイトマザー・オブ・パールと、マーブル模様のブルーラッカーの2種類。自動巻き(Cal.591A)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径33.8mm、厚さ9.89mm)。5気圧防水。201万1000円(ラッカーダイアルモデル)。

マリーン レディ 9517/9518

 2019年にデビューを飾った「マリーン レディ」は、前年に発表された3種類のメンズウォッチと同様に、海のテーマに基づくものだが、前作の単なるレディスバージョンではなく、新世代「マリーン」にまた別の世界を開拓している。約34mmのケースは、ローズゴールドとホワイトゴールドに加え、今回のコレクションではメンズのチタンに代わって初めてステンレススティールを採用し、さらにはゴールドモデルと同様にダイヤモンドをセットしたプレシャスなステンレススティールモデルもラインナップしている。ブレゲの代表的なレディスウォッチといえば、優美な楕円形の「クイーン・オブ・ネイプルズ」が有名だが、それとはまた違ったスタイルで現代的なスポーティーエレガンスを追求する「マリーンレディ」は、レディスの新しいアイコンとして早くも注目を浴びている。

マリーン レディ 9518

マリーン レディ 9518
(右から)SS、ブルーラッカーダイアル、246万4000円(税込み)。18KWG、MOPダイアル、414万7000円(税込み)。どちらも自動巻き(Cal.591A)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径33.8mm、厚さ9.89mm)。5気圧防水。

 レディスウォッチにとって最も重要なのは「端正な顔立ち」にほかならないだろう。ブレゲは「マリーン レディ」のダイアルにふたつの異なる顔を用意した。ひとつは、海から浜辺に打ち寄せる波を描き出す「マレア」と称するオリジナルのモチーフだ。ブレゲは、このモチーフをダイアルとムーブメントのローターにセットされたマザー・オブ・パールに彫り込むために、ギヨシェ彫り機に特殊なカムを製造した。そしてもうひとつは、泡立つ海の渦巻きを表現したブルーラッカーダイアル。青い材料の上に液体の透明ラッカーを施し、それらが自然と混ざり合ってふたつと同じものがないマーブル模様が生まれ、ダイアルにかつてない格別な美しさがもたらされた。マザー・オブ・パールとラッカー、いずれのダイアルも、その端正な顔立ちを引き立て、表情を一段と明るく輝かせるのは、ベゼルにセットされたダイヤモンドだ。

 ブレゲにおいてはレディスウォッチについてもムーブメントは基本的に機械式である。新しい「マリーン レディ」に組み込まれているキャリバー591Aは、「クラシック」コレクションの各種モデルにも以前から用いられてきた、旧レマニアのキャリバーをベースにして改良を重ねた自動巻きムーブメントだ。一方向回転式の自動巻き機構は、腕の動きが比較的少ない女性でも高い巻き上げ効率が期待される。また、脱進機やヒゲゼンマイにシリコン素材が用いられているため、時計がバッグの留め具の磁石に触れても磁気帯びの心配がないという、優れて実用的なムーブメントなのである。

マリーン レディ 9518

自動巻きムーブメントのローターにセットしたマザー・オブ・パールにも、浜辺に打ち寄せる波をイメージしたブレゲのオリジナル模様「マレア」をギヨシェ彫り。さらに、ローターの縁にはダイヤモンドをセッティング。機械式ムーブメントが穏やかな表情に変わり、女性にアピールするフェミニンな魅力を生み出している。


正確無比なダイヤモンドセッティングに見るブレゲの超絶技巧

海のテーマをポエティックに表現したモデルが、地中海に生息する貴重な海草種をモチーフにした「ポセイドニア」。マザー・オブ・パールと宝石を組み合わせたダイアルやケースを埋め尽くす豪華なダイヤモンドが、ハイジュエリーウォッチならではのプレシャスでラグジュアリーな世界へと誘う。ブレゲはメカニズムのみならず、ジュエリーのテクニックでも傑出した存在であることを証明している。

マリーン ハイジュエリー 9509 ポセイドニア

マリーン ハイジュエリー 9509 ポセイドニア

 ブレゲは、最高峰の複雑時計のみならず、絢爛豪華なジュエリーウォッチでも名声を築く存在だ。実際、ブレゲのコレクションには、マニュファクチュールのジュエリー職人が究極のテクニックを駆使して作り上げた至宝が数多く含まれている。

 その技量を新世代「マリーン」で存分に発揮したのが「ポセイドニア」と名付けられたハイジュエリーウォッチである。地中海の海底に生息し、海の生態バランスに不可欠な海草とされるポシドニア・オセアニカをモチーフにしたダイアルは、背景をマザー・オブ・パールのマルケトリで作り、揺らめく海草は、ダイヤモンドやブルーをはじめとする各色のサファイア、アメシスト、ツァボライトなどで演出。ダイアルと同様に、カラーストーンのグラデーションを効果的に生かしたベゼルのレインボーも比類なく美しい。

マリーン ハイジュエリー 9509 ポセイドニア

ベゼルはバゲットカットダイヤモンドの間にトリリアントカットダイヤモンドを配して12時間を示すインデックスにアレンジ。またケースサイドのフルート装飾(コインエッジ模様)もバゲットカットダイヤモンドとホワイトゴールドによって巧みに表現している。

 この「ポセイドニア」は、およそ目に入るあらゆる部分が宝石で装飾されている。オールダイヤモンドのモデルでは、海草のモチーフが85個のダイヤモンドで構成されているが、これらは海草の不規則なカーブに合わせてひとつひとつが巧妙にカットされている。そして、ダイアルを取り巻くベゼルやブレゲのシグネチャーであるケースバンドのフルート装飾、ラグに合計123個のバゲットカットダイヤモンドがセットされ、リュウズやバックル、自動巻きムーブメントのローターもダイヤモンドで装飾されているから豪華この上ない。

 こうした、宝石の素晴らしい輝きを支えるのがジェムセッティングという石留めの技術で、このモデルではバゲットカットの宝石にインビジブルセッティングが駆使されている。石留めの爪が見える一般的なセッティングとは異なり、それを見せないインビジブルセッティングは、デザインに合わせた宝石のカッティングはもとより、宝石全体が歪みなく滑らかに連続する隙間のないセッティングを行うために、ジュエリー職人の極めて高度な技量が求められる。このインビジブルセッティングではまた、宝石の土台となるホワイトゴールドが見えず、ダイアルの海草モチーフやベゼルなどが、まるで宝石そのもので作られているかのような印象を生み出すメリットもある。

「ポセイドニア」には、フルダイヤモンドのモデルに加え、ルビー、ブルーサファイア、エメラルドを効果的に配してレインボーカラーを演出した3種類のモデルも用意され、いずれもポエティックな色合いが神秘的な海の世界へと誘う。

マリーン ハイジュエリー 9509 ポセイドニア

マリーン ハイジュエリー 9509 ポセイドニア
バゲットカットの宝石が異なる4種類。(右から)すべてがダイヤモンドのモデル、3292万3000円(税込み)。ルビーをメインにダイヤモンドとサファイア各色を用いたモデル、3049万2000円(税込み)。ダイヤモンドとサファイア各色を用いたモデル、3049万2000円(税込み)。エメラルドをメインにツァボライト、ダイヤモンドとサファイア各色を用いたモデル、3292万3000円(税込み)。すべて自動巻き(Cal.591C)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWG(直径35.8mm、厚さ10.46mm)


Contact info: ブレゲ ブティック銀座 TEL:03-6254-7211
www.breguet.com


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