なぜ今、ブレゲ「マリーン」なのか?その実力の全貌を明かす(前編)

FEATURE本誌記事
2021.10.04

2017年の複雑時計を前置きにして翌年から本格的にスタートした新しい「マリーン」。
第3世代となる現在のコレクションは、海をめぐるストーリーを鮮明に打ち出しながら、時計技術やデザイン、装飾仕上げのすべてにブレゲの持ち味が発揮され、スポーティーなラグジュアリーウォッチのフラッグシップとして存在感を示す。

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文
Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2021年11月号]

(左)ゴールドモデルに採用された波模様の装飾は、一見ランダムに思えるが、ギヨシェ彫りの専門職人が手動機を使ってひとつひとつ正確に製作したもの。
(中)新型ブレスレットのバックルは、張り出しが抑えられ、使いやすさとともに美観も演出する。
(右)ケースバックから見えるムーブメントのフリースプラングテンプは、ブレゲではもはや標準仕様と呼べるシリコン製ヒゲゼンマイを装備し、磁気帯びのリスクを避けられる。

 1990年の初代から数えて第3世代にあたる「マリーン」は、海をテーマにしたコンセプトをこれまで以上に鮮明に打ち出し、デザインやメカニズムにそれを反映させている。海といえば、多くのラグジュアリースポーツウォッチがインスピレーション源としてきたが、ブレゲのアプローチが異なるのは、創業者アブラアン-ルイ・ブレゲ以来、海の世界と密接に関係してきた自社の歴史的な背景に基づきながら、最新の技術を投入して革新を進めてきた点だ。

 現在の「マリーン」は、自動巻き3針、クロノグラフ、アラームGMTの3種類を軸に、複雑時計、女性用モデル、ハイジュエリーウォッチを展開する。まず、全モデルのムーブメントに共通するのは、核心部を成す脱進機やヒゲゼンマイに、磁気帯びせず、耐久性に富むシリコン素材を用いていることだ。ブレゲは、このシリコン素材を2000年代から投入し、その先駆者として歩んできた。電化製品や強力な磁気に囲まれた現代生活では、腕時計が磁気帯びして悪影響を与えられるリスクが高いが、シリコン素材を採用する腕時計にはその心配がない。

 またテンプに関しては、衝撃への耐性の点で有利なフリースプラングを採用し、これと組み合わせたテンワの慣性スクリューで繊細な緩急調整を可能にしている。さらに「マリーン」では、シンプルな3針からトゥールビヨンまで、すべてが自動巻きで、毎時2万8800回の高振動を採用し、外乱に強く、安定した高精度を維持するハイビートのメリットを生かしている。活動的なライフスタイルで日常的に着けるスポーティーな腕時計の場合、ムーブメントの信頼性が何より重要だが、それを十分考慮して高度な技術を投入したブレゲのこうしたムーブメントには安心感がある。

(左)装着感に優れるしなやかなブレスレット。3連リンクは裏面のスクリューで連結され、ブレスレットを各パーツに分解することも可能だ。
(中)ムーブメントのテンプは、衝撃への耐久性の点で有利なフリースプラングを採用。精密な緩急調整はテンワに備えられた4つの慣性スクリューを出し入れして行う。
(右)幅が広い立体的なブロックのローマ数字には蓄光が施され、蓄光塗料を充填した新型のブレゲ針とともに暗所や夜間で優れた視認性を発揮する。

 ムーブメントだけでなく、統一感をもってデザインされた外装にも「マリーン」の魅力を語る要素がふんだんに盛り込まれている。ダイアルでは、手動のギヨシェ彫り機で施された波模様のモチーフ、ブレゲのイニシャル「B」を海洋信号旗のアルファベットで表現した秒針のカウンターウェイト、そしてまったく新しいローマ数字を配したチャプターリングだ。ブレゲのクラシカルなデザインコードのひとつに数えられるローマ数字は、幅が広い立体的なブロックに置き換わり、数字のラインに蓄光がたっぷり施された。これらのローマ数字は、同じく蓄光を充填した新型のブレゲ針とともに、暗所や夜間で優れた視認性を発揮するが、この点もまた、活動的なライフスタイルで場面を問わず実用的に使えるスポーティーな腕時計の要件を満たす。

 さらに、斬新なセンターラグとシリンダー状のバーに連結されたブレスレットにも「マリーン」の強みが見て取れる。ブレスレットは、スポーティーな腕時計にとって必要不可欠なエレメントである。単なる腕への固定具ではなく、それ自体に優れたデザインや機能性が求められるからだ。「マリーン」の新型ブレスレットは丸みを帯びた3連のリンクで構成され、しなやかな可動が快適なフィット感を生む。また、3連の中央のリンクの裏面に連結スクリューが配され、これを解除すればブレスレットが完全に分解できるという仕組みにもなっている。バックルの幅や厚さもブレスレットのリンクに合わせており、すっきりした印象をもたらす。ここにも実用性と高級感の見事なバランス感覚が息づいている。


心地よい装着感をかなえる絶妙なプロポーション

現在のブレゲのコレクションのほとんどが、初代アブラアン-ルイ・ブレゲが活躍した時代の特徴的なデザインや機構、あるいは歴史的な業績に結び付く。1990年に誕生した「マリーン」コレクションもそのひとつだ。
2018年にはダイアルからケース、ブレスレットに至るまで、フルモデルチェンジを果たした第3世代が登場。海をイメージさせる新鮮なスポーティールックが存在感を放ち、独自のラグジュアリー感を演出する。

2021年にコレクションに加わった新作は、ローズゴールドのケースにスレートグレーのダイアルを組み合わせたモデル。ケース厚を11.5mmに抑え、良好なフィット感をもたらす。
自動巻き(Cal.777A)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRG(直径40mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。341万円。

MARINE 5517

 創業者であるアブラアン-ルイ・ブレゲのマリンクロノメーターにおける偉業に始まり、後に20世紀半ばまで続くことになるブレゲ社とフランス海軍との密接な関係を背景にして考案された「マリーン」コレクションは、1990年にスタートした。

 第1世代「マリーン」は、ブレゲの最もアイコニックな「クラシック」コレクションのデザインを基本的に継承しながら、防水性を高めたケースや自動巻きムーブメント、あるいはブレスレットのデザインなどで特色を打ち出すものの、スポーティーな時計としての個性は控えめだった。そうしたイメージを変えたのが、2004年に発表された「マリーンⅡ」と通称される第2世代。ステンレススティール素材やラバーストラップの導入をはじめ、細部まで行き渡る力強い造形などを通じて「マリーン」は初めて大胆なスポーティールックを主張する個性的な時計へと進化を遂げたのである。

(左)創業者アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)が1815年にフランス国王ルイ18世から王国海軍時計師の称号を授かり、マリンクロノメーターのサプライヤーという栄誉を手に入れる。現在のブレゲ社が保有する歴史的なマリンクロノメーター「No.3196」
(右)は、1822年にフランス海軍省に納品されたものだ。その後、彼自身と子孫は商船用のマリンクロノメーターの製作でも業績を残し、後のブレゲ社もフランス海軍向けに精密機器の納入を1960年代まで続けた。

 

10年余りを経て、2018年に誕生した現在の第3世代は、第2世代がそうであったように、以前とは様相を異にするデザインを採用してコレクションの一新を図った。まさにフルモデルチェンジと呼ぶにふさわしい劇的な変化である。

 ブレゲはまず「マリーン トゥールビヨンエクアシオン マルシャント 5887」を2017年に発表して新世代「マリーン」のプレビューとした。この複雑時計のケースとラグの構造、波模様のギヨシェ彫りダイアルなどが、新たに登場するモデルの重要なデザインコードとなった。

 最もベーシックな自動巻き3針モデルからまず始めよう。外装素材は基本的に18Kゴールドかチタン。直径40㎜、厚さ11.5㎜のケースは、サイズとしては人気を博した「マリーンⅡ ラージデイト」に近く、ケース側面のコインエッジ装飾や波模様のリュウズガードも前作に準じるが、何より決定的に異なるのは、ケースから突き出すフラットなセンターラグと船の航路標識から着想したというシリンダー状のバーだ。ひと目で見分けられるインパクトもさることながら、この新しい固定方式によってケースとストラップ、もしくはブレスレットが密接し、腕に装着したときに良好なフィット感をもたらすところがなんとも秀逸である。

マリーン 5517

マリーン 5517
(左から)波模様のギヨシェ彫りを施したブルーダイアルの18KWGケースモデル、レザーストラップ、341万円。
スレートグレーダイアルを配したチタンケースモデル、レザーストラップ、206万8000円。
新たにブルーダイアルを採用したチタンケース&ブレスレットモデル、237万6000円。
すべて自動巻き(Cal.777A)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。直径40mm、厚さ11.5mm。10気圧防水。

 ベゼルを細くして表示スペースを広く確保したダイアルも新しい。ローマ数字を用いている点ではクラシカルだが、数字の線に蓄光塗料を施したアプライドインデックスは極めてモダン。有名なブレゲ針もオリジナルの形状を残しながらも本来丸く抜けた部分にやはり蓄光塗料を施して別物に変身。秒針のカウンターウェイトにブレゲのイニシャル「B」を海洋信号旗のアルファベットでかたどったモチーフを配置するのも凝った演出だ。さらにゴールドモデルは、手動ギヨシェ彫り機でゴールドのプレートに波模様が刻まれ、ダイアルも独特の味わいを醸す。

 随所にブレゲらしい個性を反映しながら、どれひとつとして以前と同じものがない、それが新世代「マリーン」の新鮮たるゆえん。ムーブメントも同様だ。シリコン素材を脱進機とヒゲゼンマイに用いた最先端の新型キャリバーで駆動し、安定した高性能を実現する。