ブレゲ「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」ブルーが強調するシンメトリーというアイコン

FEATURE本誌記事
2022.09.15

時計愛好家が好む話題のひとつに、何がブレゲらしさなのか、がある。トゥールビヨンなのか、自動巻きのペルペチュエルなのか、あるいは精緻なギヨシェ文字盤やブレゲ針なのか? どれも正しいが、多くの人が見落としている条件に、シンメトリーなデザインと、かつてない色使いがある。ブレゲらしさが横溢したトラディションに加わったのは、これまたブレゲらしい、青を強調した新作である。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年9月号掲載記事]


デザインと色使い、200年を経て変わらぬブレゲというスタイル

トラディション トゥールビヨン・フュゼ

 アブラアン-ルイ・ブレゲという時計師は、機構はもちろん、デザインでも時計の在り方を変えた傑物だった。言わずと知れた「ブレゲ針」の発明に加えて、コインエッジやギヨシェ文字盤といったディテールは、明らかにブレゲが時計業界に普及させたものだった。彼に学んだ時計師たちがこぞってブレゲの意匠に倣い、そこに「エレーヴ・ド・ブレゲ(ブレゲの弟子)」と刻んだのは当然だろう。

 そんな「弟子」のひとりに、スウォッチ グループを率いたニコラス G. ハイエックがいる。もちろん彼は、ブレゲ自身に学んだわけではない。しかし、ブレゲの買収でその価値を理解したハイエック・シニアは、ブレゲの歩みを追体験するだけでなく、現代に再現しようと考えるようになる。彼はブレゲの専門家を集め、ミュージアムを整備し、仮にブレゲが今いたならば創造したであろう時計を創ろうと決心したのである。その初の試みが、ムーブメントを文字盤側に露出させた「トラディション」であった。

 ブレゲのデザインアイコンであったシンメトリーなムーブメントを、あえて文字盤側に露出させる。口さがない人々に「ボンネットのない車」(ハイエック・シニア)と称されたトラディションは、しかし、人々の称賛を受けることになる。理由は、ディテールを過去のモデルから引用したためというよりも、デザインで時計を一新させたブレゲの歩みに忠実だったためだろう。同社はこのコレクションを拡充し、2007年には鎖引きのフュゼ(円錐滑車)とトゥールビヨンを組み合わせた「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」を完成させた。これはハイエック・シニアが最も心血を注いだ時計のひとつであり、ブレゲを代表する傑作のひとつである。

 そのモデルの最新版が、22年の「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」だ。基本的な構成は今までに同じだが、まったく違う印象を与えるのは、シンメトリーが強調されたため、文字盤より一段低い位置にあるキャリッジを目立たせることで、文字盤との対比が一層明瞭になった。また、シルバーとブルーというモダンな配色が違和感を与えないのは、そもそもこの組み合わせ自体が、ブレゲのお家芸だったためでもある。例えば1787年に製造されたリピータームーンフェイズ付きの懐中時計「№5」。当時としてはありえない巨大な月齢表示には、青焼きで鮮やかなブルーが施されていた。差し色で青を使う例はあったが、デザイン要素として青を意識させたのは、本作が初ではなかったか。

 大胆な造形と精密なディテールというブレゲ・デザインの在り方は本作でも不変だ。文字盤とトゥールビヨンキャリッジに施されたブルーは、メッキでも塗装でもなく、PVDによるもの。メッキより発色が安定しているほか、経年変化も起こしにくい。鮮やかな発色を得にくいというデメリットはあるが、幸いにも、ブレゲの新CEOのリオネル・ア・マルカは文字盤メーカーで十分以上の経験を積んできた人物だ。

 面白いのは、香箱と円錐滑車を結ぶフュゼチェーン(鎖)の処理である。文字盤やキャリッジ同様、ブルーに仕上げられているが、こちらはコマをつなぐ軸を除いて、酸化処理による青焼き。膜厚が0.1ミクロン程度しかないため、鏡面状に仕上げた鋼にはうってつけだ。文字盤やキャリッジのような厚みのある素材に向くPVDではなく、使われる部品に応じて手法を変えるのは、いかにもブレゲらしい。仮に被膜が剥げても、やり直しがきくのもメリットだ。

 きちんと使えるのもブレゲの伝統である。トゥールビヨンと鎖引きを載せたにもかかわらず、本作のケース厚は16mmにとどまった。加えて、腕上で厚みを感じさせないよう、風防を極端に盛り上げ、その一方でミドルケースを大きく絞っている。

 ブルーというトレンドカラーに頼ったと思いきや、今まで以上にブレゲらしい本作。このモデルが示すのは、変わり続け、しかし変わらない、ブレゲというスタイルなのである。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ

ブレゲ「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」
2007年に発表された「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」の最新作。巨大なキャリッジと文字盤にブルーPVDを施すことで、シンメトリーな造形がより強調された。また、ムーブメントの梨地仕上げや面取りなども、かつてより質を高めている。最もブレゲらしさを感じさせるモデルのひとつだ。手巻き(Cal.569)。43石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWG(直径41mm、厚さ16mm)。3気圧防水。2327万6000円(税込み)。



Contact info: ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211


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