時計経済観測所/中国、米国の「2大市場」の減速が鮮明に。日本にも影響?

LIFEIN THE LIFE
2023.07.30

中国経済の変調は、不動産バブル崩壊をはじめ、今に始まったことではないが、コロナ禍からのV字回復以降、好調を維持していた米国経済の停滞は、中国経済以上に、世界経済に影響を及ぼすことは間違いない。2023年も残すところ、あと半分。世界経済と日本経済、そして“時計経済”の展望を気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]


中国、米国の「2大市場」の減速が鮮明に。日本にも影響?

磯山友幸

 高級時計の世界の需要を占う上で重要な「2大市場」の減速が鮮明になってきた。世界で高級品を「爆買い」してきた中国と、世界最大の需要地である米国である。

 中国は昨年春、新型コロナウイルスへの「ゼロコロナ対策」の一環として上海をロックダウンしたことなどから、国内の経済活動が一気に停滞。それまで堅調に伸びていた高級時計需要にも急ブレーキがかかった。国民の反発もありロックダウンは解除されたが、その後の景気回復の足取りが思わしくない。

 スイス時計協会による輸出統計を見ると、2023年3月の中国本土向け輸出は2億5920万スイスフラン(約398億円)と、ロックアウトはまだ始まっていなかったとはいえ、ゼロコロナ対策の真っ最中だった2022年3月の2億2740万スイスフランに比べて14%増えた。一見、大きく増えたように見えるが、2021年3月の3億1270万スイスフランに比べると17%も低い水準にとどまっている。この2年で全世界向けスイス時計の輸出総額が27.4%増えている中で、中国の回復の鈍さが目立っている。

 前年比でも、今年1-3月の累計となると、中国向け輸出はわずか1.8%しか増えていない。全世界向けの11.8%増に比べるとこれも大きく劣後している。

冷え始めた米国の景気

 一方の米国は、米FRB(連邦準備制度理事会)による金融引き締めが過熱した景気を冷やし始めた。大幅な金利の上昇で米国の中堅銀行が相次いで破綻に追い込まれたが、さらに「商業不動産ファンド」が火種になるのではないかとの見方が広がっている。実際、上昇を続けてきた米国の不動産価格は商業不動産を中心に下落に転じてきており、景気の減速が現実のものになり始めている。何せ2022年初めまで0.25%だった政策金利は、今や誘導目標が4.75%から5.0%にまで引き上げられている。まだまだインフレは収まっていないとして、FRBは金利引き上げを継続していく姿勢だが、不動産価格などにすでに影響が出始めている。

 スイス時計の米国向け輸出額は依然として伸びが続いている。背景には個人消費の強さがあるわけだが、前年同月比で見ると、2023年1月26.3%増→2月15.5%増→3月7.8%増と明らかに鈍化し始めている。

二次流通市場の国際相場が下落

 そんな2大市場での需要の鈍化が、明らかに影響しているのが高級時計の二次流通市場、いわゆる中古マーケットだ。メーカーの小売希望価格が存在する新品と違い、中古品は需給に応じて価格が大きく動く。中でも中古価格の高騰が顕著だったロレックスの場合、人気モデルである「サブマリーナー」などは、国内では2013年ごろに50万円くらいだったものが10年で200万円へと4倍になるなど激しく上昇した。これが、年明けから急落しているのだ。

 中古市場の場合、国際的な相場で価格が決まっており、日本国内では、為替相場の影響も受けて決まっている。日本国内の場合、円安が進んだこともあり、円建ての価格が大きく上昇した面もあったが、国際相場の下落を受けて、国内中古価格も下落しているということだろう。金融引き締めによる景気減速がひと足早く中古市場に表れていると見ていい。

日本市場への影響は?

 焦点は今後、2大市場の減速や中古価格の下落が、日本の高級時計市場にどんな影響を与えるか、だ。全国百貨店での「美術・宝飾・貴金属」部門の売上高の対前年同月比は、1月26.4%増→2月16.4%増→3月7.2%増と、伸びが続いているものの、減速傾向だ。また、2020年10月以降、この部門の伸び率は百貨店全体の売上高伸び率を上回り続けてきたが、今年2月に2年4カ月ぶりに全体の伸び率(20.4%増)を下回った。3月も全体の伸び率は9.8%だったので、やはり下回っている。ついに高額品消費が日本でもピークアウトしつつあるということなのだろうか。

 ちなみにスイス時計の日本向け輸出も1月から3月の累計で前年同期比2.7%の増加にとどまっている。これが好調だった市場が「変調」する前兆なのかどうか、見極めることが大事だろう。


磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
http://www.isoyamatomoyuki.com/


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