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Overview H.Moser & Cie. シャフハウゼンが育んだ進取の気概【第1回】(1/3)

シャルロッテ城の中に保管されている、創業者ハインリッヒ・モーザーの作業机。手許を照らす光は、ろうそくの灯りをレンズ(水を張ったボール状の水槽)で集めたものだ。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki

第1回 真の名品にブランドタグはいらない
[ベンチャー・スモールセコンド ピュリティ]

 ジャーマンスイス(スイスのドイツ語圏)の北端部に位置する小都市シャフハウゼン。ヨーロッパでも最大規模を誇る名瀑、ラインの滝が近隣にあるため、古くからここは水運の中継地としても栄えた。この無限とも言える水力を用いて、シャフハウゼンの工業化に尽力した人物がハインリッヒ・モーザー。「H.モーザー」の創業者となる人物である。

 今でもシャフハウゼンの街を歩くと、いたるところにハインリッヒの足跡を見つけることができる。共にシャフハウゼン州公認のマイスター時計師であった祖父ヨハネスや父エールハルトと暮らした生家(現在は床屋になっている)もそのまま残されているし、IWC本社のすぐそばにあるモーザー公園には彼の銅像が建てられている。街の高台にそびえるシャルロッテ城は、妻シャルロッテ・マユ(同社のファーストモデルは彼女の名を冠した)のために建てられたもので、現在は州の管理となっているものの、2階はモーザー家の業績を称えるミュージアムとなっており、誰でも閲覧することが可能だ。

 1805年に生まれたハインリッヒ・モーザーは、ふたりの偉大な時計師の薫陶を受けて育ち、スイスのル・ロックルで時計師としてのキャリアをスタートさせ、21歳の若さで自身の工房を持つに至る。工房で作られた時計の多くは、ロシアに輸出されていたという。ほどなく彼は実際にロシアに渡って、サンクトペテルブルグにH.モーザー社(H.Moser & Cie.)を起業。精緻を極めた彼のムーブメントはすぐさま高い評価を得るようになる。ロマノフ朝の皇帝たちに珍重されたインペリアル・イースター・エッグで知られるファベルジェも、置き時計のほぼすべてにH.モーザーのムーブメントを選んだという。ロシアから帰国した彼は、故郷シャフハウゼンの工業化にも尽力した。現在ではライン川の水量を利用した水力発電が知られているが、彼の時代にはまだ電力化は進んでいない。彼が設置したのは、水車から得られる動力(回転力)を、そのままワイヤーを介して街の各所にデリバリーするシステム。後にシャフハウゼンに時計工房を構えることになるアメリカ人実業家のF.A.ジョーンズも、モーザーの動力があったからこそシャフハウゼンを創業地に選んでいる。これが後のIWCである。

ロシアでの成功を下敷きに、故郷であるシャフハウゼンの振興に尽力したハインリッヒ・モーザー。現在も街を歩くと、その業績を称えるランドマークにいくつも出会う。

20世紀初頭のものと思われるムーブメントパーツ。起業家精神に富み、かつパイオニアスピリットにも溢れた創業者であったが、何より大切にしたものは圧倒的な品質だった。


同じくシャルロッテ城内のミュージアムに残された、水力利用のプラン図。左上にある太いケーブルが、水車によって生み出された動力を、各所の工房に伝えるために用いられた。

シャルロッテ城の中庭から眺めたシャフハウゼンの街。遠くに見えるのが街の象徴であるムノート城塞。川岸に建つ白い建物は、かつてハインリッヒ・モーザーが手掛けた動力プラントのあった場所。その奥はIWCの本社。
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