“ムーンウォッチ”の異名をとる「スピードマスター」。オメガを象徴するこのコレクションに新加入した「スピードマスター パイロット」を着用レビューする。鮮やかな色使いのインデックス類。マットグレイン仕上げの文字盤。飛行機を模したクロノグラフ針。随所にユニークなアレンジが利いている。しかしながら着用の実感は、「どこまでもスピードマスターらしい腕時計」なのであった。
Photographs & Text by Tomoshige Kase
[2025年4月19日公開記事]
とことん見やすい文字盤
1957年に発売されたオリジナルモデルからインスピレーションを得たという「スピードマスター パイロット」。モデル名が表わす通り、その見た目は航空機のコックピットを彷彿させる。
目に飛び込んでくるのは、縁の傾斜面をブラッシュ仕上げしたふたつのサブダイアルだ。3時位置は燃料インジケーターを模した60分および12時間積算計。オレンジの三角形の針と白の転写数字があしらわれている。

自動巻き(Cal.9900)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40.85mm、厚さ14.7mm)。100m防水。146万3000円(税込み)。
9時位置はスモールセコンドで、こちらは目標照準インジケーターをイメージしたもの。人工水平線を表した水色の半円に、マットイエローの針が映える。
文字盤はマットグレイン仕上げで、外周トラックはロジウムカラー。グリーンに発光する、ブロック状のスーパールミノバのインデックスが備わっている。インデックス外側のわずかなオレンジ色がアクセントだ。
PVDコーティングされたマットブラックの時分針にも、同じくスーパールミノバを塗布。中央のクロノグラフ針の先端にはオレンジ色の飛行機があしらわれている。
こういったメリハリあるデザイン&色使いが視認性の高さに直結。実際に着用して「とにかく見やすい時計だなあ」というのが本作の第一印象であった。
大きさ、重さを感じさせない理由
かねてより、「スピードマスター」=「大きく重い時計」という印象を持っていた。決して否定的な意味じゃない。“ムーンウォッチ”の来歴を鑑みれば、この時計は武骨な道具であって当たり前。大きさや重さはすなわちスピードマスターのアイデンティティーとも言える。
ところが本作の印象はまったく違う。手首になじむ大きさ。適度な重み。直径40.85mmというケースサイズはスピードマスターの本筋を押さえつつ、悪目立ちしないスマートな見た目を約束する、絶妙な大きさだと思う。
ブレスレットの見た目は極めてシンプル。ツールウォッチらしい愛想のない(むろん良い意味で)仕上がりである。肌触りはシャリッとした武骨な感じ。ところが装着感は決して悪くないのだ。手首に吸い付いてブラつかない。コマのサイズ感や形状、その構造ゆえであろう。この装着感の良さも、大きさや重さを感じさせない理由のひとつに違いない。

ブレスレットにはオメガ独自のコーンフォート リリース アジャストメント システムを採用する。付属のグレーのNATOストラップに付け替えれば、より軽快な見た目と着け心地が楽しめるだろう。ちなみにバックルにはダイバーエクステンションが備わっており、長さの微調整が可能。この構造、ちょいと手首がむくんでしまったとき(飛行機の移動時とか、飲み過ぎとか)にとても重宝する。余談ではあるが、着用の実感として申し添えておく。


スーツに合わせてもいい
さて、ビジネスシーンでのスピードマスターの着用について。個人的には、スーツやジャケット&パンツの装いに合わせるには「ちょっとゴツいかな」と思っていた。だがこの「スピードマスター パイロット」なら、イケると直感。サイズ感も着用感も文句なし。控えめな2カウンターの見た目もいい。ディスプレイの鮮やかな色使いも決して派手ではなく、遊び心の範疇だ。
本作のレビュー期間に子供の入学式というスケジュールがあった。たまたまだが好機なので、かしこまったスーツに合わせてみた。まったく問題なし。すんなりとコーディネートになじみ、適度なアクセントも利かせてくれる。安心して式に出席した。

そして冒頭記した通り、やはりこの時計の視認性の良さは特筆すべきものがある。快晴の明るい屋外でも、少し暗い学校の講堂でも、はっきりと文字盤が読み取れる。視認のストレスは皆無であると、老眼のご同輩に伝えたい。
クロノグラフのプッシュボタンの押し心地は「ガチッ」とした感触。固めである。せっかくなので使いたくなり、学校長祝辞の時間を測るという行儀の悪いことをした。計測時間はさすがに記さないが、積算計の太いオレンジの針(60分積算計)も、やはり見やすいものであった。

機能とロマンを受け継いで
現在、オメガのスピードマスターには数多くのラインがあり、それぞれのラインにおいて多彩なモデルが用意されている。武骨な1本があり、斬新な1本があり、洒脱な1本があり、エレガントな1本がある。もはやひと口に“ムーンウォッチ”では言い表せない、巨大なコレクションとなっているのはご存じのとおりだ。
本作「スピードマスター パイロット」もまた、そのコレクションの中のひとつのピースである。膨大な数のモデルの中で、個性を輝かせる1本。それでいながら、やはりスピードマスターの本流にある“らしい”時計なのであった。
高い視認性。十分な防水性能。耐磁性、耐衝撃性に優れたムーブメント。そして機能面のみならず、空、海、宇宙といった未知なる世界への挑戦を続けてきた、オメガの精神性も受け継いでいる。
第二次世界大戦中にオメガは、英国国防省に11万個以上の時計を納入し、イギリス軍のパイロットたちを支えた。そして1957年に発表された初代スピードマスターは、宇宙飛行士のみならず、アメリカ空軍のパイロットたちにも愛用された。本作に付けられた「パイロット」の名は、オメガと航空界の絆を表すものなのである。
見た目や着用感は現代的にモデファイされているが、その中身はあくまで質実剛健、去華就実。スピードマスターらしい、そしてオメガらしい最新の1本──それがこの「スピードマスター パイロット」なのである。