「時計を変えた新素材」。注目を集めるチタンの普及と進化

2025.07.21

近年、時計市場に普及する“新素材”。外装やムーブメントに従来にはなかった素材を用いることで、時計は形状や色といった意匠の面ではもちろん、性能面でも大きく変化した。『クロノス日本版』112号で「時計を変えた新素材」として、そんな“新素材”を特集した記事を、webChronosに転載する。第3回で取り上げるのは、時計業界に普及し、進化を遂げるチタン素材だ。チタンを採用して、各社が目指すものとは?

「時計を変えた新素材」。ゴールド製の高級ケースを手掛けるサプライヤー、スティラの工房を取材

FEATURES

「時計を変えた新素材」。18Kゴールドの組成を自在に操るウブロの錬金術

FEATURES

星武志:写真
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]


軽量さと審美性を兼ね備えたチタン素材の新表現

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション SLGH017」

 ラグジュアリースポーツウォッチのブームに伴い、改めて注目を集めるチタン素材。軽くて耐蝕性に優れるうえ、金属アレルギーを起こしにくいこの素材は、2000年代以降、時計業界に急速に普及するようになった。近年目立つのは、そんなチタン素材のさらなる進化だ。各社は何を目指して、新しいチタンを採用するのだろうか?


軽量で耐蝕性に優れるチタン素材

 時計業界で初めてチタンを採用したのは、シチズンの「エックスエイト クロノメーター」(1970年)であった。1975年には、セイコーが「プロフェッショナルダイバー600m」でそれに追随。チタンは軽くて耐蝕性に優れる反面、切削が極めて難しい素材だ。いち早く取り組み、ノウハウを蓄積した日本のメーカーが、チタンケースを得意としたのは当然だった。

 スイスでの試みは、1980年代に始まる。ポルシェデザインとのコラボレーションを始めたIWCが、一部モデルに純チタンを採用したのである。同社は複数のサプライヤーにチタンケースの製造を依頼したが、加工が難しいため断られた。結果IWCは、チタンケースの内製化に取り組んだのである。1982年には、オメガも「ポラリス」でチタンケースに挑んだ。

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション SLGH017」

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション SLGH017」
従来のSSモデルに加えて、外装にセイコー独自のブライトチタンを採用したモデル。純チタンに比べて1.5倍の硬度を持つため傷が付きにくく、純チタンよりも色も明るい。時計の重さもSS版の178gに比べて、64gも軽い。自動巻き(Cal.9SA5)。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。ブライトチタンケース(直径40mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー)Tel.0120-302-617

 スイスにおける純チタンの採用は、1990年代の中頃にかけて、ひとつのピークを迎えた。もっともこれ以降、純チタンのブームは急速に衰えた。というのも、当時使われていた純チタンは、加工が難しいうえ色も暗く、高級時計には不可欠な筋目仕上げや鏡面仕上げを施せなかったのである。また、純チタンで作られたリュウズチューブは、ねじ込むと簡単に摩耗し、防水性を下げるという問題があった。

 転機が訪れたのは1990年代の後半からだ。1997年にタグ・ホイヤーが「キリウム」を発表。続いてリシャール・ミルが、気鋭のドンツェ・ボームにチタン製ケースの製造を依頼した。彼らは普及しつつあった合金チタンを用いることで、高級時計にふさわしいチタンケースを実現させたのである。時計業界が「グレード5チタン」と呼び習わす、この新しい合金チタン(Ti- 6A1-4V)こそが、チタン復活の立役者だった。グレード5チタンは純チタンに同じく、軽くて耐蝕性に優れるうえ、色はより明るく、さらに加工もしやすかった。つまり、ケース加工を鍛造から切削に切り替えつつあったメーカーやサプライヤーにとって、うってつけの素材だったのである。しかも、この素材は、純チタンと違って、筋目仕上げや鏡面仕上げを施すことが可能だったのである。2000年代以降にリリースされたチタン製ウォッチのほぼすべてが、グレード5チタンとなったのは当然だろう。

ロレックス「オイスター パーペチュアル ヨットマスター 42」

ロレックスが採用するRLXチタンは、グレード5チタン合金の一種と説明されている。しかしその色味は、明るさを強調する最近のグレード5チタンとは異なる。写真が示すとおり、フラッシュフィットとケースのクリアランスは、SSモデル並みに詰まっている。また、ブレスレットにセラミックインサートを内蔵することで、柔軟性と耐久性を実現している。

ロレックス「オイスター パーペチュアル ヨットマスター 42」

 そして現在、各社はさらに新しい合金チタンを採用するようになった。例えばセイコー。グランドセイコーを初めとするハイエンドモデルには、独自素材の「ブライトチタン」と「ブリリアントハードチタン」を用いるようになった。前者はグレード5チタンに同じ、- β合金。純チタンに比べて約1.5倍の硬さを持つほか、加工しやすく、仕上げも加えやすい。またその名前が示すとおり、色味もステンレスに近いため高級時計向きだ。詳細は明かされていないが、これはグレード5に同じか、チタンにニオブを加えた素材だと言われている。写真が示すとおり、ケースやブレスレットの仕上がりは、もはやSSモデルに遜色ない。

 ブライトチタンの進化版が、より明るく、より硬いブリリアントハードチタンだ。こちらも詳細は明かされていないが、- β合金ではなく、熱処理を前提としたβ合金と言われている。表面処理を使うことなく、硬度を純チタンの約2倍とするには、熱処理以外は考えにくい。現在セイコーは、このより優れたチタン合金をグランドセイコーの一部モデルに採用するが、採用はストラップモデルのみ。というのも加工が極めて難しいため、部品点数の多いブレスレットモデルに採用すると、コストが高くなりすぎるためだ。色が明るく、より硬いブリリアントハードチタンは間違いなくグランドセイコー向けだが、本格的な普及にはまだ時間がかかりそうだ。

ロレックス「オイスター パーペチュアル ヨットマスター 42」

ロレックス「オイスター パーペチュアル ヨットマスター 42」
外装全面にチタン合金の一種であるRLXチタンを採用したモデル。極めて軽いうえ、ブレスレットの長さを容易に約5mm延長することができるイージーリンクにより、サイズを感じさせない装着感を持つ。自動巻き(Cal.3235)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。RLXチタンケース(直径42mm、厚さ11.6mm)。100m防水。(問)日本ロレックス Tel.0120-929-570

 新しいチタン合金をよりテクニカルに振ったのがロレックスである。ロレックス曰く「新しいRLXチタンはグレード5チタン」の一種とのこと。ただし色味はグレード5というよりも、グレード2の純チタンを思わせる。詳細は不明だが、複数の関係者は、ロレックス独自のレシピだと断言する。もっとも、このRLXチタンを採用した「オイスター パーペチュアル ヨットマスター42」で驚くべきは、素材以上に加工精度である。写真が示すとおり、フラッシュフィットとケースの精密な噛み合わせは、SSモデルと相違ないのである。硬い904Lを使えばこそロレックスの外装は精密なのだという同業者の評価を、チタン製のヨットマスターは完全に覆してしまった。

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・トップガン・セラタニウム」

 IWCが開発したセラタニウムは、チタンの在り方を大きく変えうるものだ。高温処理を加えるのは、ショパールなどが採用するタイタリットに同じ。しかし、シャネルの「チタンセラミック」に同じく、素材はチタンと、主にジルコニウムから構成されている。そもそものベースはチタン(シャネルはセラミックス)。しかし超高温を加えることで、素材自体をセラミックス化した点が新しい。割れないうえ、傷も付きにくく、表面を膜で覆う硬化処理ではないため、部品の寸法も変わらない。これがブレスレットにセラタニウムを採用できた理由だ。

 もちろん、ここで挙げた素材よりも部分的に高性能な合金チタンはある。しかし、汎用性と加工性を考えると、今後も時計に使われる合金チタンの主流は、グレード5か、それに準じた-β合金であるだろう。

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・トップガン・セラタニウム」

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・トップガン・セラタニウム」
パーペチュアルカレンダーの外装を、IWC独自のセラタニウムに改めたモデル。これはチタン合金に熱処理を加えた素材である。傷が付きにくく、割れにくいうえ、コーティングなどを施さないため、精密な部品にも使用できる。自動巻き(Cal.52616)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。セラタニウムケース(直径46.2mm、厚さ15.4mm)。6気圧防水。(問)IWC Tel.0120-05-1868


オメガやグランドセイコーより、毎日使いたくなるチタン製の高級腕時計5本を選出

FEATURES

トップガンはじめ、IWCの“洗練されたプロ向け”「パイロット・ウォッチ」5本を紹介

FEATURES

あまりの軽量さに脳がバグる? ロレックス「オイスター パーペチュアル ヨットマスター 42」はチタンウォッチの常識を凌駕した1本だ

FEATURES