「時計を変えた新素材」。構造色によって新たなダイアル表現を可能とする時計メーカーたち

2025.09.08

近年、時計市場に普及する“新素材”。外装やムーブメントに従来にはなかった素材を用いることで、時計は形状や色といった意匠の面ではもちろん、性能面でも大きく変化した。『クロノス日本版』112号で「時計を変えた新素材」として、そんな“新素材”を特集した記事を、webChronosに転載する。今回は、構造色を使って新たなダイアル表現を可能とした3つの代表的な時計メーカーを取り上げる。

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星武志、三田村優:写真
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]


色鮮やかなダイアル表現を可能にする最後の切り札

 2015年頃から、様々なメーカーが取り組むようになったジャンルが文字盤である。まずは磨いたラッカーダイアルが普及し、さらにグラデーションダイアルが広まり、近年ではかつてない色表現が求められるようになった。その切り札となりうるのはメッキでもラッカーでもなく、「構造色で新たな色を表現する」という試みだ。


新技術で進化するダイアル表現

クロノスイス「デルフィス パライバ」

クロノスイス「デルフィス パライバ」
薄膜生成法の一種であるCVD処理を文字盤に用いたモデル。光の干渉で色を変える構造色を巧みに使うことで、パライバトルマリンに似せた、メッキや塗装では難しい色を表現。また皮膜が薄いため、ギヨシェにも向いている。自動巻き(Cal.C.6004)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.5mm)。10気圧防水。50本限定。(問)栄光時計 Tel.03-3837-0783

 かつて文字盤の彩色に使われるのは、メッキかペイントと決まっていた。そしてブラックであればペイント、シルバーであれば電解メッキが定石だった。メッキはペイントに比べて膜が薄いため、下地の繊細な仕上げを見せられる。しかし発色が安定しないため、新しい色を試みるメーカーは、メッキではなく、厚塗りのペイント仕上げを好んだ。

 その状況が大きく変わるのは、2010年代以降である。高級時計のブームが加速し、外装にもコストがかけられるようになった結果、各社は文字盤に新しい表現を求めるようになった。結果、ラッカー文字盤は深みを増し、メッキの文字盤は様々な色を加えた。その先にあるのが、物理蒸着のPVDだった。これはペイントに比べて皮膜が薄く、電解メッキよりも色のバリエーションが多かった。かつては色が安定しないと言われていたが、発色が改善された結果、各社はこぞって採用するようになった。オーデマ ピゲはロイヤル オークのいくつかに、PVD仕上げのブルー文字盤を採用する他、オメガも最新作にPVD仕上げの文字盤を取り入れるようになった。カシオ「オシアナス」の鮮やかなブルー文字盤も同様だ。またあのロレックスでさえも、最新版のアイスブルー文字盤は、メッキではなくPVD仕上げとなった。

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク オートマティック」

オーデマ ピゲは、プラムカラーのロイヤル オークで文字盤のCVD処理に挑み、本作ではピンクを完成させた。理論上は退色せず、鮮やかな文字盤でも経年変化が起こらない。また被膜が非常に薄く、均一に施せるため、発色が安定し、なおかつ下地のニュアンスを潰さない。

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク オートマティック」

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク オートマティック」
文字盤にごく薄いALD加工を用いた新作。鮮やかなピンク色は、従来のPVDでは表現できなかったものだ。光の加減で色を様々に変える構造色だが、近年は安定した発色が可能になった。写真が示すとおり、仕上がりは見事だ。自動巻き(Cal.5800)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KPGケース(直径34mm、厚さ8.8mm)。50m防水。(問)オーデマピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000

 この進化形が、ここ数年で目にするようになった、CVD(ALD)処理で薄い光学多層膜を重ねた文字盤である。その詳細は定かでないが、共通するのは、極めて薄い光学膜を重ね、その構造色で色味を表現するという点だ。原理としてはシャボン玉やCDに出る虹色と同じで、発色の手法が従来とは全く異なるのである。具体的には、多層の薄い膜を重ね、その厚みなどをコントロールすることで、様々な波長の光が干渉し合って、色として見える。そのため、今までになかった色表現が可能になった。また見る角度が変わると工学的な干渉の度合いが変化し、色味が変わるため、文字盤に深みを与えられるというメリットがある。加えてこの光学多層膜は、極めて薄いため、文字盤の下地表現を潰さないのである。つまり、高級機向けなのだ。

 この文字盤を前面に打ち出したのが、クロノスイスである。「デルフィス パライバ」は、光学多層膜でパライバトルマリンの色を再現した試み。発色の鮮やかさはもちろんだが、ギヨシェの繊細な仕上げがそっくり残されている。オーデマ ピゲも、ギヨシェ仕上げとユニークな色を両立させるべく、パープルとピンクの文字盤に、この仕上げを採用した。ちなみに現在、スイスにあるいくつかのサプライヤーがこの仕上げを行える他、文字盤の製造から、光学多層膜の蒸着まで行う文字盤メーカーもあるという。

 日本のメーカーも負けてはいない。2024年に光学多層膜を採用したのが、オリエントスターの新作「M34 F8 デイト」である。製造を担当するセイコーエプソンは、近年になって文字盤の一部を自製するようになった。となれば、エプソンの技術を投じやすくなるのは当然だ。同社は非常に鮮やかなラッカー文字盤を得意とするが、新しい光学多層膜は、下地を潰すことなく、鮮やかなブルーを再現している。

オリエントスター「M34 F8 デイト」

本作の文字盤はセイコーエプソンの信州 時の匠工房製。プレスで打ち抜いたブランク材に光学多層膜を施し、その上からラッカーを重ねている。ペルセウス座流星群をモチーフとした下地が潰れないのは、被膜が非常に薄いため。

オリエントスター「M34 F8 デイト」

オリエントスター「M34 F8 デイト」
シチズンに続いてオリエントスターも、独自の技術で構造色を実現。セイコーエプソンの光学多層膜技術を用い、信州 時の匠工房で作られた文字盤は、無色に近いナノ膜を複数重ねたもの。発色の鮮やかさは際立っている。自動巻き(Cal.F8N64)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ12.9mm)。10気圧防水。(問)オリエントお客様相談室 Tel.042-847-3380


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