腕時計とアート、コラボレーションの歴史を振り返ってみよう

FEATUREWatchTime
2025.07.30

昨今、腕時計ブランドとアーティストのコラボレーションは実に盛んである。その代表例としてスウォッチを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、スウォッチに限らず、さらにはそれ以前からも、アーティストとのコラボレーションは行われてきた。たとえば、ダリとピアジェによる「ダリ・ドール」などがその一例だ。ここでは、そうしたアートとのコラボレーションの歴史を振り返る。

ル・フィス・ド・ロム バイ ルネ・マグリット

スウォッチ「ル・フィス・ド・ロム バイ ルネ・マグリット」Ref.SUOZ350
クォーツ。樹脂ケース(直径41mm)。3気圧防水。1万5950円(税込み)。(問)スウォッチ グループ ジャパン Tel.0570-004-007
Originally published on watchtime.com
Text by Martin Green
[2025年7月30日公開記事]

世界最小のキャンバス。アートと時計が刻む時間

 腕時計を芸術作品に仕立てるのは、ごく自然な発想だ。文字盤はキャンバスとなり、ベゼルやケースが額縁の役割を果たす。そして、額縁と同じく保護用の透明な板(風防)まで備わっている。壁に飾る絵画とは違い、腕に着けてどこにでも持ち運べる。眺めたいときにすぐ見られるうえ「時間までも教えてくれる」。

 腕時計製造そのものがひとつの芸術だとすれば、アートとの融合は必然だった。実際、これまで多くのブランドが建築家や画家、写真家、タトゥーアーティストと協業し、タイムピースに新たな次元を与えてきた。

ダリとピアジェ。幻想と金の融合

 その先駆けとも言えるのが、シュルレアリスムの巨匠サルバドール・ダリ(1904〜1989)とピアジェのコラボレーションだ。1967年、ピアジェは「ダリ・ドール」と題した限定コレクションを発表。カフリンクス、タイピン、リング、腕時計までそろうこのコレクションは、ダリ自身がデザインした金のコインをモチーフとしたものだ。

 そこには、花畑にたたずむダリと、彼のミューズであるガラのふたりの姿が刻まれている。このコインの名前もダリ・ドール。ダリがフランス造幣局の依頼に応じ、法定通貨としては認定されていないメダルとして制作したものである。その意匠をそのままに、イヤリング、リング、そして腕時計へと展開したのがピアジェのダリ・ドールコレクションだ。

ダリ・ドールの広告

ピアジェの「ダリ・ドール」コレクションのラインナップを伝える広告。

 ダリはゴールドに魅了された芸術家であり、ゴールドもしくはプラチナしか腕時計に使わなかった当時のピアジェにとって、これは理想的なコラボレーションだったに違いない。また、ピアジェが誇る薄型ムーブメントの技術によって、ダリ・ドールはコインウォッチへと変貌。腕時計、ジュエリー、アートの3者が融合した作品となったのだ。

ガエ・アウレンティ。建築家が手がけたルイ・ヴィトン初の腕時計

 イタリア人建築家ガエ・アウレンティ(1927〜2012)は、1954年にミラノ工科大学を卒業した才女で、当時の建築学科のクラス20人のうち女性はわずかふたりだった。ネオ・リバティ運動に参加し、合理性と有機的な要素を融合させた建築で知られるが、活躍の場は建築にとどまらなかった。ミラノ・スカラ座の舞台装置、スティルノヴォの照明器具、カルテルやザノッタの家具デザインも手がけている。

「モントレー II」

セラミックス製ケースを備えた「モントレー II」。稀少な時計だ。

 1980年代、彼女はルイ・ヴィトンから依頼を受け、ブランド初の腕時計「モントレー I」と「モントレー II」をデザイン。いずれもクォーツ式で、文字盤中央にディスクを配し、リュウズは12時位置。ストラップはラグを介さず裏側を通すNATOストラップ仕様だった。

 モントレー Iは金無垢ケースにワールドタイム、ムーンフェイズ、ポインターデイトを備える一方、IIは小ぶりで、セラミックケースにポインターデイトとアラーム機能のみを搭載。当時、セラミックケースを製作できた数少ないブランドのひとつ、IWCが製造を担当した。

マックス・ビル時を超えるデザイン

マックス・ビル

マックス・ビルの数ある活躍の中でも特に知られるものが、スイス・インターナショナル・スタイルに代表されるグラフィックデザイナーとしての活躍だろう。

 著名なデザイナーによる腕時計デザインの例を紹介しよう。スイス出身のマックス・ビル(1908〜1994)は、ドイツの名門バウハウスでワシリー・カンディンスキーらに学び、第2次世界大戦後のスイス・グラフィックデザイン界に大きな影響を与えた。

キッチンタイマー

マックス・ビルがデザインしたキッチンクロック。

 1960年代、彼はドイツの時計ブランド、ユンハンスと手を組み、キッチンタクロックのデザインから始まり、やがて腕時計のコレクションへと発展。彼の名を冠したシリーズは、現在も当時とほとんど変わらぬデザインで販売されている。時代に左右されず、常に新鮮であり続けるそのスタイルは、まさにタイムレスな美を象徴している。

マックス ビル バイ ユンハンス ハンド ワインド

ユンハンス「マックス ビル バイ ユンハンス ハンド ワインド」Ref.027 3701 02
手巻き。(Cal.J805.1)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径34mm)。50m防水。20万2400円(税込み)。(問)ユーロパッション Tel.03-5295-0411

ネイサン・ホーウィット。MoMAに収蔵されたデザイン

 アメリカのインダストリアルデザイナー、ネイサン・ホーウィット(1898〜1990)は、時計の本質を突いたデザインを実現したのかもしれない。モバードのミュージアムウォッチは、シンプルを極めた名作だ。ラウンドケース、細いベゼル、棒状の針、そして12時位置の太陽を象徴する丸いマーク、その完成度は、1947年の発表以来変わらない。

アレクシ・ルボミルスキ

写真家のアレクシ・ルボミルスキ。

 この時計は1960年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品に選ばれ、ミュージアム・ウォッチとして広く知られるようになった。モバードはその後もホーウィットの思想を受け継ぎ、ファッション写真家アレクシ・ルボミルスキら他のアーティストにもその解釈を委ねた。彼の作品を文字盤に転写することで、時計は再び“アートのキャンバス”として命を吹き込まれたのである。

現代アートと腕時計の融合

 アートとの継続的なコラボレーションで知られるブランドといえば、スウォッチだ。スウォッチは1985年、フランスのアーティスト、キキ・ピカソ(本名クリスチャン・シャピロン)との140本限定モデルでこの分野に参入。彼はバズーカと呼ばれるアーティスト集団の共同創設者で、刺激的かつ時に物議を醸すビジュアルで知られる。

 これを皮切りに、キース・ヘリング(1986年)、建築家アレッサンドロ・メンディーニ(1990年)、写真家アニー・リーボヴィッツとオノ・ヨーコ(1996年)など、数々の著名アーティストとコラボレーションを展開。1991年にはアルフレッド・ホフクンストによる食べ物をテーマにしたスウォッチを、スイスの青果市場で販売するというユニークな試みも行った。

スウォッチ、ジャン=ミシェル・バスキア特別セット

2023年に発表された、ジャン=ミシェル・バスキアの作品を取り上げたスウォッチ3本を収めた特別ボックスセット。

 スウォッチにとって、いまやアートは不可欠な要素となっている。現在のコレクションでは、ベルギーのシュルレアリスム画家ルネ・マグリットや、アメリカのストリートアートの先駆者ジャン=ミシェル・バスキアの作品を文字盤にあしらったモデルを展開。また、ウフィツィ美術館と提携し、ボッティチェリの名画を腕時計に落とし込み、MoMAとの協業で、ロイ・リキテンスタインの生誕100年を記念したモデルも発表した。


村上隆、空山基ら著名アーティストとコラボした、ウブロなど3ブランドの時計を紹介

FEATURES

現代美術家・宮島達男、ブルガリとのコラボレーションを縦横無尽に語り尽くす

FEATURES

今回も完売必至。ルイ・エラール×アラン・シルベスタインの人気コラボ再び!

FEATURES