永遠に語り継がれるタイムピース #11 大塚ローテック「No.6」

2015年の登場当初は、知る人ぞ知る存在だった。大塚ローテックの代表作である「6号」は、スチームパンクな外観とダブルレトログラード機構とで、日本のマイクロ時計メゾンに新たな可能性を開いた。専用ECサイトからの抽選販売で、発送先は日本国内のみ。決済できるのは日本で発行されたクレジットカードだけ。海外の時計愛好家が、日本に羨望のまなざしを送る。

大塚ローテック「No.6」

歪みがないフラットなサファイアクリスタル風防は、存在していないかのようにダイアルを完璧に透かし見せている。漢字などのフォントも片山のデザイン。小さくても文字が判読しやすいよう、高速道路の標識等で使用され、運転中でも読み取れる「公団ゴシック」から着想を得た。
奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
髙木教雄:文
Text by Norio Takagi
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]


権威あるスイスの時計グランプリが認めた独創性あふれるレトログラードウォッチ

 快挙、である。自宅のガレージを改装した工房で中古の工作機械を使って作り上げた時計が昨年、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)の3000スイスフラン以下の時計を対象としたチャレンジ賞に輝いたのだから。その追い風もあって大塚ローテックの「6号」は、いまやもっとも入手困難な国産時計のひとつとなった。

 6号が、これほどまでに多くの時計愛好家を魅了するのは、写真からも容易に想像がつくだろう。時分同軸のダブルレトログラードというメカニズムも、古いオーディオやテスターのメーターにも似た外観も、漢字による表記もすべて他に類例がない独創性を放っているからだ。それでいて過剰に奇抜ではなく、どこか懐かしさを覚える絶妙なレトロ感を伴っているのが、作り手である片山次朗のまさに真骨頂だと言えよう。

ダブルレトログラードモジュール

スネイルカムとラックとをそれぞれふたつ重ねた構造のダブルレトログラードモジュール。時分針の帰零時の各既成バネには、入手しやすく弾性が均一なギターの1弦をカットして用いている。

 関東自動車工業のデザイナーを経てフリーのプロダクトデザイナーとして活躍していた片山は、インターネットオークションで旋盤を購入したことをきっかけに、時計製作に着手した。機構の設計やパーツ製作の手順を教えてくれたのは、なんとグーグル。こうして独学で作り上げた5番目の時計(5号)を2012年にネットで販売し、大塚ローテックを設立した。そして15年、代表作となる6号が完成。やや荒々しくもメカメカしいスチームパンク風の外装デザインと漢字表記によるレトロな昭和感といった、その後に続く大塚ローテックの世界観が確立された。それは多くの時計愛好家の共感を呼んで年を追うごとに人気が高まり、抽選販売にしなければならないほど注文が殺到するようになった。

各針の先端位置とインデックス

時分針はいずれも華奢だが、丸みを持たせた立体的な造形に。各針の先端位置とインデックスとの関係性も、しっかりと考慮されている。

 ベースムーブメントにはミヨタ製のキャリバー9015を用いるが、ダブルレトログラードのモジュールは当時、片山自身がパーツを製造し、組み立てていた。ケースとダイアルも同様である。20年にジャンピングアワー+分・秒ディスク表示の「7号」を発表し、それもヒットしたこともあり、個人で製作することに限界を感じ始めていたころ、独立時計師・浅岡肇が率いる東京時計精密と出合った。浅岡から「うちと一緒にやらないか?」と声を掛けられたのだ。そして23年、同社からサポートを受け始める。これに伴い6号は進化を遂げた。個人では注文を断られてきた高級ステレンススティールSUS316Lやサファイアクリスタルが東京時計精密を通じて手に入るようになり、それまでのSUS303とミネラルガラスだった外装素材がアップデートされたのである。また、それまでベゼルのビスの一部でラグを固定していた構造を改め、ケースバックからイモネジで留める設計としたことでビスが等間隔になり、見栄えが良くなった。さらに設計の時間が取れるようになった片山は、ダブルレトログラードモジュールの改良にも着手。カムやラックの形状・配置を改めるなどし、信頼性をより高めてみせた。環境が整ったことで、各パーツの加工精度が向上したことも、機構の安定性向上に大きく寄与している。

GPHG 2024 チャレンジ賞

GPHG 2024 チャレンジ賞受賞の証しであるトロフィー「ゴールデンハンド」とともに。その手の形は、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂にミケランジェロが描いた天井画からインスピレーションを得ているという。

 かくして新仕様となり、GPHG2024へのエントリー資格を得た6号は、見事チャレンジ賞を射止めた。受賞を知り、片山に祝福メールを送ったところ、その返信に「少し前には想像もしていなかった事」との一文があった。少し前とは、片山がまだひとりで工房を回していた頃のことだろう。新たなサポートを得たことで、過去10年間で通算400本程度だった生産数が、増えつつあることもその好例だ。彼の実力に加え、周囲のサポートもあいまって、大塚ローテックは新時代を切り開いたのだ。

 片山は、今も自宅の工房で製作に勤しんでいる。そこで彼は、自身が好む日本の高度成長期を支えた古い工作機械や工具、メーターなどに囲まれて、新たな〝片山ワールド〞を創造する。

大塚ローテック「No.6」

大塚ローテック「No.6」
2023 年発売の新仕様は、ベゼルやダイアル上のビスに面取りが追加され上質感を高めた。ケースも切削から鍛造に刷新。6 時位置の開口部の上部にディスク式秒表示を配し、下側にダブルレトログラード機構の一部を覗かせる。自動巻き(Cal.MIYOTA9015+自社製モジュール)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40 時間。SS ケース(直径42.6mm、厚さ11.8mm)。日常生活防水。48万4000 円(税込み)。



Contact info:大塚ローテック https://otsuka-lotec.com


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