18~19世紀前半にパリで活躍しかのアブラアン-ルイ・ブレゲにも影響を与えたとも言われる知られざる時計師ルイ・モネ。時計理論のみならずさまざまな美術工芸の各分野に精通した彼の作品は、当時の支配階級から絶大な支持を集めた。現代にその名を受け継ぐ時計メゾン、ルイ モネもまた、完璧さと極少生産を貫く「マスター オブ アート」の継承者だ。

ルイ モネ初のノンリミテッドモデルとして企画されたスポーティークロノグラフ。チタン製のシリンダーケースに一体型のブレスレットを組み合わせる。ダイアルの意匠は「コンター・ドゥ・ティエルス」をアレンジしたもので、レイアウトに合わせてムーブメントも新規開発された。手巻き(Cal.LM1816)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。Tiケース(直径40.6mm、厚さ14.7mm)。3気圧防水。693万円(税込み)。
Photographs by Masanori Yoshie
鈴木裕之:文
Text by Hiroyuki Suzuki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]
時計師ルイ・モネという哲学
2004年の創業から20余年を経て、ついにルイ モネがノンリミテッドピースを作った。ディレクトール様式と呼ばれるシリンダー型のケースをチタン素材で作り、そこに一体型のブレスレットを組み合わせたスポーティークロノグラフの「1816」だ。新規開発されたムーブメントの意匠はあくまで古典。しかしそれ以上に、このモデルを〝ルイモネのクロノグラフ〞だとひと目で印象付けるのは、サーズカウンターが設けられたダイアルの表情だ。この変則的なインダイアル配置は、時計師ルイ・モネの名を知らしめることとなった「コンター・ドゥ・ティエルス」に範を取っている。

1815年から製作を始め、翌16年に完成したとされるコンター・ドゥ・ティエルスは、今では世界初のクロノグラフとしてギネス認定されている。60分の1秒計測を可能とする21万6000振動/時の超々ハイビートに加え、鎖引きの定力装置が設けられた香箱から生み出されるパワーリザーブは約30時間。時分針はなく、約30時間の連続測定のみに目的を絞った設計だ。ルイ・モネ自身が記した書簡に従えば、その用途は天体観測であったらしく、そのため24時間を超える駆動時間が必須だったようだ。

コンター・ドゥ・ティエルスは、前述した超々高振動によって、世界初の高振動ストップウォッチとしてもギネス認定を受けているが、それよりも独立したリセットプッシャーを備えることのほうがより重要だ。コンター・ドゥ・ティエルスの発見まで、クロノグラフの始祖はニコラ・リューセックのインク式計測装置(1822年)、同じくリセット機構付きはアドルフ・ニコルのクロノグラフ(1862年)と考えられてきたが、その通説が一気に覆ったことになる。もっとも、コンター・ドゥ・ティエルスがどのように使われたのかは筆者にもよく分かっていない。センター針が60分の1秒計で、1周は1秒。6時位置に24時間積算計を備え、共に60の目盛りが刻まれた1時と11時のインダイアルは、それぞれ秒積算計と分積算計の役割を担う。「天体望遠鏡の十字線の距離を正確に測ること」が本来の用途となるが、クロノグラフが作動しているのはプッシャーを押し込んでいる間だけなので(ストップ機構はなく手を離せば止まる)、実際にはかなり正確なオペレーションと忍耐を強いられたに違いない。それでもなお、ルイ・モネが計測機器分野における先駆者であった事実は、決して揺らぐことはないのだ。
王侯貴族御用達の血統
ユニークピースとビスポーク
シリーズ生産という概念がまだ存在しなかった時計師ルイ・モネの時代、彼らが手掛けるすべての時計は基本的にワンオフ、またはビスポークで作られていた。現代のルイ モネもまた、ユニークピースやビスポークに特に力を入れている。その一端を見てみよう。

オランダのユトレヒト旧市街にあるオルゴール博物館が所蔵する「ナポレオン クロック」。毎正時に作動するオートマタを備える。1804年にノートルダムで行われた戴冠式をたたえて製作開始され、1806年に完成。先頃発表された新コレクション「1806」は、これに由来する。
現代のルイ モネが作る時計の裏側には、必ず4つのシンボルが刻み込まれている。まずフルール・ド・リス、またはフラ・ダ・リなどと呼ばれる百合紋は、19世紀の時計師ルイ・モネから受け継ぐ独創性を示し、ふたつの鍵を組み合わせたモチーフは、ウォッチメイキングの分野における確かなクリエイティビティを示す。獅子を象ったモチーフは、デザイン面での芸術性を象徴し、最後の星は稀少性の高さを示すという。芸術的な独創性と、それを支える確かな技術、そして稀少性というキーワードは、現代に蘇ったルイ モネの在り方そのものだ。

ナポレオン・ボナパルトの片腕だったジョアシャン・ミュラ(後のナポリ王ジョアッキーノ1世)が所有したフルカレンダー式のアラームクロック。独立した4つのダイアルと、背面にチャイミング機構を備える。現在はサン・ブレーズのアトリエ・ルイ モネに保管されている。
星のモチーフはリミテッドエディションなどの少数生産モデルに刻まれるが(余談だがノンリミテッドを謳う1816にも星が刻まれているので、実際の生産数は決して多くはないのだろう)、これの代わりに三日月のモチーフが刻まれる場合もある。このムーンシンボルは、ユニークピースやビスポークモデルのみに刻まれる特別なモチーフだ。
チャイミングクロックやレギュレータークロックなども数多く手掛けたルイ・モネ製作のクォーターリピーター懐中時計。トルクの安定を狙って改良された主ゼンマイは、書簡の中で「(ゼンマイ素材を)窯で焼くと半分だけ熟したチェリーの赤色に変わる」と詩的に表現されている。
現在のスイス高級時計は、その産業規模だけを見ても、高度に工業化されたジャンルだと言うことができるだろう。対してルイ モネのキャパシティは年産500本程度と極めて小さく、それらのほとんどが、10〜20本程度のリミテッドエディションで占められている。またその顧客層には、王族などを含むエスタブリッシュメントも多く含まれ、ひと握りの富裕層が密かに愉しむ時計という横顔も持ち合わせている。1点製作のユニークピースはもとより、年産数に占めるビスポークの割合が極めて高いという、異例のブランドでもある。ルイ モネが持つ絶対的な稀少性の根幹は、そうした富裕層たちの自尊心を満足させることにある。
時計師ルイ・モネがパリに工房を構えていたのは、アブラアン-ルイ・ブレゲなどと同時代となる18〜19世紀の前半だ。27歳の若さでルーブル芸術アカデミーの美術教授を務めた後、時計製造に興味を抱いた彼は、ブレゲの良きアドバイザーとなり、パリ・クロノメーター協会の会長となって、晩年には時計の理論書まで著している。当時、クロックやポケットウォッチといった機械式時計の基礎的な技術は既に大成しており、またさまざまなジャンルのアルチザンたちによって分業化もなされていたが、現在のような工業製品とは程遠く、すべてが手作りの手工芸品であった。時計そのものが稀少であったことから、手にできるのは支配階級のみに限られ、そうした時計には贅を尽くした装飾が施されることも決して珍しくなかった。この時代に作られた時計は、それ自体が稀少なアートでもあったのだ。芸術アカデミーとも近しい関係にあったルイ・モネは、荘厳なテーブルクロックを特に好んだようだ。


ルイ・モネの顧客にはフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトや、彼の右腕として活躍した、後にナポリ王となったジョアシャン・ボナパルト・ミュラ、第3代アメリカ合衆国大統領で独立宣言の起草者としても知られるトーマス・ジェファーソン、ロシア皇帝アレクサンドル1世やイギリスのジョージ4世らが名を連ねている。またルイ・モネが残したクロックは、パリのルーブル美術館やロシアのエルミタージュ美術館にも収蔵されている。
現代のルイ モネもまた、多様なジャンルのアルチザンとの共作によってウォッチメイキングを手掛けているブランドだ。CEOのジャン=マリー・シャラーがクリエイティブディレクターを兼任し、ムーブメント開発の面ではコンセプトと長く協調関係にある。組み立てはジュラ州のレ・ブルルーにあるモンタージュアトリエのうち、一棟まるごとがルイ モネ専属として稼動しているし、腕の良いエナメリストや細密彫金師とも良好なパートナーシップを築いている。珍しいところでは隕石を探すハンターや、それをカットする専門の職人などが、ルイ モネ独自のクリエイティビティを下支えしている。予算と納期に制限を設けなければ、ルイ モネにオーダーして作れない時計はないということになるかもしれない。
同社のビスポーク作品で特に好まれているのは、フルバゲットのジェムセッティングと、ケース全面に施される豪奢なハンドエングレービングだろう。ビスポークモデルの製作過程を詳細に記録したブックレットにも、マスターウォッチメーカーと並んで、マスターエングレーバーの直筆サインが添えられる。
時計師ルイ・モネが育んだ時計作りの哲学は、現代にも受け継がれているのだ。
ビスポーク

アラブの賢者として知られたUAEの初代大統領、シェイク・ザイードの生誕100年を祝い、2018年に製作された「イスラム コレクション」5本セット。そのハイライトとなる本機は、誕生年である1918年当時のミニッツリピーター・エボーシュを搭載する。MOPダイアルに描かれたモスクは、ミニアチュールラッカーに立体感を持たせたもの。

直径14.9mmという特大のトゥールビヨンキャリッジを並列に並べ、それぞれを逆転させるシデラリスのビスポークバージョン。メインプレートをオミットして、ミステリーウォッチのような視覚効果を演出したほか、ケースに合計465石、18.39ctのバゲットカットダイヤモンド、時分ダイアルにはダイヤモンド、ルビー、サファイアをセッティング。

「メモリス」の最上位モデルとなる「レッド エクリプス」をベースにしたビスポークモデル。ケース全面に施されるハンドエングレービングを、オリジナルの幾何学的なパターンから、よりクラシカルな印象の浪葉模様に変更。パターンはこの時計のために描き起こされている。同時に時分ダイアルのカラーは、ミッドナイトブルーのグラン フーに変更された。
ユニークピース

高低差をつけて配置されたふたつのフライングトゥールビヨンを、それぞれ逆方向に回転させる「アストロネフ」のユニークピース。通常モデルのダイアルに替えて、青染めされたギベオン隕石を配置。

マイクロペインティングで描かれた虎のジグソーパズルをダイアル上に配置した「サバンナ・トゥールビヨン・タイガー」。

「最も多くの隕石を使用した時計」として2023年にギネス認定された「コスモポリス」。時計師ルイ・モネが製作したコンター・ドゥ・ティエルスの「世界初のクロノグラフ」「世界初の高振動ストップウォッチ」(2016年に認定)に続いて、3つ目のギネス記録をブランドにもたらした。