時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、同見本市初参加となったブルガリが打ち出した新作時計を振り返る。併せて、今年LVMHウォッチ部門の責任者に任命された、ジャン-クリストフ・ババンへのインタビューも掲載した。
Photographs by Yu Mitamura, Ryotaro Horiuchi
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
見本市への参入を言祝ぐ10番目の極薄モデル

タングステン合金製の裏蓋兼地板などにより、世界10個目の薄型記録を樹立したフライングトゥールビヨン。ブレスレットの厚みもわずか1.5mmしかない。スケルトン化しただけでなく、時分針をまとめて時計としての実用性も高めている。手巻き(Cal.BVF 900)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti×タングステンカーバイドケース(直径40mm、厚さ1.85mm)。世界限定20本。
満を持して、ウォッチズ&ワンダーズに参入したブルガリ。加えて、見本市直前にCEOのジャン-クリストフ・ババンがLVMHウォッチ部門の責任者に任命されたこともあり、ブルガリ ブースは終始華やいだ雰囲気だった。それを祝うためではないだろうが、ブルガリは世界最薄のトゥールビヨンである「オクト フィニッシモ ウルトラ トゥールビヨン」をリリースした。なんとそのケース厚は1.85mm。しかもムーブメントをオープンワークにしたのだから野心的だ。普通、こういう極薄時計の場合、剛性を持たせるためできるだけ部品を肉抜きしない。あえて取り組んだのはパイオニアとしての意地だろう。
全面無垢に改められたフィニッシモ。全面ブラスト処理にもかかわらず、きちんとエッジが立っているのに注目。地味だが、普通のメーカーでは決してできない仕上げだ。自動巻き(Cal.BVL138)。31石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約60時間。18KYGケース(直径40mm、厚さ6.4mm)。100m防水。
ムーブメントをスケルトン化したエイトデイズ。しかし肉抜きを抑え、インデックスと針をゴールド仕上げに改めることで視認性を高めた。薄さと実用性を両立させるブルガリらしい試みだ。手巻き(Cal.BVL199SK)。33石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約192時間。Ti+DLCケース(直径40mm、厚さ5.95mm)。30m防水。
また、「オクト フィニッシモ ウルトラ」では別々だった時分針もひとつにまとめられた。厚みは増すが、ブルガリは時計としての完成度をも高めたのである。他のモデルにも触れておきたい。ブレスレットまでゴールドの「オクト フィニッシモ」や、セルペンティなどは、外装の磨きが従来に増して良くなった。マスキュリンなイメージを強めるブルガリだが装身具としての完成度を高めるのはさすがだ。
2023年に発表されたモデルの素材違い。「3つのゴールド」という名前の通り、時計全体に18KRG、YG、WGをあしらっている。前作同様、ブレスレットには172、ケースに44、文字盤には262もの石を加える。ケースの磨きの良さは写真が示す通り。また、バネを内蔵したブレスレットも適度な感触を持つ。クォーツ。直径35mm。厚さ9.3mm。30m防水。
現在のブルガリは、とりわけ鏡面仕上げに強みを持つ。それを強調したのが本作だ。ブレスレットを思わせる簡潔な造形に、中折れするバックルを合わせている。極端に絞ったエレメントは仕上げに自信があればこそ。非凡な仕上げは写真のとおりだ。クォーツ。18KPGケース(リストサイズはSが145mm、Lが155mm)。
ジャン-クリストフ・ババンをインタビュー
今年66歳となったジャン-クリストフ・ババン。なんとウォッチズ&ワンダーズ前の人事で彼はブルガリのCEOに加えて、LVMHグループの時計部門全体を見るようになった。「ちょっと驚き」と率直に語るババンだが、正直、個性派CEOのそろった同グループの時計部門をまとめるのに、彼ほどうってつけの人材はいないだろう。しかも今年セルペンティが搭載する小さな女性用自動巻きは、今後、LVMH各社にも供給される予定だ。
エレガンスにもフィニッシモにも限界はない

1959年、フランス生まれ。ビジネススクールでMBAを取得後、P&G、コンサルティング会社などを経てタグ・ホイヤーCEOに就任。同社のビジネスを成長させた。2013年にブルガリ・グループCEO就任。内外装の質感向上とアイコンモデルの打ち出しにより、時計とジュエリーの世界におけるブルガリのプレゼンスを大きく高めた。非凡な手腕を買われて、25年4月からは、LVMH ウォッチ ディビジョンの責任者も務める。
「もともとセルペンティは、ヴィクトリア時代の、時間を与えるジュエリーというコンセプトから発想を得たものです。一部の女性はスティールケースのモデルにクォーツを求めるかもしれませんが、私たちの目標は、より多くのレディースウォッチを機械式にすることです。競合ブランドもレディースには機械式を採用しますし、セルペンティの価格帯や存在感を考えれば、クォーツではなく機械式であるべきでしょう」。可能にしたのは、10年以上にわたる薄型、小型ムーブメント開発のノウハウだ。
「このムーブメントには我々の経験が生きています。ですから、単に直径が小さいというだけではなく、厚みも含めて全体のボリュームを極限まで削減しています。フィニッシモと同じですね」。もっとも、ただ小さいだけの機械を作らなかったのは、薄型時計にも実用性を加えてきた同社らしい。
「このムーブメントの約50時間というパワーリザーブは大きなアドバンテージでしょう。現代の女性はマルチタスクに日々取り組んでいて、仕事も家庭も両方こなしています。そんな彼女たちにとって、時計が止まらないというのは非常に重要です。また機械式時計ならば、ゼンマイがほどけて止まってもすぐに動かせますし、定期的に調整すれば非常に信頼性も高いですから」
そのため今回は、あえて保守的な設計を採用した、と語る。
「ムーブメントで重要なのは厚みではなくボリュームなのです。これが抑えられていれば、薄く見せることも、小さな直径に収めることもできますからね」。その証拠に、自動巻き機構はシンプルな片巻き上げで、ローターも比較的フラットに出来ている。
そして彼が見せてくれたのが、10番目の世界記録となったオクト フィニッシモだ。薄型競争をやめたと思いきや、今年はその究極で舞い戻ってきた。
「オクト フィニッシモというのは、私たちが女性に対して提供してきたエレガンスを、時計を通して男性にも味わっていただくという試みです。つまりエレガンスの征服ということでは、フィニッシモの薄さにも限界はありません。そしてウルトラとは、私たちにとって、コレクションの中のコレクションなのです。だから限界はない」
世界的なハイジュエラーでありながらも、驚くような機械式時計をリリースし続けるブルガリ。エレガンスが存在する限り、ブルガリの「征服」はやむことがない。



