ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)2023でチャレンジウォッチ賞を獲得して以降、時計市場でプレゼンスを高めている「ミレジム」。このコレクションの新作クロノグラフモデルを、1990年代から時計業界を取材してきたジャーナリスト・菅原茂氏が着用レビューする。特に見るべきは、デザインにうるさい菅原氏をも魅了するようなダイアルだ。

Photographs & Text by Shigeru Sugawara
[2025年12月23日公開記事]
GPHG2023以降のレイモンド ウェイルの躍進
レイモンド ウェイルが時計愛好家の間で広く注目を浴びるようになったのは、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)2023で「ミレジム」がチャレンジウォッチ賞を受賞したことも一因だろう。筆者も2000年前半にGPHGの審査員に任命されていたが、そこで痛感したのは、いかにも受賞を狙った野心的なエントリーが大半を占め、新奇なデザインや革新的機構に審査員の票が集まりやすかったことだ。ところがミレジムの受賞は目からウロコ。あくまでも筆者の想像だが、「なるほど、その手があったか」と審査員たちが感心したに相違なかろう。レイモンド ウェイルが堂々と打ち出したのは、これぞ正統派のヴィンテージルックなのだから。奇をてらうことなく、機械式時計らしい味わい深いデザインに挑んだことが賞賛されたわけである。自分も審査員だったら、迷わず部門賞に推していただろう。
レイモンド ウェイルといえば、スイスのジュネーブに拠点を構える独立系ブランド。1976年に同名の人物が創業し、3世代にわたるファミリービジネスを営みながら、来年で半世紀を迎える。2024年に3代目で現CEOのエリー・ベルンハイム氏にお目にかかる機会があり、ミレジムのコンセプトを詳しく知ることができた。ブランド公式HPの説明にもあるように、「ミレジム(millesime)」はフランス語でヴィンテージを意味する言葉。ワインで言うと、出来の良い当たり年を指すが、彼が時計の当たり年と考えたのは1930年代だ。この時期流行したセクターダイアルを中心に据え、ボックス型風防や長めで先端の丸いラグといった古典的なディテールを取り入れ、独自の解釈を施したのがこの“ネオ・ヴィンテージウォッチ”なのだという。クラシック音楽を愛好し、楽器演奏も嗜むファミリーのことを思えば、ヴィンテージのモダナイズやタイムレスな価値の永続に重きを置くのは、ごく自然のことなのだろう。
さて、その際にベルンハイム氏自身がミレジムのいくつかのモデルと合わせて披露してくれたのが、2024年の新作「ミレジム オートマティック クロノグラフ」だった。今年の新作は、ブラックやブルーダイアルに続くカラーバリエーションだが、単なる続編にあらず。色使いがさらに洗練され、ネオ・ヴィンテージの趣を格段に高めているところが美観に関する最も注目すべきポイントである。前作のブラックのモノトーンダイアルやブルーの逆パンダダイアルは、ヴィンテージルックのクロノグラフとはいえ、ややモダン寄りの印象を受けたが、これに対して新作の場合、隅々までヴィンテージの味わいが行き渡り、ミレジムのコンセプトを最も体現するモデルのように思えたのだ。

自動巻き(Cal.RW5030)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約62時間。SSケース(直径39.5mm、厚さ12.9mm)。50m防水。59万4000円。(税込み)。
目にすることで愉悦に浸れるダイアルデザイン
まずセクターダイアルの中心部は、デザインにこだわる時計好き(自分も)を魅了するような濃いグレーのアンスラサイト。これにベージュのバーインデックスとピンクゴールド色の時針・分針・クロノグラフ秒針が美しく映え、アンスラサイトと逆パンダを成す3つの白いインダイアルのアラビア数字はすべてレッドという、絶妙な配色が目を奪う。ミレジムコレクション全体を見渡してもこのような配色は今のところ見当たらない。またインダイルについて加えるなら、水平と垂直ともに厳格にバランスを成す配置と各サークルの細かなデザインも気に入った。時計は時刻を知るための機器ではあるが、好ましいデザインを常に目にして愉悦に浸ることにも存在意義が大いにある。新作のダイアルはそうした要望を十分に満たしてくれるものだった。

今回「ミレジム オートマティック クロノグラフ」を着用したのは合わせて3日間。屋外や室内を問わずダイアルの視認性は全般的に良好だった。目盛りのサークルを同心円で分割したセクターダイアルゆえに時針と分針の示す位置は非常に見やすい。先端をレッドに彩ったクロノグラフ秒針も、タキメータースケールを配したシルバーカラーのダイアル外周に沿って移動するので、アンスラサイトを背景にした時刻表示と区別しやすい。蓄光塗料に関しては、ベージュのバーインデックスと時・分針がグリーンに発色して視認性を確保する。また、ミレジムの特徴的なデザイン要素のひとつに、いわゆる“ノンデイト”があるが、クロノグラフの場合もこの基本は変わらない。よく考えれば、小窓で日付数字を表示する一般的なデイト表示は1930年代にまだ開発されていなかったのだから納得だ。ノンデイトによってクラシカルな3つ目クロノグラフの均整美がいっそう際立つとベルンハイム氏は強調していたが、まったく同感である。
ムーブメントの好ましさ
ケースバックから見えるCal.RW5030は、レイモンド ウェイルの発表によるとセリタSW510をベースにして開発した新世代クロノグラフムーブメントという。つまり、基本設計の点では、安定した高性能と耐久性に定評があるETA7753の系譜に連なるムーブメントということになる。Cal.RW5030は、オープンワークが施されたローターが手首のわずかな動きで滑らかに高速回転し、主ゼンマイを巻き上げてくれる。同種のクロノグラフムーブメントを搭載するモデルをいくつか所有しているが、あの腕に伝わってくる「うん、巻いているな」というローターの振動も心地よい。パワーリザーブは約62時間とあるが、自動巻きだと正確に実測するのは難しいのでパス。また、歩度チェックもしなかった。クロノグラフ機能の作動系は標準的なカム式で、プッシュボタンの感触はコラムホイール式よりやや固めながら、スタートからリセットまでの操作はスムースに行える。ムーブメントを指名買いするような熱烈マニアでもなければ、これで十分なのではなかろうか。


装着感も良好
最後に装着感について加えておこう。ステンレススティールによる直径39.5mm、厚さ12.9mmのケースは、現代的な自動巻きクロノグラフとしては程よく抑え目なサイズで、重さは約80g、5気圧の防水性も備わる。下向きにカーブし、先端が丸みを帯びたラグと柔らかなカーフのレザーストラップのおかげで、時計本体をぴたっと腕に固定できた。外出したある日は、ほぼ一日中着け続けたが、重量感は特に感じられず、ストラップの違和感もなく、快適そのものだった。贅沢を言えば、あと少し薄くて手巻きだったら、この上なく理想的だが、今後開発してくれないだろうか? 個人的願望はさておき、この満足度を考えれば、間違いなく価格を超えた価値あるモデルだろう。本格的な機械式クロノグラフへの入門としてもおすすめしたいと思った。





