2024年12月に登場し、筆者を含む一部のG-SHOCKファンを熱狂させた存在、それがカシオの「リングウォッチ」だ。その話題性の高さから発売当初は入手困難を極めた本作だが、筆者は運良く発売日に購入することができた。あれから約1年。本記事では、若干ありきたりではあるが“実際に使ってみた”というインプレッションを述べたいと思う。「もう買えねーよ!」という声も聞こえてきそうだが、最後までお付き合いいただけるとうれしい。

Photographs & Text by Kento Nii
[2025年12月24日公開記事]
カシオ時計事業参入50周年に登場したキラーピース
時計事業への参入から50周年を迎えた2024年、カシオは実に多彩なアニバーサリーモデルをリリースした。メーカー初の腕時計である「カシオトロン」の復刻モデルに始まり、「G-SHOCK」や「オシアナス」「エディフィス」といった各ブランドを横断する限定シリーズ、果ては記念デザインのTシャツに至るまでを製作し、節目の年を盛大に祝したのだった。

クォーツ。SSケース(縦25.2×横19.5mm、厚さ6.2mm)。日常生活用防水。1万9800円(税込み)。公式HPでは完売。
そして、50周年の締めくくりとして12月に登場したのが、この「リングウォッチ」だ。本作で驚くべきは、その見た目のインパクトもさることながら、おおよそ横20mm、縦25mmというミニマムな指輪サイズに、カシオのデジタルウォッチらしい機能を凝縮している点にある。1秒単位まで表示する7セグメント液晶に、デュアルタイム、ストップウォッチ、ライト機能……これら全てが、従来の10分の1ほどにダウンサイジングされたモジュールによって制御されているのだから恐れ入る。

さらに本作の特徴として、ファンなら一目でわかるG-SHOCKライクな造形を、フルメタル仕様で実現している点にも触れておきたい。これを可能としたのが、「MIM(メタルインジェクションモールディング)」と呼ばれる金属粉末射出成形技術の採用だ。
通常、金属加工には切削や鍛造といった手法が用いられるが、これらの手法では、本作のような極小かつ複雑な造形の再現は難しい。対してMIMでは、金属粉と“つなぎ”となる樹脂を混ぜ合わせ、金型に充填して目的の形に成型する。リングウォッチではこの工程によって、ケース、リング部分を一体成型しつつ、G-SHOCKを思わせる複雑なディテールまでを精密に再現しているのである。

また、この手法は、切削や鍛造に比べて精密な造形を得られるだけでなく、材料のロスがほとんどないという利点もあるという。一方、似た手法にロストワックスなどの鋳造も挙げられるが、高温で溶かした金属を流し込む鋳造に対し、MIMは金属粉を成型した後に焼結を行い、樹脂成分を取り除いて焼き固めるプロセスを経る。これにより、鋳造で発生しやすい内部の微細な空洞(巣)を排除でき、素材の高い密度と強度を確保できるのだ。
つまりこのMIMは、リングウォッチのような、“鍛造ほどの強度は不要だが、鋳造よりも優れた強度と表面仕上げ(平滑な面)を要し、かつ切削では再現が難しい複雑な形状のプロダクト”を作るうえで、理想的な工法であったと考えられる。
そういうわけで、ルックスだけでなく、その製造過程にも目を見張る本作だが、2024年の登場時の人気ぶりには凄まじいものがあったように記憶している。自分は馴染みの時計店に問い合わせて運よく購入できたが、SNSでは「買えなかった」という報告が続出。転売の対象にもなり、定価以上の価格で取引されることも珍しくなかった。50周年記念のタイムピースとしては異例の再販が2025年に行われたほどであり、一連のアニバーサリーモデルの中でも、ダークホース的存在だったと言えるだろう。
指輪、時計としてのそれぞれのパッケージング
まずはそんな本作を指輪として確認してみる。時計としては小さいながらも、指輪としてはヘッドが大きいため、見た目のインパクトはかなりある。指にはめたファーストインプレッションは厳ついアクセサリー、例えばドクロの指輪をしているような感覚であった。

号数は21号。大きなヘッドに合わせた設計ゆえ、多少大きめなサイズ感だ。一方で本作には、指が細い人に向けた樹脂製のスペーサーも用意されているため、19号、16号まで対応させることができる。手首周りが毎日変わるように、指の太さも毎日太くなったり細くなったりするが、筆者の人差し指の太さはだいたい19号から21号ほどであるため、このスペーサーは非常に有用であった。

時計としても確認してみる。先ほどサイズはおおよそ横20mm、縦25mmと述べたが、これはヘッドのサイズであり、液晶自体は横9mm、縦6mmほどと、もっと小さくなる。そのため、デジタル表示とはいえ時間を読み取るのには苦労しそうなものだが、普段腕時計で時間を確認する姿勢まで腕を持ってくると、これが案外見えやすい。液晶に合わせて各種セグメントを長方形に設計するなど、視認性にもなるべく配慮しているのだろう。

総じて本作は、外装をミニマムに抑え、指輪サイズでG-SHOCKらしさを再現するという遊び心を見せつつも、装着感や時間の判読性といった時計としての機能美を、可能な限り確保したプロダクトと言えるのではないだろうか。小さいながらも、カシオの本気度の高さがうかがえるタイムピースである。

実際に1年間着用してみた結果
そんな本作を1年間愛用した感想だが、まず指輪型の時計というだけでユニークであり、毎日手元を見るのが楽しくなるアイテムであった。実際のところ、腕時計を巻くのであれば本作を指にはめる必要性はほとんどないが、G-SHOCKっぽいアイテムと、自分の好きな腕時計の両方を同時に生活に取り入れられるのは、なんだかおトク感がある。

メタル素材による質感の良さも好印象だ。MIMによる精密な仕上がりの外装を生かし、ヘッドにはポリッシュ、リングにはヘアライン仕上げが施されており、外観は決して安っぽくない。ただし、個人的にはどんどん傷をつけて、歴戦のアイテムっぽさを出したいとも考えている。

そして、何より本作を指にはめていて面白いのが、周囲の反応である。カシオは、本作の登場以前より度々ガチャガチャやノベルティなどで指輪型のG-SHOCKレプリカを披露していた。そのため、指輪型のG-SHOCKというアイテムの知名度はそこそこあり、酒の席などで話のタネになることも少なくなかった。
一方で、このリングウォッチの取り扱いには気を配る場面も少なからずあった。そもそもヘッドが大きいので、一般的な指輪に比べ、周囲のものにぶつけてお互いに傷つけ合ってしまう可能性が高い。実際、筆者は車にぶつけてしまい、ドアの取っ手付近の塗装が剥がれてしまった。また本作は、コレクション名に“G-SHOCK”という冠がないことからも分かる通り、G-SHOCKファミリーの一員ではない。つまり、優れた耐衝撃性、防水性を備えてはいないため、手洗いなどでは指から外すなど、ある程度扱いに気を使う必要があった。

操作性は、大方の予想通り良好とは言えない。ボタンの直径が1mmと少しほどしかないので、当然といえば当然である。しかしながら、ボタンに直接衝撃が加わらないよう設計されているG-SHOCKと異なり、外装から飛び出るようにボタンが配置されているので、全く操作できないわけではない。そもそも、デュアルタイム、ストップウォッチ、ライトを起動できるだけで万々歳である。
なお、本作は一次電池式だ。複雑な構造ゆえ、電池切れの際は公式サポートに問い合わせる必要があるが、使い捨てでなく電池交換ができるだけでありがたいものである。
まとめ「記念牌的な側面と今後の発展も支えている」
ここまで、リングウォッチのスペックや使用感、その独自性について述べてきたが、実はカシオの歴史を振り返ってみると、1946年にも指輪型のプロダクトが発売されている。それが、前身に当たる樫尾製作所時代に考案された「指輪パイプ」だ。
これは、タバコの差し込み口と吸い口、リングが一体になったパイプであり、手仕事をしながらタバコを吸うために製作されたものである。この指輪パイプが登場した当時、タバコは高級品であり、かつフィルターのない両切りであった。その点、根元まで吸えるこのパイプは至って経済的であり、かなりのヒットを飛ばしたという。
そして、このパイプの利益を元に、樫尾製作所は計算機の製作に着手。紆余曲折を経てその開発に成功し、現在の大手エレクトロニクス会社へと成長する軌道に乗ったのであった。つまり、この指輪パイプは、カシオにとってメーカーのターニングポイントと呼ぶべきアイテムなのである。それを踏まえると、50周年という節目に指輪という形でG-SHOCKを模った本作は、この指輪パイプに敬意を払う記念碑的な存在とも言えるかもしれない。

また、本作のために開発された小型モジュールは、次なる製品にも引き継がれている。ゴールドカラーのバリエーションはもとより、何より注目を集めたのは「G-SHOCK nano」だ。こちらはリングウォッチと異なり、“G-SHOCK”の名を冠しているだけあって、20気圧防水と耐衝撃性を指輪サイズの樹脂製ケースに実現しているのである(ちなみに筆者は全く買えなかった)。
このように、過去へのオマージュと、未来へつながる技術的革新を兼ねた本作は、小さいながらもカシオの次なる50周年の飛躍を予感させるタイムピースのひとつに数えられるだろう。今後も、八角形デザインの「2100」シリーズをモチーフとしたG-SHOCK nanoや、リングウォッチの新色など、カシオの指輪型ウォッチのさらなる展開に期待したいところである。



