2025年に発表された新作モデルのうち、「気になる1本」「お勧めの1本」を、著名な時計ジャーナリストらが取り上げる企画。今回は、奈良市内の古書の修理・修復講座に通い始めて6年となる小泉庸子が、その修理・修復に欠かせない和紙を使ったザ・シチズン「Iconic Nature Collection」に注目。その30周年モデルをお勧めする。

Text & Photographs by Yoko Koizumi
[2025年12月27日公開記事]
“知”を守る修理・修復に欠かせない和紙を使った腕時計
奈良市内で月に1回行われている古書の修理・修復の講座に通い始めて6年目になる。修理・修復に必要な専門的な知識と技術を身に付けるためのもので、なかなかに難しい。ひとつできるようになると、ひとつ課題が見つかるといった具合。一人前になるのは何年先か……という感じだが、授業を通してつねに感じているのは、本は知識や情報の宝庫であるということ。もし唯一の冊子を捨ててしまえば、その本が持つ“知”は永久に歴史から消えてしまう。修理や修復をすることで知を守ることができ、次代へ継承することができるのだ。
なぜこの話でスタートしているかというと、和紙は修理・修復には欠かせないからだ。破損した紙の状態に合わせてさまざまな和紙のなかから最適な色、厚さのものを選ぶのだが、典具帖紙(てんぐじょうし)は非常に薄いにも関わらず、強靭なため、よく使う和紙のひとつとなっている。
その典具帖紙が時計に使われていると聞いて、がぜん興味をかき立てられた。それがシチズンの最高峰ライン「ザ・シチズン」がブランド誕生30周年を迎え、その記念として発表された「Iconic Nature Collection」である。春夏秋冬それぞれの美しき一瞬を文字盤に凝縮した4つの限定モデルで構成されているが、特に引かれたのが、10月9日に発売された冬モデル「AQ4100-22A」である。

光発電エコ・ドライブ(Cal.A060)。年差±5秒。フル充電時約1.5年駆動(パワーセーブ時)。スーパーチタニウム™ケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。世界限定400本。45万1000円(税込み)。
このモデルで使用しているのは、典具帖紙のなかでも明治時代以降に発展した「土佐典具帖紙」で、手掛けるのは高知県高岡郡日高村の「ひだか和紙」である。
同社で製造できる最薄の和紙は0.02mm。1m2あたり1.6gという、世界でもっとも薄い紙なのだという。薄く、丈夫という特徴を生かし、日本を始め世界30カ国以上の博物館や美術館、図書館で、文化財や古文書などの修復に採用されているそうだ。AQ4100-22Aは、同じ典具帖紙を使っているだけ、レベチな時計であることは言うまでもありませんが。
雪の日の冷たさと暖かさ
Iconic Nature Collectionは移ろいゆく自然の情景、その美しき一瞬を切り取り、文字盤に凝縮する。ザ・シチズン30周年モデルとして、日本人の根底に変わることなく息づく美意識と真摯に向き合い、その本質を追求したという。そしてたどり着いたテーマが、「をかし」の美意識である。
「をかし」とは平安時代の文学において美意識を示す言葉で、対象を観察して、そこに興趣や快さ、美しさを感じ取る感覚を表す。意味は多様で、「趣がある」「美しい」「見事だ」「こっけいだ」「興味深い」など幅広いのも特徴と言える。清少納言『枕草子』はこの「をかし」の美をもっともよく体現した作品とされ、自然・季節・人のふるまいを鋭い観察眼で捉え、快い情趣として描き出している。
「AQ4100-22A」のモチーフは、その『枕草子』に描かれた清少納言が愛でた冬の早朝、朝日に照らされ、神秘的に輝く雪景色、その一瞬を小さな世界に閉じ込めた。
やはりこのモデルのクライマックスはこの雪の表現に尽きる。

そのために用いられたのが金箔や銀箔を細かく砕いて蒔く「砂子蒔き(すなごまき)」と呼ばれる伝統技法。このモデルではプラチナ箔を土佐典具帖紙上に雪のように舞い散らせて、雪氷を思わせる表情を作り出している。6時方向へと淡いグレーのグラデーション印刷を施した上板を重ねることで、「にじみ」を演出した。
角度によって変わる輝きは和紙の持つ不均質な表情が生む“ゆらぎ”と相まって、このモデル特有の奥行きが創出されている。単なる雪景色ではなく、雪の日にほんのり感じる暖かさまで表現しているからだ。こういうところはうまい。なかなかドラマチックだと思う。
和紙と砂子蒔きとなると「日本の伝統技術の追求」と思われそうだが、さにあらず。
エコ・ドライブの場合、文字盤の透過率が発電に大きく影響するのはご承知のとおり。これまで透過率を確保するために、ポリカーボネートを採用してきたが、「光を透過しながら、違った味わいを持つ白はないか」と追及した結果、たどり着いたのが和紙なのである。エコ・ドライブと和紙のウィンウィンの関係というわけだ。
ザ・シチズンだから当たり前のこと
1995年、シチズン創業65周年を記念し、自社の名前を冠し誕生したのが「ザ・シチズン」。このブランドの登場時、なにより驚きだったのが、一般的に月差±15秒とされていたクォーツを、年差±5秒まで精度を磨き上げてきたこと。2011年には光発電のエコ・ドライブでも年差±5秒を実現しており、AQ4100-22Aに搭載されるCal.A060も年差±5秒という高精度のムーブメントを搭載している。
この原稿を書くにあたり、改めてシチズンの公式サイトでムーブメントについての記述を読み直したのだが、すごかった。
クォーツの精度を司るのは水晶振動子だが、ザ・シチズンに搭載される水晶振動子は6カ月寝かせて周波数の特性を見極め、精度基準をクリアしたものだけを使用するのだそうだ。また、精度にもっとも影響する温度に対しては「温度補正機能」を搭載し、1日1440回、つまり1分に1回、自動的に時計内部の温度を0.1℃刻みで測定し、補正する。この小さなムーブメントのなかに、温度に左右されない世界があるのだ。
このようにCal.A060は年差±5秒の高精度に加えて、パーペチュアルカレンダー機能、0時ジャストカレンダー更新機能、時差設定機能、パーフェックス(JIS1種耐磁、衝撃検知機能、針自動補正機能)など、日々の使いやすさを考慮した機能が搭載される。

最後に、ものすごく軽いということをお伝えしておきたい。ケースはスーパーチタニウム™製で、たった56gしかないのだ。時計の軽量化は進んでおり、もはや「そこまで驚くこと?」と思われるでしょうが、やはり実際に持つとびっくりします。
このところ、時計の顔が濃いな~と思うことが多い。加齢によるものだろう、着けこなす自信がないのである。では視認性のみを追求したスーパースタンダードな時計でいいのかと問われれば、それも寂しい。やっぱりいい時計と付き合いたい。そんなときに「AQ4100-22A」の奥ゆかしさは好ましく映る。そして見飽きることがない。さらにケース表面にはデュラテクトプラチナが施されているし、10気圧防水、耐磁1種と押さえるべきスペックもバッチリ。本当によくできてます、上質なスタンダードに勝るものなし。
世界限定400本とのことなので、気になったのならお早めに。



